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【連載版】旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!  作者: 水川サキ


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18/35

18、妻として当然ですから

 その日、カルベスは明け方に目が覚めた。

 というのも、昨夜は早く就寝したからだ。

 使用人が朝食を運んでくるまでまだ時間があるので、彼は身支度を整えると部屋を出た。

 夜明けの空気の中を歩くのも悪くないだろう。

 廊下でハンスとすれ違うと、彼は一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに恭しく頭を下げた。


「旦那様、おはようございます」

「ああ、おはよう。今から少し屋敷の周辺を散歩してこようと思う」

「ちょうど奥様もお散歩に出かけられたところです」

「ミアもこんな時間に?」

「はい。毎朝欠かさずなさっておられます」

「毎朝……」

「どうぞ、お気をつけていってらっしゃいませ」


 ハンスは丁寧に一礼した。

 カルベスの胸にほんのりと高揚感がわく。


(今なら追いついて一緒に歩きながら話ができるかもしれない)


 そんな淡い期待を胸に出かけたが、ミアと会話を交わすどころかすれ違うこともなく帰り着いてしまった。



 厨房では料理人たちが朝食の準備をしていた。

 そこにミアの姿もあったので、カルベスは驚いた。


(いつの間に帰っていたんだ? いや、それよりも、ミアは自分で朝食を作っているのか?)


 5段重ねのパンケーキにたっぷりのシロップとふわふわのホイップが添えてある。

 そこにミアが苺やキウイやオレンジやベリーなどのフルーツを盛りつけて完成したようだ。


「わあ、素敵ですねー」


 リリーが両手を合わせてにっこり笑い、そばにいた料理人たちも微笑ましく見ていた。

 カルベスにはこの光景がまぶしくてたまらなかった。

 楽しそうだなと思い、つい厨房に足を踏み入れてしまった。

 すると、驚いたのは料理人たちだ。


「カルベス様、なぜこのような場所へ……申し訳ありません。朝食がまだ整っておりませんで……」


 慌てる料理人にカルベスが穏やかに答える。


「たまたま通りかかったんだ。気にしないでくれ。いつも通りで大丈夫だ」


 するとミアが満面の笑みで声を上げた。


「旦那様、おはようございます。今日はめずらしくお早いのですね。いつも太陽が昇りきるまで寝ていらっしゃるとお聞きしましたが、大丈夫ですか?」


 ミアの言葉に全員の顔が引きつった。

 カルベスも表情が固まっている。


(それはつまり、いつも寝坊しているくせに今日はどうした? と言いたいのか)


 ミアはきょとんとした顔をしている。


(ああ、これは嫌味ではなく純粋に思ったことを口にしたのだろうな)


 カルベスはため息をつくと、真面目に返答した。


「いつもは執務が溜まってどうしても遅くまで起きているから。たまたま昨夜は早く就寝できたんだ」

「まあ、そんなにお忙しいのですか? 私にできることがあれば何なりとお申しつけください」

「え? 手伝ってくれるの?」

「はい。私は妻ですから、旦那様のご命令があれば何でもいたしますわ」


 にっこりと微笑んでそう言うミアに、カルベスは胸が高鳴った。

 ミアに執務をやらせようなどと思ってはいない。

 だが、これはミアと一緒にいられる時間が増えるのではないかという期待感が高まったのだ。


(いやいや、俺は何を考えているんだ)


 カルベスは軽く首を横に振る。

 そしてミアに笑顔で言った。


「じゃあ、書類整理を手伝ってもらってもいい?」

「はい、もちろんですわ。まず朝食をいただきますね。旦那様もよろしければパンケーキを食べますか?」

「ああ、いただくよ」


 朝の静けさに包まれた庭園のテラスで、カルベスとミアは向かい合って朝食をとった。

 テーブルにはベーコンエッグとサラダ、バゲットにチーズ、そして温かいポタージュが並ぶ。

 ミアが作ったフルーツたっぷりのパンケーキは食べやすい大きさに切り分けられ、それぞれの皿へ移された。

 ハーブ入り紅茶の香りがふわっと漂う。

 ミアとカルベスはそれぞれパンケーキをひと口食べる。


「旦那様、パンケーキの味はいかがですか?」

「ああ、美味いよ」

「それはよかったですわ」


 ミアはにこにこしながらそう言って、次々とパンケーキを口に運ぶ。

 カルベスはそんなミアを見て、紅茶を飲みながら微笑む。


(ミアといると心が落ち着くな。ディルクがミアに惹かれるのもわかる……)


 そんなことを考えて、胸の奥がもやっとした。

 カルベスは表情を強張らせ、紅茶を飲む手を止める。


(いや、何を考えているんだ。ディルクだって冗談に決まってる……冗談に……)


 カルベスがミアへ目を向けると、ミアはきゅるんとした顔で視線を向けてきた。


「旦那様、どうしました? もうお腹がいっぱいですか?」

「いや……君はその、清々しい食べっぷりだなと」

「朝をしっかり食べておくと記憶力と作業効率が格段に上がるんです。今日は旦那様の執務をお手伝いするのですから、全力で頭を働かせる必要があります」

「そうか、ありがとう」

「いいえ。妻として当然ですから」


 ミアはそう言ってバゲットにベーコンエッグとチーズをのせてぱくりと食べた。



 朝食後、カルベスはミアを執務室へ招き入れた。

 重厚な机の上には、書類の山がいくつも積まれている。

 今月分の収支帳、商会からの封書、領民からの嘆願書など。


「まずは簡単なものからだ。書類整理と帳簿の確認、それから手紙の仕分けも頼みたい」

「承知しました」


 ミアは素直に頷いて、指定されたテーブルに座ると帳簿を開き、静かに目を走らせた。

 紙をめくる音だけが、執務室に響く。

 カルベスは落ち着かない様子で執務机からミアの様子をちらちら眺めた。


 特に何かを期待しているわけではない。

 ただ、雑務をこなしてくれさえすればよかった。

 ところが、それほど時間が経たないうちにミアが声をかけてきた。


「旦那様、セイル商会の請求額が合いません」

「え?」

「帳簿では銀貨352枚ですが、請求書は354枚です。計算したところ、こちらは正しい数字のようですから、セイル商会の記載ミスであると思います。微々たる数字ですが今後のためにも修正は必要かと」

「あ、ああ。そうだな」

「あと、グレル商会の請求額が先月分と重複している部分があります。これは今回だけでなく、割と頻繁に間違っているようです。金額が少額なため、上乗せしている可能性があります。こちらはきちんと調べる必要がありますね」

「そんなことが……気づかなかった」

「あちらは間違っていたと言って済ませるでしょうけど、今後のためにも厳しく忠告しておくほうがよろしいかと。過失とは思えませんから」

「わ、わかった。しかし……君はこの短時間でよくそこまで見抜いたな。結構膨大な量だと思うが……」

「はい。一度目を通した書物は記憶できますから」

「は?」

「暗算も得意ですから」

「え……」


 カルベスが固まっていると、ミアはきょとんとした顔で首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「い、いや……なんか、すごいな」

「当たり前のことをしただけですけど?」


 まったく嫌味のない素直な返答に、カルベスはたじたじになる。

 そんなことにはお構いなく、ミアは帳簿をぱたんと閉じて、積み上がった封書へと目を向けた。


「え? 帳簿の確認は……」

「終わりましたよ」

「ええっ!?」


 カルベスが突っ立っているあいだに、ミアは次々と封書を開き、目を通していった。

 その集中力は凄まじく、もはやそばに立っているカルベスの存在など忘れてしまっているようだ。


 カルベスは執務机に着いて自身の仕事を再開すると、またもやそれほど時間が経たないうちにミアが声をかけてきた。


「仕分けは完了しました。すぐに返事を出すべき重要案件と、確認すべき案件と、後に回せるものを分けています」

「早すぎないか? 大丈夫なのか?」

「確認されます?」


 カルベスが仕分けされた手紙に目を通していくと、確かにミアの判断した通りだった。


(ミアの判断に狂いはない。だが、普通はもっと考えるはずだ。少し試してみようか)


 カルベスは硬い表情で、ミアに一通の書類を差し出し、問いかける。


「なぜ、この商会を後回しにしたんだ? 文面からもかなり急ぎのように捉えられるし、ここの主人は割と短気で機嫌を損ねると取引停止すると脅しをかけてくるんだ。今ここに辞められたら領地民にも少なからず影響がある」


 するとミアは真面目な顔で即答した。


「はい。だから後回しにしたのです。こちらは価格改定の相談内容ですが、金額があまりに横暴です。これは今回だけではなく、同じことを過去にもされているのでしょう。つまり、こちらは舐められているのです。相手の機嫌を伺いながらおこなう取引はもはや公平とは言えません。この商会との取引が停止となり侯爵領が損害を被るようなことになるのなら、新しいルートを開拓することも必要かと思います」


 カルベスが目を見開いて絶句していると、ミアは書類に目を落としながら淡々と続けた。


「帳簿内容を確認しているあいだ、ここと同じ事業をされているいくつかの商会に目星をつけてみました。商談をおこなってみてはいかがでしょうか?」


 ミアは話し終えたあと、固まっているカルベスの顔を見てハッと我に返ったように口もとを押さえた。


「私ったら出過ぎた真似をいたしました。旦那様に向かって偉そうに意見など、失礼極まりないですわ。ただいまの私の発言はお忘れくださいませ」

「い、いや……君の言う通りだ。貴重な意見をありがとう」


 カルベスの反応に、ミアは明るい表情へと一変した。


「私は妻ですから、旦那様のためなら喜んで何でもいたしますわ。何なら、交渉の場へお連れください。旦那様はとてもお優しいお方ですから、相手に強く主張なさらないのでしょう? 私が一発で相手を撃沈させてみせますわ」


 あまりに素直な笑顔を向けられて、カルベスは苦笑する。


(可愛い顔してとんでもないことを言うな、我が妻は)



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