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おれとノエルタリアが親しいという噂は、やはりどこからか漏れていた。
それでも構わないと、おれは思っていた。
おれは変化した。
脱皮を済ませた蛇のように、おれの精神は、ひとまわり図太くなったのである。
彼女と出会う前のおれは、虚栄だけは人一倍の見栄坊だった。
が、それは劣等感の裏返しに過ぎなかった。
けれど、ノエルタリアを知ったおれは、自分自身を信じることを覚えた。
文字通り、自信がついたのである。
あの、真に誇り高く美しい姫君がおれを、おれだけを、対等とみなし接してくれている……そのことによって、それまでただのハリボテでしかなかったおれのプライドは、自信に裏打ちされた真実のものに……少なくとも、それに近づきつつあった。
周囲の雑音が、本心から気にならなくなったのだ。
がむしゃらに無視しようと努めるまでもなく。
それにまた、彼女も彼女で、おれと森で会うのを、別段だれにも言いふらしはしなかったが、と言って、逆に細心の注意を払ったり、こそこそしたりはしなかったのである。
『変わり者のひねくれ王子と、口をきかぬ異国の姫、か』
『お似合いではないか』
大半が、そう黙認してくれていた。
ところが兄は、面白くなかったらしい。
兄はもう十七で、正妻をとっくに迎えていて、しかし子供はまだいなかったから、こんなにも慌しく側室を構える必要はまったくないはずだ。ノエルタリアには関心がない様子だったのに……それとも、彼女の近寄りがたい雰囲気に圧されて、手を出したくとも出せなかったのか……ともかく、おれに横取りされるのだけは、我慢ならなかったというわけだ。
兄はノエルタリアに、求婚した。
ノエルタリアは……いつものように黙して語らず、首を縦にも……横にも振らなかった。
横にも。
沈黙は、了解と取られた。
それでも彼女は、弁解もしなかった。
「何故だ、ノエルタリア!」
逆上したおれは、森の中でだけ自然に振舞おうという、暗黙の約束を破って、彼女の寝室に忍び込んだ。
そして彼女の腕を掴んで揺さぶり、オウムのように何度も同じ問いを繰り返した。
ノエルタリアは、なにも言わなかった。
なにも、言ってはくれなかった。
おれのなすがまなに揺さぶられながら、決してその心は、おれの思うままにはならなかった。
森のおれと城のおれとは、まったくの別人だと言わんばかりに、無表情で無抵抗で、おれのすべてを拒絶する。
そうこうするうち、不穏な気配を察した侍女がその場に踏み込んできて、おれを見るなり金切り声を張り上げた。
おれは王により謹慎を申し渡され、三日後の今夜……ようやく軟禁状態からの脱走に成功したのだった。
胸騒ぎに突き動かされ、おれは兄と兄嫁の寝室に乱入し、そして……この惨状をまのあたりにしたのだ。
「おまえには……できなかった。おまえでさえも……」
炎を象った銀糸の刺繍が裾から妖しく立ちのぼる、雪白の夜着。
その胸から左肩にかけて、まだらに返り血を浴びたノエルタリアが、語りだす。
乾ききった金色の砂がこぼれ落ちるような、声で。