10、奥さんとの仲を深めてもいいかな?
一方その頃、昼寝から起きたマデリーンはカルベスを探して邸宅内を歩きまわっていた。
「まったく、カルベスったらわかってないわ。添い寝くらいしてくれてもいいじゃない。これじゃ、あたしたちの愛を深めることができないわ」
不満をぶつぶつ言いながら廊下を歩いていたマデリーンは、ふと足を止めた。
大きな窓の向こうの庭園にカルベスの姿が見える。
そのとなりにはミアがいた。
ふたりは花壇にしゃがみ込み、並んで土に触れている。
時折、カルベスがミアに話しかけ、ミアが楽しそうに笑うと、カルベスは穏やかに微笑む。
それを見たマデリーンは唇を噛み、拳をぐっと握りしめた。
「なんなのよ、あれは! カルベスはあたしのものなのに!」
マデリーンはドカドカ足音を響かせながら階段を駆け下り、勢いそのままに庭園へ飛び出した。
侍女が慌てて追いかけるものの、マデリーンは早足でカルベスとミアのいる花壇へまっしぐらに向かう。
そして、マデリーンはダンッと足音をさせてふたりの背後に立った。
「まあカルベスったら。探しましたのよ」
その声に、カルベスとミアが振り返るように顔を上げる。
マデリーンがじろりとミアを睨みつけると、ミアはにこっと笑って立ち上がった。
「マデリーン様、お加減はよくなりましたか?」
「すっごく悪いわ。あなたのせいよ」
「まあ、それは申し訳ありません。やはり食事に問題があったのでしょうか?」
「それもあるけど、あたしが部屋にいるあいだにどうしてカルベスとふたりきりでいるの? それが問題だわ」
目を丸くするミアのとなりで、カルベスが慌てて説明する。
「君が踏んでしまった花壇を直していたんだよ」
「まあ、あたしのせいだって言うの?」
「違う。俺の不注意でもあるから、手伝っていたんだよ」
「やっぱりあたしのせいだって言いたいんじゃない!」
「マデリーン、少し落ち着いてくれ」
「落ち着けないわよ! 愛する恋人がいるのに放置して他の女と一緒にいるなんて許せないわ」
カルベスは深く嘆息し、真面目な顔でマデリーンに告げる。
「ミアは妻だ。彼女が家のことをしているなら、俺もそれをやるべきだ。俺はこの家の主人だから」
マデリーンは呆気にとられたあと、顔を真っ赤にして涙をぶわっと溢れさせた。
「ひどいわ! カルベスは愛する恋人よりお飾りの妻を優先するのね!」
カルベスは眉間を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。
その横で、ミアがすっとカルベスからシャベルを取り上げ、淡々と告げた。
「旦那様、ここはもうよろしいので、マデリーン様についててあげてください」
「しかし、まだ終わってないのに……」
「マデリーン様の言う通りです。ただのお飾り妻が旦那様とふたりきりなんて恋人に失礼ですわ」
「ミア……?」
ミアはカルベスの背中を押して、マデリーンのほうへ促す。
「マデリーン様、気分を害してしまい申し訳ありません。ですが、大丈夫です。私は今後、マデリーン様のいらっしゃるあいだは旦那様と接触しないようにしますから」
マデリーンは涙を引っ込め、ぱっと明るい表情になった。
そしてカルベスの腕を掴むと、ぴったりくっついて、にんまり笑った。
「ええ、そうしてちょうだい。あたしの前で絶対にカルベスとふたりきりにならないこと。しゃべりかけてもだめよ」
「承知しましたわ」
カルベスが何か言おうと口を開きかけると、マデリーンが抱きついた。
「カルベス、お腹がすいちゃったわ。美味しいお菓子が食べたいの」
「わ、わかったから、あまり腕を引っ張らないでくれ」
カルベスがもう一度ミアに目を向けると、彼女はもうふたりを無視して花壇の手入れを再開していた。
その後、カルベスはマデリーンを自室まで送り届け、ケーキやチョコレート菓子を次々と運ばせると、彼女が満足するまで付き合わされた。
満腹になったマデリーンは晩餐を拒み、そのまま早々に寝入ってしまう。
晩餐はカルベスとミアとディルクの3人だったが、誰ひとり口を開かず、張りつめた沈黙が続いた。
その異様な空気に使用人たちが困惑する。
「いったい何がどうなっているの?」
「マデリーン様がいらっしゃらないから、少しは平穏になるかと思ったら、空気が重いわ」
何のことはない。ミアは約束を守っているだけ、ディルクは食事中にしゃべらないだけ、カルベスはただ気まずくて話しかけづらいだけだ。
「旦那様、ワインをお注ぎしましょうか?」
ハンスに声をかけられてカルベスは「ああ」と少々狼狽えながら答えた。
「奥様、デザートをお持ちしましょうか?」
リリーに声をかけられてミアは「ええ」と笑顔で答えた。
そんなふたりの様子を見て、ディルクは「面白っ」と呟いた。
夜遅くに、ディルクがカルベスの部屋にやって来た。
「少し飲まないか?」
ふたりは椅子に座り、かちんとグラスを軽く打ち合わせる。
しばらく世間話をしたあと、話題は自然とマデリーンへと移った。
ディルクは肩を震わせて笑う。
「スミス令嬢にずいぶん振りまわされてるなあ」
「笑いごとじゃない。まさか、マデリーンがあそこまで我の強い子だと思わなかったよ」
「んー、たぶん気づいてなかったのは君だけだよ」
「えっ……?」
カルベスが目を丸くすると、ディルクはワインを飲み干し、静かにボトルを傾けて自分のグラスに再び注いだ。
「恋は盲目とは言うが、少し頭が冷えてきたんじゃないか?」
「何が言いたい?」
「君は昔から変な女に好かれるからなー」
「失礼だな」
「僕としては、奥さんが一番マシかな。あの子も相当変だけど」
「ミアは俺に興味がない。親が決めた結婚に従っただけ」
カルベスがグラスを持ったまま俯いていると、ディルクが笑った。
「君のほうが奥さんを気になっているみたいだ」
「そんなことは……」
「僕は気になるなあ、奥さんが」
「は?」
驚いて目を見開くカルベスに、ディルクがにやりと笑って言う。
「僕が奥さんとの仲を深めてもいいかな?」
「何を言ってるんだ。ミアは俺の妻だ」
「君は恋人と仲良くしているんだから、少しくらいいいだろ」
「それは、だめだ」
「なぜ?」
ディルクが静かに訪ねると、カルベスはおもむろに立ち上がり、拳をぎゅっと握りしめた。
「ミアは……」
カルベスは言葉に詰まる。
ディルクの表情から笑みが消え、彼は座ったまま真顔でカルベスを見上げている。
数秒の沈黙のあと、カルベスは目をそらし、かすかに首を振った。
「いや、なんでもない」
ディルクは空になったグラスをテーブルに置き、すくっと立ち上がった。
そして、扉に向かって歩きながら軽く口を開く。
「明日はスミス令嬢を町へ案内するんだろ? 就寝の邪魔したな」
「別に……」
カルベスはディルクの顔も見ずに返す。
するとディルクは振り返り、笑みを浮かべて告げた。
「僕は奥さんと仲良くするから、こっちのことは気にせず楽しんでくれ」
「ディルク!」
カルベスが顔を上げると、ディルクはすでに部屋から出ており、パタンと扉の閉まる音が虚しく響いた。
しばらく立ち尽くしていたカルベスは、やがて力なく椅子に腰を下ろす。
両手を合わせて深く俯き、小さく呟く。
「……いや、俺に反対する権利なんかないな」




