24、どうやら君の恋は成就しないようだ
「さあ、ご覧くださいませ。こちらが有名な観光名所の一つ、テルベの泉ですわ」
ミアの誇らしげな声が高らかに響く。
泉の中央には女神像があり、その手の器から水が絶え間なく注がれている。
観光客の歓声があちこちから聞こえる中、カルベスとディルクは笑顔でミアを見つめている。
パーティ前日にもかかわらず、終日予定が空いていたため3人で王都観光に訪れた。
そして、ミアが案内役をしている。
カルベスとディルクは笑顔のまま、ミアに聞こえないように小声で言い合う。
「なんでお前がついて来るんだよ」
「君の奥さんが来ていいと言ったんだ」
「フツー断るだろ!」
「断れないセーカクなんでね」
「嘘つけ!」
ふたりの返事がないので、ミアがきょとんとした顔で固まっている。
カルベスとディルクは同時に我に返り、ミアに笑顔を向けた。
「ああ、懐かしいな。たしか背中を向けてコインを投げ入れるんだよな。入ったら恋愛成就するんだっけ?」
「むしろ外すほうが難しいくらい広い泉だけどね」
ディルクが肩をすくめてみせる。
するとミアがふたりに提案した。
「せっかくの観光なので、おふたりともどうぞお試しくださいませ」
それに反応したのはカルベスだ。
彼は「えっ」と声を上げ、驚いた顔で頬を赤らめる。
するとディルクがにやりと口角を上げ、先に一歩踏み出した。
「じゃあ、僕が先にやってみよう。恋愛を成就させたい相手を思い浮かべながらコインを投げ入れればいいんだね」
ディルクはそう言って、わざとらしくカルベスのほうへ視線を向ける。
カルベスは露骨に眉をひそめて睨み返した。
ディルクは泉に背中を向けると、指で弾くようにしてコインを軽々と放った。
ぽちゃんっと水の音が響く。
「ディルク様、おめでとうございます」
ミアが笑顔で手を叩いて言った。
すると、ディルクはカルベスに目を向けて促す。
「さあ、次は君の番だ。楽勝だろう?」
からかうように言うディルクに、カルベスは無言で一瞥。
そしてコインを手にして泉に背中を向ける。
目の前で笑みを浮かべるディルクと、穏やかに微笑むミア。
それを見たカルベスは一瞬だけ緊張し、目を閉じて勢いよく手を振り上げた。
カルベスの手から放たれたコインはカンッと石にぶつかる音を立てて転がる。
ミアは笑顔のまま固まり、ディルクはぶふっと吹き出した。
「君は本当に期待を裏切らないな。どうやったら外せるんだよ」
「うるさいな。手もとが狂ったんだ」
カルベスは石畳の上のコインを拾い、再度挑戦した。
しかしコインはふたたび石の上を転がってしまう。
ミアは固まったまま瞬きし、ディルクは肩をすくめた。
「どうやら君の恋は成就しないようだ」
意味ありげな笑みを向けられ、カルベスは睨み返す。
しかしその直後、ミアがディルク向かって抗議した。
「ディルク様、どうか旦那様をいじめないでください!」
真剣な表情で訴えるミアの様子に、ディルクもカルベスも目を見開く。
ミアは哀愁漂う表情で、切なげに言い放った。
「旦那様はマデリーン様と破局したばかりなのです。昨日お伝えしましたよね? 恋が成就しなかったのでコインが泉に入るわけがありませんわ。もう少し発言にご配慮いただきたく思います」
カルベスとディルクは呆気にとられ、言葉を失った。
ミアは真顔でコインを拾い上げると、それをハンカチで丁寧に拭いてカルベスの手に渡す。
「旦那様、気になさることはありませんわ。失恋の傷は時間とともに癒えていくものです。微力ながら妻である私が支えとなりますから」
カルベスは呆然としたまま「ああ」とかすれた声を出した。
ディルクは手で口もとを押さえて、笑いを堪えている。
「ごめんごめん。僕が悪かったよ、カルベス」
「……思ってないだろ」
カルベスは、軽い口調で肩を叩くディルクをじろりと睨んだ。
ふたりが見合っている様子を見たミアは、安堵したようにため息をつく。
「それでは仲直りをしたところで、次の観光場所へ参りましょう」
ミアがふたたび笑顔になると、ディルクは笑みを返し、カルベスは複雑な表情で頷いた。
張り切って先を行くミアの背後で、ディルクがカルベスにぼそりと言う。
「僕はなんだか君が哀れに思えてきたよ。今までは面白く傍観してたけど、ここまで実らない恋も虚しいね」
「何が言いたいんだよ。マデリーンのことはもう終わったんだ。いつまでも引きずっていられない」
「ああ、そうだろうな。君の心の中には最初からスミス令嬢はいなかったんだから」
「……何を言ってるんだ?」
「で、今は叶わない恋をして苦悩している。ちょっと僕が横やりしただけで強い嫉妬心をぶつけるほどにね」
意味ありげに笑うディルクを見て、カルベスは赤面し、慌てて顔を背ける。
「まあ、いいじゃないか。どうせ一生そばにいるんだろ? 時間をかけて心を掴むことだ」
カルベスは返答せず、黙り込んだ。
結婚してそれほど月日が経ったわけではないが、ミアの性格は十分すぎるほど理解しているつもりだ。
彼女の人生に愛だの恋だのは存在しない。
あるのはただ目の前の事実を冷静に見極め、必要なことを淡々とこなすだけ。
カルベスは前方に視線を向ける。
ちょうどディルクがミアに話しかけて、彼女が笑顔で応じているところだった。
胸の奥がちくりと痛んだ。
妻が別の男と言葉を交わす。たったそれだけのことに、感情が搔き乱され、息苦しくなる。
それでも――
(ミアが俺に感情を向けることは、きっと一生ないんだろうな)
そう思うと、余計に胸が苦しくなるのだった。




