8、したたかでたくましい
客人を邸宅内へ案内しているあいだも、マデリーンはカルベスにぴったりとくっついて、ミアはディルクと楽しく会話を弾ませていた。
やがて4人はダイニングルームへと移動し、そこで昼食をとることに。
テーブルにはピンクやオレンジ、黄色の生花がふんだんに飾られ、金縁の白磁の食器と磨かれたグラスが綺麗に並んでいる。
その光景を目にしたマデリーンは、思わず感激の声を上げた。
「まあ、可愛い! あたし好みの色合いだわ」
それに答えたのはミアだった。
「マデリーン様の雰囲気をお聞きして、このように装飾しましたの。気に入っていただけてよかったですわ」
その瞬間、マデリーンはぴたりと動きを止め、じっとミアを見つめた。
にこにこ微笑むミアから、マデリーンはそっと目をそらす。
背後でディルクがぷっと吹き出す声がした。
「あたし、お腹がすいたわ。ねえ、早くお料理が食べたいわ」
マデリーンがカルベスの腕を掴んで縋ると、彼は「あ、ああ……」と少し狼狽えていた。
テーブルには次々と料理が並ぶ。
なめらかなポタージュスープ、肉と野菜のパイ包み、魚介のスパゲッティ、ロースト肉の香草添えオレンジソースかけ。
そのたびにマデリーンは「うーん」と小さく唸った。
マデリーンから笑顔が消えたのを見て、ミアが声をかける。
「もしかして口に合いませんか? 料理長とこの日のために考案したメニューなのですが」
「え? あなたが作ったの?」
「ええ。私の実家の定番メニューを侯爵家用にアレンジしたのです」
「どうりで味に深みがないと思ったわ」
「そうですか?」
ミアは目を丸くした。
すると、カルベスが神妙な面持ちでマデリーンに声をかける。
「君は好き嫌いはないと聞いていたのに」
「ないわ。でも味付けにはうるさいわよ。例えばスープはポタージュの濃厚さが足りないわ。パイはサクサク感が足りないし、魚介の味は薄くて塩を振りかけたいくらいよ。お肉料理にオレンジソースなんて意味がわからないわ。お肉には濃厚なソースでなければだめよ」
マデリーンが次々と指摘すると、ミアは深く頭を下げて謝罪した。
「ご満足いただけず、申し訳ございません」
するとマデリーンはふんっと鼻を鳴らし、ミアを蔑むように見つけた。
しかし、ミアは顔を上げると満面の笑みで続けた。
「マデリーン様のご指摘を受けて、次は改良してみますわ!」
マデリーンはぴくりと眉を上げ、引きつった表情を浮かべた。
そばに控えている使用人たちは笑いを堪えているようだ。
ただしリリーは真顔、ハンスは笑顔だ。
そして、カルベスは困惑している。
「あたしはもう食事はいいわ。部屋へ戻るから。カルベス、あとであたしの部屋に来て!」
マデリーンは勢いよく席を立つと、侍女をともなってドタドタと立ち去っていった。
ダイニングルームに静寂が訪れる。
カルベスはすとんっと椅子に腰を下ろした。
するとミアが真剣な顔で問いかける。
「ご一緒にお部屋に行かれなくてもよろしいのですか?」
「え? ああ。食事を済ませてから様子を見に行くよ」
「せっかくのお食事を台無しにしてしまってすみません」
「いや、君が謝ることはないよ。俺はこの料理、美味いと思う」
「まあ、ありがとうございます」
ミアはぱっと明るい表情を見せた。
カルベスとミアが話しているあいだ、ディルクは無言で食事を続けていた。
ふとカルベスが声をかける。
「ディルクはさっきから何もしゃべらないな」
「ん? 料理が美味すぎて君たちの話が頭に入ってこない」
「お前は……」
呆れ顔になるカルベスを横目に、ディルクはすべての料理を綺麗に平らげた。
カルベスもしっかりデザートまで平らげて、ミアに礼を告げる。
「料理の考案までしてくれてありがとう」
「旦那様に喜んでいただけて嬉しいですわ。けれど、マデリーン様のご機嫌を損ねてしまってごめんなさい」
「いや、君は気にしなくていい。俺の責任だ」
「あ、そうですよね。では、気にしないことにしますわ!」
あっさりと言い切るミアに、カルベスは苦笑する。
静かにワインを飲んでいたディルクはふっと吹き出した。
そして食事のあと、カルベスはマデリーンの様子を確認するために彼女のいる客室へと向かい、ミアは庭仕事をすると言って着替えるために自室へ戻った。
使用人たちが片付けをしながらひそひそ話す。
「なんだか不穏な空気だったわね」
「マデリーン様って噂以上にわがままなお方なのね」
「旦那様はあのお嬢様のどこがいいのかしら?」
するとディルクが横から割って入った。
「そんなに心配しなくていいさ」
「まあ、ディルク様は無関係のお方だからそんなことが言えるんだわ」
「そうでもないよ。僕はカルベスと10年以上の付き合いだ。彼の性格はよくわかっているつもりで言ってる」
使用人たちは眉をひそめて怪訝な表情をする。
ディルクは笑みを浮かべてぽつりと呟く。
「まあ、見てる分には面白いんだけどね」
使用人たちは半眼でディルクを見つめる。
「それに、あの子は聡い。バカを演じているのか、それとも素でやっているのか判断できないけど、したたかでたくましい。カルベスをどうにかできるだろうな」
彼のその言葉に、使用人たちはただ首を捻るばかり。
リリーはため息をつき、ハンスは変わらずにこにこしていた。




