09.アイサ編‐01
見世物小屋。
大きさは、そこまでない。
みすぼらしく、あやしくも思えるテントの中には、客用の椅子と、ちょっと高めの台が置かれていた。
その台の上で珍しい生物をショーとして見せて金を貰う。
それが彼らのやり方だった。
「はぁ、いい加減に魔法を使え、エルフのガキ! しねえと、殺すぞ!」
「そうだぞ、お前なんて見世物に使えるから飯を食わせているだけだ! それを知って、お前は、何もしないって?」
「……ぼくは、エルフじゃない……」
「はぁ、いいか、お前はエルフだ。例え、ハーフといえども、あいつらの血を受け継いでいる。だから、エルフにしか使えない、神の魔法を使えや!」
「……やだ、ぼくは、みせものになりたくない……」
「はぁ、なら、お前なんていらねえ、さっさと出てけ! そして、しねや!」
「そうだぞ、お前なんて必要ねえ、さっさとどこでも行って、野垂れ死ね!」
男二人に罵倒され、蹴られ、殴られ。
そして、少年は通りへと放り出される。
少年の服は破れ、血が出て、あざだらけ。
それでも、辺りを行く人々は、関わりたくないのか、目を背け、無視をする。
「あー、足りねえ。どうせなら、もっと痛めてやろうか?」
「いいな、それ。どうせなら、骨を折って、歩けなくしてやろうぜ!」
「おう、お前にしては良いアイデアだな、そらよっ」
男の右手に握られた鉄パイプが少年の、腕足に何回も叩きつけられる。
その度、少年は撥ねる。
そして、少年は気を失い。
それを見た男たちは笑い、そして挙句の果てに少年を近くの馬車に乗せ、遠くに運んで捨てる様に命令した。
少年は……。
何もなく、魔獣が出るような地へと捨てられた。
そこに……。
◇
町より少しばかり離れた地。
そこは、木々が少なく、岩山が広がり、隙間には獣の住処があった。
そこに少年はいた。
身にまとう服はボロボロ、体中もあざだらけ。
いつ死んでもおかしくない状態、少年の意志も消えかけ。
「ぁ……ここは……」
少年が見据える先は、青空が広がっていた。
そして、時折巨大な鳥たちが飛び、たまに鋭い視線を少年は感じた。
◇
「大丈夫?! 酷い傷、一体誰がこんなこと……、・【ヒール】・」
「……あ……」
傷が癒えていく。
先ほどまで前身を駆け巡っていた激痛が引いていく。そして、狭まった視界も少しずつ広がった。
「大丈夫? 私の言葉がわかりますか?」
「はい……」
目の前には金髪の少女が居た。
年齢は僕よりも上だろう。
重そうな鎧を纏い、手には杖を持っていた。
「あなたは……?」
「私の名はシルフィア、精霊軍所属です」
「……僕はアイサ、アイサ・ルーレンです。えーと、助けていただきありがとうございます」
「いえ、私は精霊軍、民の命を守るのが仕事、だから頭を下げる必要などありません……それで、誰がこんなことをしたのですか?」
精霊軍のシルフィアはアイサに訪ねた。
その様子はほんとうに心配しているようにしか見えない。それこそ、家族かと思ってしまったほどだ。
でも、この人も僕がハーフエルフだと知ったら手のひら返しするかもしれない。
だって、今まで会ってきた人たちはみんなそうだったから。
「これは……こ、転んだだだけでひゅ」
「なんだか、震えて可笑しな口調ですね……アイサが言いたくないのならば、これ以上は訪ねません。ですが、何か困っているのであれば、頼ってくださいね」
「……例えば、例えば、の話ですが……」
「何かな?」
「あなたは……シルフィアさんは、異種族、例えば、ハーフエルフのことはどう……思っていますか?」
「うん? よくわからないけど、そうねえ、好きだよ。こんなことを、周りに言ったら変に思われるかもしれないけどね」
「え?」
「だって、私の友達にエルフやドワーフの子たちもいますし、同僚にも、ハーフエルフとかもいるから嫌いになれるわけないのよ」
「ほんとうですか?」
「うん、まぁ、魔族とかは遠慮しときたいけどね」
シルフィアは最後にそう締めくくり、笑った。
なんだか天使みたいだ。
それが、シルフィアさんの最初の印象だった。
◇
「それで、君はこれからどうするの? 家に戻るの? それなら案内するよ」
「えーと、僕は……」
「まぁ、色々と理由があるのでしょうね。じゃなきゃ、こんな獣が住む地に前身ボロボロで倒れている訳がありませんし……ここはどうでしょうか? 精霊軍に入るというのは。精霊軍に入れば、もちろん仕事をしなければなりませんが、三食の食事と住居、それに賃金ももちろん手に入りますよ」
「えっ?」
なんだか突然すぎた。
今までの僕ことアイサの人生といえば、物心つく前に両親が他界し、生き抜くために安月給のバイトで食いつないできた。
その間は一日のほとんど働き、寝ての繰り返しだった。
そして、先月人さらいに出くわし、そして見世物となった。
これが、僕の人生であり、これからも不幸が続くのだと思っていた。
だけど、今の僕は自由だ。
久々の自由、どうすればいいのか全くわからない。
シルフィアさんは、精霊軍に入らないかと聞いてきた。
精霊軍。
それがなんなのかは詳しく知らない。
でも、魔法を使えるのなら、精霊と契約した才能ある人だということだ。
それなら、僕は凡人だ。
いや、もしかしたら、凡人以下の存在かもしれない。
そんな、僕が精霊軍に入れるのだろうか?
もしも、入団できなかったら……。
僕の人生は終わりだ。
それは嫌だ。
あの苦しい生活を再び味わうのは、もう嫌だ。
僕は自由になりたい。
だけど、なんの力もない。
それでも、精霊軍に入れば、少しは何か変わるかも。
少しでも、たったほんの少し。
それでも、僕は変わりたい。
今の僕を捨てたい。
新しい、自分を手に入れたい。
何にも支配されず、自由に。
「ぜひ……お願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
シルフィアさんはこの日一番の笑顔で微笑んだ。
それは、新しい出会いであり、転機だ。
――その日から、僕は精霊軍の一員になった。
◇
と、思ったのも、つかの間。
アイサはシルフィアの上司であり、精霊軍大将のカルフと入団に関わる面談をしていた。
「それで、アイサであったか、君は死ぬ覚悟はあるか?」
少しばかり豪華な部屋。
細かく組み込まれた絨毯が広がり、高級そうなテーブルや椅子、そしてびっしりと隙間なく埋まった本棚が置いてあった。
その部屋の椅子にカルフは座っており、その両隣にはシルフィアとアンナ。
そして、前にはアイサが居心地悪そうに座っていた。
「ちょっと、それは酷すぎない?」
「そうですよ。アイサは、」
「いや、なに、精霊軍は魔族や魔獣との戦闘もある。それこそ、後方支援という手もあるが、それはあまりにも難関だ。悪いが、アイサ君では受からないだろう。だから、必然的に戦闘兵として入団することになってしまう。だから、それを踏まえての質問を、したまでだ」
「でも、少しは言いかたってものがあるでしょうに……はぁ、カルフはこういうの、少しは勉強したほうがいいわよ」
「うむ……そうしよう。それで、アイサ、どうだ?」
「……僕は死んでいたはずでした。それをシルフィアさんに救ってもらいました。僕は一度死んだ身。ですから、死ぬ覚悟は出来ています。どうか、僕を、精霊軍に入れてください、お願いします! いつか、最強になります!」
それを聞いたカルフは笑う。
それは嘲りというものではなく、感動したのだ。
長年精霊軍は絶対的な力の持ち主が不在であった。
最後の最強者は、今より500年前の初代精霊軍総大将、ガンド様だけだ。
それ以来、ガンド様を越える者は誰一人現れなかった。
アレス様ですら、ガンド様に比べれば一つも二つも落ちる評価をされている。
それゆえ、これから先の精霊軍に明かりは無い。
ただ消えゆくだけだ。
だが、今、この場に最強になると述べる若者がいた。
かつて、我も同じことをアレス様に言ったものだ。
それくらいの気持ちがなきゃ、精霊軍に入ってもやっていけない。
だから、合格だ。
「君は、おそらく強くなるだろう。それを我が保証しよう。そして、君を我の隊の見習い兵として入団を認めよう」
「はぁ、やっぱりカルフは少しばかり人とのかかわりを勉強したほうがいいわね。なんだか、黙っていると思ったら、いきなりこれだもの」
「あ、ありがとうございます」
「やりましたね、アイサ君! これでも、君を強く指導できるね。私もホッ、としたよ」
「いえ、これもシルフィアさんのお陰です。本当にありがとうございます」
「いえ、君の決意があったからです。私は何もしていません……それでカルフ様、この子に本部の案内をしてきたほうがよろしいでしょか?」
「うむ、すまないが頼む。我は少し出かけなければならないのでな」
「出かける? それはどちらですか?」
「うむ、王からの命により山奥の地へと討伐に赴くことになった。そのため、戻るのはかなり先のことであろう。その間、アイサのことを頼むぞ、シルフィア、アンナ」
「ええ、もちろんよ」
「はい」
カルフはそう言い、そして机の引き出しから一丁の銃を取り出した。
銃の持ち手には、精霊軍のシンボルである六角形の中に小さな〇と☆が組み合わさった絵が彫られていた。
そしてカルフはアイサに銃を渡す。
アイサはオドオドしながらもしっかりと受け取る。だが、予想以上の重さにゆらりと、ふらつき、そしてなんとか体制を整えた。
「ふむ、やはり重いか。だが、これを使えなければ、兵士としてはやってはいけん。だから、しばらくの間、筋力をつける訓練から始めておけ」
「はい」
「うむ、それと銃の扱いに関しては、二人とも昔に習っているから困ったら二人に聞いてくれ」
「はいよー」
「ええ、遠慮せずに聞いてくださいね」
「はい」
アイサは銃を見つめつつ返事をした。
「因みに、これは君の武器だ、普通の銃とは異なり魔力を消費する特別性だ。これを使えば、獣を殺すのも容易だ。だからくれぐれも使う際は注意してくれ」
「はい、でも僕は魔力を使えるのですか?」
「うむ、世間的にあまり知られてはいないが、本来魔力は誰もが持っている。ただ、それを引き出せるかどうかが違うというだけだ。君は既に精霊軍に入隊した。だから、精霊の恩恵を授かり、そして魔力を自由に行使できるはずだ」
「いつの間に契約を……」
「ああ、それはね、さっき君が宣言したときだよ、精霊は全てを見通しているのさー」
「な、なるほど」
アイサはあまりにも常識を超えた答えに面食らいつつ頷いた。
そして、己の手の銃をみた。
銃なんて触ったことがないから何がどう他の普通の銃と違うのか想像もつかない。
だが、手に持っていると何かが自分から飛び出すような感覚に陥る。
これが魔力なのかもしれない。
「では、我は行く、何かあれば、ミラやカルサス、それかアレス様に連絡してくれ」
「はいよー、いってらー」
「はい、わかりました」
その日をもって、アイサは魔法の力を手に入れた。