21、どうしてこうなるのよ!
スミス子爵家の邸宅にて。
マデリーンはここ数日そわそわしていた。
カルベスに手紙を出してから7日ほど経ったが、返事は一向に届かない。
「どうしてよ。なぜ返事が来ないの? カルベスは焦っているはずよ」
マデリーンの機嫌がどんどん悪くなっていき、使用人たちの緊張感も日ごとに高まる一方だった。
そんなある日、執事が一通の手紙を手にして現れた。
「アランドール家より、お手紙でございます」
「まあっ、カルベスだわ。待っていたのよ!」
マデリーンは執事の手から手紙をひったくり、勢いよく封を破る。
その際、便せんの端まで破ってしまったが、そんなことは気にも留めず、内容に目を走らせる。
‡ ‡ ‡
親愛なるスミス子爵令嬢へ
手紙をありがとう
元気にしているようで安心した
縁談の話があると知り、君が前を向いているのだと思った
自分を大切にしてくれる人と一緒にいようと考えられるのは、とても素敵なことだと思う
いろいろ考えた末の決断だろう
その気持ちを尊重したい
どうか、心から安心できて、笑顔でいられる毎日を過ごしてほしい
今までありがとう
君の幸せを、心から願っている
‡ ‡ ‡
「なんなのよ、これはーっ!!」
手紙を読み終えた瞬間、マデリーンはぐしゃりと便せんを握り潰した。
「どうしてこうなるのよ!」
苛立ちに任せて視線を走らせていると、ふとテーブルの上の書物が目に入った。
その表紙には【男を振り向かせる10の方法】と書かれてある。
マデリーンはテーブルにずかずかと近づき、書物を手にすると睨みつけて言った。
「この本に書かれたことを実践したのに、カルベスは焦って追いかけてくるどころか、あたしの嘘の縁談を信じて祝いの言葉を送ってくるなんて!」
マデリーンは書物を床に叩きつける。
「こんな本は捨ててちょうだい!」
ひとりの使用人が慌てて本を回収した。
マデリーンは腕組みしたまま落ち着かない様子で室内をうろうろする。
「おかしいわ。この前のお茶会で相談した令嬢も言っていたのに。男は追いかければ逃げていく。距離を置けば追いかけてくるって」
ぴたりと足を止め、眉をひそめる。
「あの子も嘘をついていたのね」
マデリーンは悔しそうに歯噛みする。
そのとき、使用人が客人を招いて部屋に入ってきた。
「お嬢様、ダグラス男爵家のジミー様がお見えですが」
「は? 無視して。お父様の縁談は受けないって言ったでしょう」
その直後、扉がバーンと開け放たれ、両手を広げた男爵が満面の笑みで飛び込んできた。
「ああ、マデリーン。そんなつれないこと言わないでくれよ」
凄まじい勢いで駆け寄ってくる男爵に、マデリーンは思いきり蹴りを叩き込んだ。
男爵は吹っ飛び、壁に激突する。
「だ、大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込む使用人たちをよそに、男爵はむくりと起き上がり、にへらっと笑った。
「今日の蹴りも見事だね、マデリーン。君の愛が伝わってくるよ」
使用人は半眼になり、マデリーンは本気で吐き気をこらえる。
「ほんっとに気持ち悪い! ジミー、その鬱陶しい顔を見せないでって何度言えばわかるの?」
「顔を見せなければいいのかい? じゃあ次は仮面をつけてこよう」
「そういう問題じゃないのよ! あたしはあんたの顔も体型も嫌いなの!」
「なるほど。じゃあ全身鎧でも着てくるか」
「うあああっ! もうっ! あたしはそれどころじゃないのよ!」
「何かあったのかい?」
「あんたには関係ないわよ!」
ふいっと顔を背けるマデリーンの足もとに、くしゃくしゃになった手紙が落ちている。
ジミーはそれを拾い、さらりと目を通してから「ふむ」と頷いた。
「どうやらアランドール侯爵は、僕と君の結婚を祝ってくれるらしい」
次の瞬間、ふたたびマデリーンの蹴りが飛んだ。
床に叩きつけられた男爵は、その勢いを利用してくるりと回転し、片膝をついて着地した。
そしてポケットから一輪の薔薇を取り出し、マデリーンに向かってすっと差し出す。
「今日は二度も愛の蹴りをくらったから、改めて求婚しよう」
「だから! なんでそうなるのよ! あんたバカじゃないの?」
「バカではなく、誠実な男さ」
「自分で言うことじゃないわよ! 少なくとも顔のいいカルベスは、自分でカッコイイなんて言わないわ」
ジミーは薔薇を近くの水の入ったグラスに突っ込み、急に真面目な顔になった。
「そんな顔だけの男なんて忘れて、君のすべてを受け入れる僕と結婚したほうが幸せになれると思うよ?」
「い、や、よ! だってあんた、背が低くて髪が薄いんだもの! 30過ぎて結婚できないってことは、そういうことなのよ!」
「安心して。君より1ミリ背は高いし、髪もまだかろうじて生えてる。それに愛に年の差なんて関係ないさ」
「なんでそんな自信満々なのよ! ほんっとにバカ! あたしみたいな可愛い令嬢は、顔のいいカルベスみたいな男じゃなきゃだめなの! 地位だって侯爵家と男爵家じゃ比べものにならないでしょ!」
ジミーはふたたび腕を組み、「ふむ」と考え込んだあと、にっこり笑った。
「愛の深さなら僕の勝ちだ。君にツンツンされるほど、僕の愛は燃え上がる」
「気持ち悪いのよ! この変態!」
ふたたびマデリーンの蹴りが炸裂し、ジミーは床にごろごろ転がった。
ところが、彼はマデリーンにげしげし蹴られながら恍惚とした声を上げる。
「ああっ、もっと! もっと罵って! もっと痛めつけて!」
「この変態じじい!」
遠巻きに見ていた使用人たちは、呆れつつも、どこか安心したように微笑を浮かべる。
「正直、お嬢様のお相手が務まるのは男爵くらいだと思うわ」
「わかる。あそこまで我儘なお嬢様を受けとめられる方、他にいないもの」
「ていうか、このふたり、相性よくない?」
ふたりのやりとりがしばらく続きそうなのを察した使用人たちは、顔を見合わせたあと何事もなかったかのように静かに部屋を退室し、それぞれの仕事へ戻っていった。




