7、ざまあって思っちゃったわ
ついに、マデリーン来訪の日を迎えた。
その日は朝から慌しく、ミアはリリーや使用人たちと走り回っていた。
カルベスも何か手伝おうと申し出たが、ミアが断った。
「旦那様はただマデリーン様を受け入れる準備をしておいていただければよいのです」
「しかし……」
「あ、旦那様、邪魔ですからそこを退いていただけます?」
「じ、邪魔……?」
狼狽えるカルベスをよそに、ミアは両手に抱えた生花をダイニングテーブルに持っていった。
使用人たちが白のテーブルクロスを敷いたあと、ミアはリリーとともに手早く花を飾っていく。
ぼんやり突っ立っているカルベスに、執事のハンスがにこやかに話しかける。
「ここは奥様にお任せしてはいかがでしょう?」
「あ、ああ。そうだな」
カルベスは何度もミアの背中を気にしながら、居心地悪そうにその場をあとにした。
ガラガラと車輪の音を立て、豪奢な馬車がゆっくりと侯爵家に近づいてくる。
正門前で停止すると御者が扉を開けた。
降りてきたのはローレンス家の令息ディルク。
ハンスとリリーを先頭に使用人たちが揃って出迎える。
その中央にミアとカルベスがいて、まずはカルベスが彼と握手を交わした。
「久しぶりだな、ディルク。まさか君も来るとは思わなかった」
「ああ。スミス令嬢がどうしても同行してくれと頼むから仕方なく。ひとりでは不安なのだそうだ。従者も侍女も一緒にいるのに意味がわからないね」
肩をすくめてみせるディルクの背後から、マデリーンが姿を現した。
カルベスの視線はもうマデリーンに釘付けになっている。
「ああ、カルベス!」
「マデリーン!」
マデリーンが駆け寄ってくると、カルベスも走り寄り、ふたりは勢いよく抱擁を交わした。
その様子を眺めている使用人たちは、遠慮なく好き放題に感想を述べる。
「旦那様はもう周りが見えていないわね」
「ふたりだけの世界に浸っているようだわ」
「遠距離の力かしらねえ?」
そんな数々の言葉を遮ったのはミアだった。
「愛の力でしょう」
ミアがにこにこしながらそう言うので、使用人たちは複雑な表情になった。
マデリーンはカルベスに抱きついて涙を流していたが、やがてミアの存在に気づくと、カルベスから離れて近づいてきた。
彼女はふわっとした髪を揺らし、ミアのそばに来るとすぐ、上目遣いで口角を上げて言った。
「はじめまして、奥様。私たちの恋を許してくださってありがとうございます!」
使用人たちのあいだから「うわぁ」という声が上がった。
そんなことは気にもせず、マデリーンは満面の笑みでミアに告げる。
「これから数日間、カルベスと愛を育む予定ですの。奥様はどうぞおひとりでご自由にお過ごしくださいね」
使用人たちのあいだから「小悪魔」とか「わざとだわ」とか、そんな声が上がった。
しかし、ミアは笑顔のままさらりと返す。
「もちろん、自由に過ごしますわ。マデリーン様はどうぞ旦那様とたっぷり愛を育んでくださいね。まったくお邪魔はいたしませんから」
マデリーンは口角を上げたまま、わずかに表情を歪めた。
それを見て大笑いしたのはディルクだった。
「あははははっ! ユーベルト伯爵家の令嬢は変わり者だと聞いていたが、ここまで面白い人だとは!」
ミアは笑顔のまま、ディルクに会釈をした。
マデリーンは笑顔が引きつっている。
そして、カルベスはハラハラしていた。
「君の名前は確か……」
「ミアですわ」
ミアとディルクは笑顔で握手を交わす。
「よろしく。僕はローレンス家のディルクだ。しばらく滞在させてもらうよ」
「ええ、よろしくお願いします。せっかくなので、アランドール家を満喫していってくださいませ。よろしければ私が邸宅内をご案内いたしますから」
「それはいいね。ぜひ、君と一緒に過ごしたいな」
「はい、よろしいですよ」
ふたりがそんなやりとりをしていると、カルベスが慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待て。なぜミアがディルクの相手をするんだ?」
「え? だって旦那様はマデリーン様とお過ごしになるのでしょう? でしたら、ディルク様のおもてなしは私がして当然なのでは?」
ミアの言い分は至極真っ当で、カルベスは言葉を失った。
その背後で、マデリーンがカルベスの腕を掴み、にこっと笑う。
「カルベス、奥様もこう言っていることだし、あたしたちはふたりで過ごしましょう。これまでの寂しさを埋め尽くすようにたっぷりと愛を確かめ合うのよ」
「あ、ああ……」
カルベスは微妙に困惑しながら答える。
腕を組んで邸宅内に入っていくカルベスとマデリーンの背後で、ミアとディルクがおしゃべりしながらついて行く。
それを見守る使用人たちは、思わず小声で呟いた。
「私ちょっと、ざまあって思っちゃったわ」
「口を慎みなさい。私たちは言われたことをやるだけよ」
「そうよね。でも、この先どうなるのか、ちょっとだけ楽しみだわ」
彼女たちが邸宅へ戻っていく中、リリーは呆れ顔で嘆息する。
「こじれそうな予感」
「我々は見守るのみです」
やけに平然と笑顔でそう言うハンスに、リリーは肩をすくめた。
雲ひとつない真っ青な空の下、それぞれの思惑が揺れ動く――




