再放送番組『すばらしすぎる世界旅行』
あれからほうほうのていでわしらは埼玉に帰った。
ミケは丸一日いびきを立てて寝ておった。
念のために病院に行かせたがただの気疲れじゃそうじゃ。
まあ、そうもなろう。くわばらくわばら。
「あれっ?『すばらしすぎる世界旅行』ですか?再放送ですかね?」
「うむ、昭和のころにやっとったやつじゃな。わし、見るだけなら好きなんじゃよ世界旅行」
「もう年末特番の季節なんですねえ……」
「早いのう」
そういうわけでわしは正月のかき入れ時を前にゆっくり家で休んでおる。
コタツみかんで特番を見るという最高の怠惰を実現中じゃよ。
「『生と死が混じるポリネシア』ですか」
ひよりが食器洗いを終えてコタツに入ってきたのでテレビの音量を上げる。
『このペルポ島では生と死、時間と空間が曖昧な神秘の島です。今日はこちらの村で晩御飯をいただいています』
ご飯を出してくるおばさんが明らかに祖霊なんじゃよ。半透明じゃもの。
『ええとこちらが長老様ご夫妻です。お年はおいくつくらいなんですか?』
どこか日本昔話のじいさまばあさまのようなあまりにも穏やかな顔をした老夫妻。
『……このあいだ三百歳のお祝いを?人間で?三回くらいお葬式をやった気がする……?ご自身の?』
「この人たちちょっとお年なんじゃないですか?記憶が曖昧なようですけど」
「どうじゃろうねえ」
ひよりが困惑しているが、テレビの中の老夫婦はあまりにも穏やかな顔で逆に表情が読めん。
見ているとこちらまで吸い込まれそうな虚無を感じるんじゃよ。
『本当みたいですね……写真が残っています。残っていますが、この宇宙服みたいなのを着た人は……?』
『タイムパトロール……?』
そんなこと言ってる間にもバンバンご先祖様らしき半透明の幽霊の方々が出ては消えて。
『……実はこの映像を撮ったのちに判明するが、我々は出発前の日付に日本に帰国した。わけがわからないがこれが時間と生死が曖昧になるペルポ島の神秘なのだろう……』
「いやー、これはさすがにいくら何でも……」
うーむこれは先達として世界の広さを教えるべきじゃね。
「わし、ひよりに昔インド旅行に行ったこと言うたっけ?」
「ハワイの後に行ったってこと自体は知ってますけど、何かあったんですか?」
「うむ、これなんじゃけどね」
しっぽを変化させてするっと本棚の中にある色褪せたアルバムを取って見せる。
「バブルのころに浮かれて行ったんじゃけどな……インドの神々はほぼハジケリストじゃ。行動原理自体はわかるんじゃけど、二秒後に何が起こるかまったくわからん」
わしはアルバムを開いてひよりに見せる。
「コン様が虎に乗ってる写真とか、宇宙猫みたいになってる写真がありますけどこれ背景に地球が映ってません?」
「わけがわからんじゃろ!?わしもこの写真撮られた覚えもないし、何やらすごかったことしか覚えてないんじゃよ」
「こわすぎません?」
ほんっとうにわけが解らなかったんじゃよインド旅行。
頻繁に山が割れたり、神々の腕が増えたり頭が動物になったり。
何かあるたびに道行く人がバックダンサーになってナートゥ踊りだしたり。
それも誰が撮ったかわからんのに写真に残っておる。
「……世界には私たちの常識で測れない地域があるんですね?」
「そういうことじゃよ。ちなみに玉藻の前様はダキニ天の化身じゃから元々はインドが故郷じゃよ……わしはこの日以来ウカノ様の眷属であることを深く感謝しておる」
ひよりがアルバムめくるたびにぎょっとしておる。
わしも何が映っておるか見とうない。常識を破壊されるからじゃ。
「たしか妖狐にも神道系と仏教系がありますもんね……神社の娘でよかったです。そういえばインドでは仏様いたんですか?」
おっ、乗ってきたのう。こやつも怖いもの見たさが強いのじゃ。
「おったよ。ほんに慈悲深くてちっとも偉ぶらんかった……それが怖いんじゃよ」
あの底知れぬアルカイックスマイルを思い出して身震いしてしまうわ。
どこかテレビのパプアニューギニアの老夫婦に似とる。
「本当に仏様ならいいじゃないですか」
「……あの方々はのう、何千年もそうして強度の高い救済をされて実際救っておられるにも関わらず、かけらもそれが自己評価に結びついておらん」
ひよりは面倒くさそうに甘栗をむき始めた。
うむ、長い話になるぞ。
おっ、わしにもひとまとめくれよる。うむ、うまい。
「いいことじゃないですか?」
「おぬしな、それはどれだけ褒められても調子に乗らん、山ほど善行をしても自分を特別扱いせん、それでも毎日強度の高い人助けを淡々と続ける……いっさい欲がないのに働ける存在じゃよ?」
「何の得もないのに働いてるってことですか?」
「そうじゃ。それを何千年と続けても己が揺るがん。というか、もうそういうシステムで動いてないんじゃろうね」
うむ、ひよりがドン引きしておる。わしもじゃ。
「……ちょっと怖いというか異様ですね」
「そんな存在に混じり気のない慈悲と善行をされるとな、こわい」
そんなんを目指す僧侶の方々には頭が上がらないというか、軽んじられるはずがないんじゃよ。
まあ、アレを本気で目指す人間はそうはおらんじゃろうが、たまにおる。
たまにおるのがもうこわい。じゃからわしは人間を侮らん。
「コン様はわりとこわいものだらけですよね。でも見るんです?世界旅行」
「文明とは、自宅にいながら遠い世界を見られることじゃよ」
他人事じゃからええんじゃよこういうのは!
遠くから見ている分には旅情を掻き立てられて面白いのじゃ。
『では、来週はアフリカの歌う森と歩く海を……』
「ワハハ、わけがわからんのう」
このくらいの距離がええんじゃよ。このくらいの距離が……!
そのせいじゃろうか、帝国主義時代のイケイケだった西洋の神々も自ら植民地を手放しておる。
正気を削られる異常と国益を天秤にかけたんじゃろう。
「あっ、キンさんからライン来ましたよ」
「おっ、なんじゃろうな。今年は正月かえってくるんじゃろうか」
まあ、あの風来坊が忙しい正月に来るわけもないが。
元気でいてくれたらええんじゃよ。
「なんか『会わせたい人がいる』ですって。なんでしょうね」
「男か!」
母としてのカンでわかるんじゃよ。
キンがこういい言い回しをするのは男じゃろ。
「うれしそうですねコン様」
「いや~あやつにも春がのう……いい加減嫁に行って落ち着いてほしいのじゃ」
いや~、正月の楽しみが増えたわ!
どんな男を連れてくるんじゃろうね?




