32.それそれの思い*柏木&桃李&九条*
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それから、いつもの作業に九条が加わった。が、また何も進まなかったが、もう進まない事が僕たちには当たり前だった。
そろそろ時間となり九条の参加の仕方をどうするか今後の流れ次第で、という曖昧な形での解散となった。九条を部屋に送り、僕は鏡野の家を後にした。まだ空は明るい時間だが今日は天気が悪く雲が空を覆っているので暗い。僕の気分のようだ。どんよりとした厚い雲。
九条の様子が変わった。自信に満ちているとまでは言えないけど、前の自信のない暗い雰囲気はまるでない。これからの学生生活を楽しみにしているようで目に気力がある。家族とも和解してすっかり感じが変わっている。それは勿論いいことなんだ。あのままの彼のままだと彼も彼の家族も不幸なままだった。学校だって同じレベルで一番近いのは僕らの高校だった。前の学校に通うのは流石に辛いだろう。元の同級生が三年にいるのだ。
噂も鏡野が一日張っていただけで囁かれているのを聞いたんだ、一年の教室に通うには勇気と根性が相当にいるだろう。わかるんだ。わかるんだけど、心配になるんだ。鏡野が九条をどう思っているのか。九条を見つけたのは僕と付き合った後ことだ。鏡野は僕の前は佐々木先輩に気持ちを寄せていた。僕も佐々木先輩もこの遺伝子を持っている。そして、九条も。
僕にとってこの遺伝子の異性は母と美咲だ。母と妹では比較にならない。一体鏡野の気持ちはどうなっているんだろう。あー自己嫌悪である。どうして九条の今の状態を喜び応援しようと素直に思えないんだろ。僕の心にも厚く黒い雲が立ち込めている。空からポツリポツリと雨が降ってきた。あーもー最悪だ。僕は駆け出した。
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料理をしている俺の後ろではアリスがテーブルで頬杖をついている。今話しかけても返事はない。アリスは頭の中の映像の処理をしているんだ。俺は後は煮込むだけだからと洗い物をしながら今日の出来事を考えていた。九条の参加はなにをもたらすんだろうと。九条は俺たちの高校に学校を二年間も行ってなかったのに、あっさり転入してきた。九条の親が息子が負けると焦るくらい、できがいいんだろう。が、九条にもあのページは解けなかった。あのページの大学のロゴはやはりあの助手なんだろうか。もう一ヶ月半考え、九条も参加してこのざまである。もうそれ以外に考えられない。
アリスの言うように九条になにか別のピースでの役割があるのか、本当に単なる偶然だったんだろう。九条の今日の表情を見ていて役に立つとかそんなのどうでもいいじゃないかと思った。九条の人生が変わったんだ。それに四人に増えて負担が分散された気分になった。
アリスもきっとそう思っているんだろう。最初の頃の思い詰めた顔はもうしていない。誰かがするんだろうとまでは思っていないが、やはり一人で孤独に使命に押し潰されながら苦しんでいた頃とは違っているんだろう。これで良かったんだ。
俺は実は気にしていた。柏木はその力もそして、頭脳も使って役立っている。ここまでやってきたのはアリスの母とアリスでだ。俺は何もしていない、アリスを慰め暗い雰囲気を変え、代案を出し、こうしてアリスの負担を減らすため料理をするくらいしか出来ない。
焦っていた。俺には参加理由などなかったんだと。だけど、九条が加わると言った言葉を聞いてホッとした。この重たい使命を一緒にしてくれる仲間がいると思う気持ちがこれほど大きいとは思っていなかった。勿論アリスと柏木が居たが二人とも年下だ。なんとなく俺がしっかりしないと思っていた。九条は学年は下だが年は同じだ。九条の加入は俺にとって大きなものだった。九条が救われてように俺も重圧から開放された。
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身体がグイッと何かに引っ張られ目が廻る感覚がした直後目を開けると自分の部屋に戻っている。
「この感覚は慣れそうにない」
そう呟き天井を見上げる。鏡野アリスは言った。今後は家にいる時と一緒にいる時と学校にいる時以外は見ているからと。危険があれば対処するためだ。鏡野さんはずっとそれを続けている。ネットでいろいろ見てきたからよくわかる。あちこち見張るなんて、どれだけ神経を使うことか。見張る必要はないと言ったが彼女は父の死因を聞いて、どうしても譲らなかった。きっと僕も見張られているだろうと。今の両親が隠してくれなかったなら、もう捕まっていたかもしれない、と言われ背筋が寒くなった。
学校で同じクラスでも私とは関わらないで、柏木君とは友達になって、とも言われた。確かに、いきなり女子と話すのは不自然だ。それに……二人はやっぱり付き合っていた。はあーと深いため息が出る。が、柏木君にかなうとは思えなかった。出会う順番を恨んでも結果は一緒だったろう。
パソコンの電源を切り、制服を脱ぐ。ベットに横になり物理の本を広げる。せめて何かに役に立たなくては。鏡野アリスに出会い彼女に救われた。この地獄から抜け出せた。まだ、学校には行っていないから、どうなるかはわからない。前の学校のことがバレるかもしれない。でも、もうこの部屋にはこもらない。こもっても、問題は何も解決ししないどころか、問題をどんどん大きくする事がわかったから。それにこれ以上家族に迷惑をかけられない。全然実感なんてなかった。だが涙を流して、頭を下げる両親を見て、僕は別だったんだと思えてきた。
でも、それで納得した。今までの態度や言動、兄との態度の違いについて。遠慮とどこか冷たい態度の混じった感じ。あーどんどん暗くなる。立ち上がり窓を開けた。
「雨か」
アスファルトの湿った匂いが夏の暑い空気と混じっている。僕はすぐに窓を閉めた。明日からだ。明日から僕の人生がはじまる。これまでの僕じゃない。本当の僕で生きて行こう。今は今しかないんだから。




