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【連載版】旦那様には想い人がいるようなので、私は好きにさせていただきます!  作者: 水川サキ


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14/35

14、何がおかしいのですか?

 庭に出たミアは庭師とともに自身の花壇スペースに柵を作った。

 素朴な木材で作った小さな囲いだ。

 作業を終えると、ミアはふうっとため息をついた。


「これでマデリーン様が気づかずに足を踏み入れることはないでしょう」


 すると庭師が怪訝な顔でぼそりと呟く。


「む……そもそも普通の人なら気づくと思うんだが……」

「きっとマデリーン様は整った花壇しか目にしたことがないのですわ。成長途中の苗の花壇などマデリーン様にとっては雑草にしか見えませんものね」

「少し考えればわかりそうなものだが……」

「あ、そうだわ。札もつけておきましょう。私の名前を書いておけばもっとわかりやすくなるわ」


 困惑の表情をしていた庭師は、ミアの様子を見てふっと笑った。


「奥様は実に寛大なお方だ」

「そうですか? 特に気にしていませんわ」


 庭師は苦笑しながら肩をすくめた。



 その日、カルベスはマデリーンと出かけたまま、侯爵家には帰宅しなかった。

 翌日、使用人たちは小声でひそひそ話した。


「旦那様はついに愛人と一線を越えてしまったのだわ」

「奥様が不憫でならないわ」

「あら、そんなことなさそうよ」


 使用人たちの視線の先にはリリーと一緒にサンドイッチを作っているミアの姿。

 今日は近くの森へピクニックに行くため、ミアは早朝からパンを焼いて準備している。


「さあ、あとは食材ね」

「食材を焼く網と釣竿はディルク様が運んでくださるそうですよ」

「まあ、ありがたいわ。さあ、みんな楽しいイベントの始まりよ」


 ミアが明るく声を上げると、使用人たちもつられて笑顔になった。


「ともかく、奥様がお元気だから、私たちも気にせず楽しみましょう」


 こうして、ミアと使用人たちはこの日、家の仕事を休んで一緒に森へ出かけることになった。



 澄んだ青空の下、森の中に木漏れ日が降り注ぐ。

 きらめく川面が突如、ばしゃりと水しぶきを上げ、ミアの釣り竿がしなった。

 銀色の魚が太陽の光を受けてひらりと跳ねる。


「また釣れましたわ」

「すごいな、君は。僕はぜんぜんだめだ」

「ふふふっ、コツがありますのよ。お魚さんを誘うのです」

「へえ、どんなふうに?」

「さあ、いらっしゃい♪ 美味しく食べてあげますわ♪ 私の胃袋でお休みなさい♪ 永遠に♪」

「……なかなか癖のある誘い方だ」


 ばしゃんっと水しぶきが上がり、ふたたび魚が躍り上がった。

 香ばしい匂いが漂う。

 ぱちぱちと焚火の音とともに魚がこんがり焼けていく。

 肉と野菜も少し焦げついた感じで焼き上がっている。

 ミアはパンに肉を挟んで思いきりかぶりつく。


「豪快な食べ方だね」

「父がよくこうやって食べていたので」


 リリーたちも同じようにパンに肉や野菜を挟んで食べた。

 みんなでわいわい楽しんでいると、ちょうど木漏れ日の向こうからふたつの人影が現れた。

 カルベスとマデリーンだ。


「あら、旦那様。おかえりなさいませ」


 ミアが笑顔で挨拶をすると、カルベスは状況が飲み込めず眉を上げた。


「これはいったい?」

「ピクニックですわ」


 ミアが笑顔で釣り針に餌をつけようとした瞬間、マデリーンが思いきり顔を歪めた。


「ひっ、気持ち悪いわ。虫を素手で触るなんて」

「マデリーン、あれは魚の餌だよ」

「令嬢のすることじゃないわ。それに、なんて魚臭いの。せっかくカルベスと森を散歩していたのに台無しだわ」

 

 使用人たちは呆れ顔でマデリーンを見つめた。

 ミアがきょとんとした顔で訊ねる。


「お魚の焼ける匂いがお嫌いですか? マデリーン様」

「生臭いじゃないの! 魚は厨房で料理されて出てくるものよ。貴族のくせに自ら魚を獲って料理するなんて信じられないわ。ねえ、カルベス?」


 話を振られたカルベスは真顔で返す。


「俺も昔はよく釣りをして、その場で焼いて食べていたよ」


 マデリーンの表情は固まり、代わりにミアが明るい笑顔を向けた。


「まあ、旦那様も釣りをなさるのですか?」

「ああ。異国の海で釣りをしたこともある」

「それは素晴らしいですわ」


 カルベスとミアが穏やかに話す横で、マデリーンは悔しげに唇を噛む。


「男はいいのよ。だけど、女がそんな野蛮なことをするのはおかしいわ」

「何がおかしいのですか?」


 ミアは本気でわからないという表情で見つめる。


「令嬢はそんなことしないもの。あなた、ちゃんと令嬢教育を受けたの?」

「ええ、受けましたよ。10歳からですけど。それまでは平民として育ったので、その癖が直らないのが原因かもしれませんね」

「え? あなた平民だったの?」

「はい。もう隠す必要もないでしょう。ねえ、ディルク様?」


 ミアがディルクに問いかけると、彼はふっと笑って答えた。


「ああ。堂々としていればいいさ。君は何でもできる天才だから、誰も君を卑下したりしない」


 ディルクはそう言いながら、わざとカルベスに目を向けてにやりと笑った。

 カルベスはぴくりと表情を引きつらせる。

 その横でマデリーンが豪快に笑った。


「あははははっ、何よ、あなた平民の分際でカルベスに嫁いだの? どうりで品がないと思ったわ」

「今は貴族ですわ、マデリーン様。元平民とおっしゃってください」

「どっちでもいいわよ!」


 マデリーンがむきになって返す。


「こんなところで、フォークも使わずに食事して。魚を焼いて食べるですって? いやだわ、生肉もあるじゃない」

「ちゃんと焼くので大丈夫ですわ」

「そういうことじゃないのよ! あたしたちの優雅な散歩道でこんなことしないでって言ってるの」

「まあ、困りましたわ。マデリーン様たちがいらっしゃると知らなくてつい……」


 ミアが本気で困った顔をするので、リリーがそばでこっそりささやく。


「いいえ、奥様のせいではありません。私たちが先に来ていたのですから」

「けれど、おふたりに不快な思いをさせてしまったわ」


 すると今度はディルクが口を開いた。


「嫌なら別の道を通ればいいじゃないか。僕たちは朝からここで楽しんでいるんだから、君たちが邪魔だよ」


 容赦ないディルクの発言に、マデリーンは表情が引きつり、カルベスは目を見開いた。

 使用人たちは笑いを堪えて肩を震わせている。


「本当に野蛮な人だわ。カルベス、行きましょ。こんな臭いところにこれ以上いたら目眩を起こしてしまうわ」

「え? ちょっと、マデリーン」


 マデリーンに腕を引かれ、カルベスはあっという間に連れ去られた。

 そのとき一度だけ彼は振り返り、ミアを見た。

 しかし、ミアはすでにディルクと楽しげに話していた。


 ふたりが立ち去ったあと、使用人たちは堪えきれずどっと笑い声を上げた。


「見た? あのマデリーン様のお顔」

「ご自分の意見が通らないからって不貞腐れるなんて子供みたいね」

「そもそもあちらの言い分がおかしいのよ」

「でもディルク様の返しですっきりしたわ」


 ディルクは使用人たちににっこり笑顔を向けた。

 すると彼女たちはきゃあっと嬉しそうに笑った。


 ミアはすでに他のことから目を背け、静かに釣りを再開していた。



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