3 仕事仲間たち
働き出した初めのうちは、私達はまだそんなに大してエッチな事をさせられるわけではなかった。太腿に手を伸ばしてこられたりお尻をちょっと触られただけでも、すぐにその手を払い除け、洒落になりませんという冷たい乾いた声で
「ちょっと」
「やめてください」
「何してるんですか」
とはねつけても、商売はまだ成り立っていた。
「だって『触られない』が前提のお店だもん。求人にもそう書いてあったし」
「それで面接受けに来たんだもんねー?」
「ね」
と溜まり場になっていた更衣室でクチャクチャお菓子や牛丼やマクドナルドや饂飩などを食べながら、同僚同士、仕事の愚痴や無駄話をして、お客さんが来るのを待った。
更衣室の入って正面には危ないくらい大きく開く窓があり、落下防止のための手すりが2本付いていて、そこから身を乗り出して下の路地裏を覗くと、ごちゃごちゃした黒い電線の下を通って出勤してくる仲間達の頭のてっぺんが見下ろせた。
窓からは見えないが駅もすぐ近くだった。角を曲がった先の、細い割に交通量の多い道路からはクラクションや怒鳴り声、駅のホームからはアナウンスも音だけ流れ込んできて、街の雑音が常に背景に響いていた。
右側の壁には、ダンボールやらタオルやらがごちゃごちゃ積み上げられてノート一冊を広げるのがやっとの表面積にまで狭められた机と、古い冷蔵庫と、その上に電子レンジも備えてあり、学生ならその肩身の狭い事務机で課題を進めながらお呼びがかかるのを待つことができた。反対側の壁にはロッカーがずらりと端から端まで並び、鍵のかかった小さな扉で埋め尽くされていた。
椅子は二脚あったが、7.8人の女の子がこの狭い空間の中にみんなで居ようとしたら、受付に続くドアを空けっぱなしにして、廊下にまではみ出し、床に座ったり立ったままでいたりしなければならなかった。それでもみんなそのあたりになんとなく集まって思い思いの姿勢で寛いでいた。
シングルマザーになりかけのミサさんは、唯一、車で通勤して来ていた。よく小学一年生になったばかりの娘さんの可愛い動画(鉄棒で逆上がりする練習風景とか、ひたすらブランコを漕いで満面に笑みを浮かべている様子とか、嫌いなグリーンピースを食べないとケーキも食べられないと聞いて潤んだ目になり、本格的に泣き出す一瞬前とか)を見せてくれて、みんなが一度に小さい画面を覗き込もうと額をぶつけ合ってギャアギャア騒ぐのを面白がっていた。彼女は佐藤さんと同じで、一同のまとめ役みたいな落ち着いた大人のお姉さんだった。
1番年下は高校2年生のアカリちゃんで、6人兄弟の1番上で、下の子たちにもできるだけ良くしてやりたいからと家に少しでも多くお金を入れるため頑張って働くお姉ちゃんだった。ここでは誰よりも年下なのだけれど、そう思えないくらいものすごくしっかりした子だった。
お昼ご飯に林檎を齧ろうと私が洗面台でアライグマのように林檎を水洗いしていると、横から来て
「貸してみ」
と林檎を取り上げ、ハンドソープを付けて丁寧に洗ってくれて、
「こうしないとワックスが落ちないよ」
とタオルで拭き上げて返しながら教えてくれた。確かに、ぼんやり水の中で濯いでいるだけではなんにもとれていなかったぬめりが石鹸と拭き上げで綺麗に落ちていた。キュッと音が鳴る、皮ごと食べられそうなピカピカの林檎になった。
トイレから出て来て、泡だらけの林檎を洗うところから見ていたミサさんとアカリちゃんとは、後で、フルーツの洗い方や剥き方で大論争を繰り広げ、みんなに
「ほうれん草は切ってから洗うか?洗ってから切るか?」
とか
「メロンの種は捨てるか?舐めるか?」
とか、聞いて回ってどっちが変態なのかハッキリさせようとしていた。
アカリちゃんはみんなに、本当に現役か?その制服はコスプレか?とあんまり疑われたりからかわれたりするので、ある日ついに生徒手帳を持って来て一人一人みんなに
「ほれ、見よ、どうだ本物だよ、正真正銘の女子高校生だよ、ピチピチの現役の。参ったか」
と見せて回り、その現場を佐藤さんに押さえられ、
「すぐ鞄にしまって2度と出さないように。学校に置いとけ」
と厳重注意を受けていた。私達にも、
「今見た物のことは今すぐに脳内から消し去るように。絶対、口外しない事」
と約束させられた。アカリちゃんは本当はこの店で働いていて大丈夫なのかどうなのか怪しい現役の女子高校生だった。
双子のミリとマイは本当は双子ではなく幼稚園からの幼馴染で、ただの仲良しなだけなのだけれど、どっちがどっちか分からないくらいそっくりだった。顔も互いに似せるようなお化粧をするし、服も一緒に買いに行ってお揃いを買ってきたり、共有で着回ししていたりする。
先週のマイと上から下まで全身おんなじ服、同じサンダル、同じ鞄でミリが出勤して来たりすると、
(引っ掛けのつもりか?)と疑ってしまう。
2人は面接も一緒に受けに来たらしく、名字も2人とも同じ〝丸山″だったので、双子とか丸山兄弟とか呼ばれていた。
二人は、片方が居ない時はその場にいる誰よりも片割れの悪口や性癖や裏ネタを平気でポンポン口に出すのだが、そのくせして誰かが同じように相方の陰口を言おうとすると誰よりも嫌な顔をして相方を庇い戦い始める。
「あの子の悪口を言って許されるのは私だけだから!」
と二人して、一緒にいないときの口癖も同じだった。
この4人に、佐藤さんとココちゃんと私を入れて7人。
あと1人、いつもロッカーを使うために更衣室に一度は寄るけれど、混んでくると別の空いている部屋で1人で過ごすアリアさんという物静かなお姉さんがいた。年齢不詳の謎めいた人で、お店のオープンからいる主要メンバーの1人だった。
アリアさんは誰もがあまりよく知らない店長のことを唯一よく知っているらしい…という噂だった。なんでも、このお店を立ち上げるときに店長が他の店からベテランのアリアさんを引き抜いてきて、相談役にしたので、この店の随所には彼女のこだわりが散りばめられているという。マッサージオイルを選んだのも、タオル掛けを取り付ける場所を決めたのも、一室一室違う世界観を演出するという各部屋のコンセプトも、細かい家具や備品を選び、その配置場所を決めたのも、全部彼女だという事だった。
だけど私はどうも胡散臭い話だなぁと感じていた。全部アリアさん本人から聞いた話ではないし、他の誰かが言うにしても、「別の誰かがそう言っていた」などと言う伝言ゲームみたいな、出だしがどこなのか分からない噂でしかないのだ。
「~らしい」としか誰も言えず、誰もキッチリ語尾を言い切れないみたいなのだ。
それに、アリアさんは大勢と連むのが苦手で孤独を好む人だ。話しかけると深い低い声でポツポツ答えてくれるくらいで、自分から率先してみんなを引っ張っていくタイプには見えなかった。私自身はあまり喋ったこともなく、遠くから彼女を見ていてそんな風に感じただけなのだけれど…
店長に相談されるとしっかり引き受けるような、また別の一面があるのだろうか?ともかくアリアさんは謎な人だった。
この8人の中では私が一番の新入りだった。私の後から面接に来る子は少なく、あまり長続きもしなかった。
「なかなか子分ができないね、」
と、いつまでも私が1番下なのをかわいそうに思ってくれたのか、佐藤さんがふと思い付いたように言った。
「最後に面接の子が来たの結構前だよなぁ…」
「どこもそうらしいよ。春休み前とか夏休み前とかには、学生が休み中に稼げるアルバイトを探し始めて求人が動き出すんだけど、その後は落ち着いてくるらしい。店長が言ってた」
とミリマイのどっちかが答えた。
「また冬休み頃になったら来だすよ。学校が休みのうちに、気に食わないバイト先で我慢してた子とか、バイト増やそうと思う子が動きだすから。それも店長が言ってた事だけど」
ともう1人の方が付け加え、私にニコッと笑いかけた。
ミリマイのどっちがどっちかが判別できるようになるまでには少し時間がかかったが、片方ずつとジッと顔を見て話すうちに、いつの間にキチンとどっちがミリでどっちがマイか、分かるようになっていった。
他にも、名前だけは昔から店の名簿に載っているけれど見かけた人が少ない幽霊部員のようなレア出勤の子達が数人、在籍していた。たまに
(知らない子がいるなぁ)
と思いながら自分のロッカーの前で会釈したりする事はあったが、出勤日数が少ない子には、珍しい物好きのお客さんが興味を持ちやすく、すぐに仕事が入って出ていってしまうので、更衣室に長居している事が少なかった。
それにもっと効率の良い子は自分に予約が入っている時間にだけ出勤して来たりする。それであまり仲良くなる暇もなく、彼女達は仕事だけして、颯爽と、気が付いたら帰ってしまっている。
(仕事人だなぁ)と思ってその後姿を見送っていた。
確かに、私達は仕事をするためにここに集まって来ていた。それも他のアルバイトではなかなか望めない高時給で、効率良くしっかり稼いで、お金を持って帰りたいためにここを選んで来ているのだ。
ミサさんは離婚資金調達のため。ミリマイは舞台に立つ夢のため。アカリちゃんは家族のため。ココちゃんと私は学費や生活費のため。佐藤さんは海外留学のためだった。
みんなそれぞれ必要なお金のために、怪しげななんだか風俗のようなそうでないようなこの店で働いていた。
店の名前は〝Dear″。形態はメンズエステというらしい。が、誰もその詳しい仕事内容の肝心なところを把握していなかった。
ミサさんは主婦で、その前は事務員だったし、佐藤さんは元家庭教師と飲食店ホールスタッフ。アカリちゃんには前職は無いはずだ。ココちゃんと私は元何でも屋だった。あちこちで様々なアルバイトを経験して来たがどれもこれも長続きしなかった、という経歴の持ち主だ。ココちゃんはエステはこの店が初めてだった。私は女性専門店の内情しか知らない。ミリマイは路地を挟んだ向かいのビルの西村珈琲で掛け持ちしているが、他にはアルバイトの経験は無かった。
メンズエステというのがどういう仕事内容なのか、誰もよく分かっている人間が1人もいなかった。唯一知っていそうなのはアリアさんだけだった。けれど、その彼女もハッキリしない事ばかり口にしてお茶を濁し、あまり質問攻めにするとスッと別室に消えてしまった。
“普通のエステとメンズエステとでは何が違うのか?”
大きな疑問はその一点だけだった。働いている人間がその違いをよく理解できず、研修も何もなく質問しようにも店長にもまだお目にかかった事もなく、ちゃんと説明できる先輩も誰もいなくて、分からない者達が集まって、なんとか、普通のマッサージ店との違いを生み出そうと、アノ手コノ手を考えていた。けれども前提にあるのは
『触られない』
という事と、男性の体の1番男性的な部分にだけは
『触らない』
という事だった。何があっても。絶対に。そこが肝腎要の部分だった。何故ならその大前提を求人募集欄で読んだからこそ、ここにいる私達なのだ。
『触らない』
『触られない』
そこにこそ自分達の越えられない一線を見出し、他の風俗とかよりはまだいくらかは安全な筈だとか楽な筈だと思ったからこそ、ここに来たのだ。
だから、これだけは守らなければならなかった。
『触られない』『触らない』
みんなの足並みを揃えるために、大原則は守ろうね、更衣室メンバーはみんなでそう誓い合っていた。
週3.4日以上出勤してくる主要メンバーにはロッカーの1つが与えられ、小さな四角い紙に自分の名前を書いて枠に差し込み、ささやかな所有権を主張する事ができる。
私は自分の棚の奥に3.4冊の本を常に置いておき、出勤して来るとその手前に通学用に使っている鞄を押し込んで、鍵をかけていた。それだけでいっぱいになるくらいの大きさのロッカーだった。他には何にも入らない。それでも、それまでは仕事中、貴重品の入った鞄を、そこら辺に積み上げられた段ボール箱とかの間のどこか見つかりにくそうなところに押し込んで隠すとか、タオルに包んで床の隅のほうに置いておくとかいうやり方で凌いでいたのだ。自分のロッカーを貰えた時は嬉しかった。
入店して2週めくらいに、出勤すると、佐藤さんから
「空いてるところがあったら使っていいよ」
とロッカー使用のお許しをもらえた。
掛け持ちで飲食店で派遣の仕事もしていたのだが、学校が夏休み期間だったこともあり、それ以外の時間の全部をこちらに出勤して荒稼ぎをしようと企んでいた。その出勤率の高さによって、やる気のある主要メンバーとして自分のロッカーを持つに値すると認定してもらえたのだ。
ロッカーのドアに名札の付いていない所が誰も使ってない所のはずだ。そう思って、あちこち名札の付いてない扉を引っ張ってみたが、どこも鍵がかかっていて開かない。
一部始終を見ていた佐藤さんが何処からかマスターキーを探し出して来てくれ、まず名札無しのロッカーを片っ端から開けて中身を確認し始めた。
「空っぽ…空っぽ…
…何これ?紙屑?ゴミじゃん…
これは?何?クッキーだ!…の、空の箱と食べさしでした。汚っ」
ポイと、ゴミ箱を見もせずに捨てて、次のロッカーを開け、
「これは?化粧ポーチ出てきた!」
「どれどれ?」
「誰のだろ、これ…」
面白い事が始まったなと更衣室にいたみんながこちらに注目し出した。
「丸山のマイの方?こんなポーチ持ってなかったっけ?」
「あの子のはそんなのじゃないよ。」
とそこに居ないマイに代わって片割れのミリが答えた。
「私のとお揃いの色違いの白だから」
そう言って自分のピンク色のポーチを掲げて見せた。
「じゃ誰の?」
「…ろくな物入ってないし」
とみんなでポーチの中まで漁って、
「誰のでもないよね?ポーチ自体チャッチィし。…いる?これ…誰か?」
みんな笑って首を横に振った。
「…捨てちゃっていい?」
「いんじゃない?」
簡単な多数決であっけなくポーチはゴミ箱行きになってしまった。
「誰だよ…こんなに…鼻噛んだの…ティッシュの山!」
「汚っ」
「鍵かけてゴミばっかりしまっておくなよ」
鍵穴が潰れていて開かずのままになった扉を残し、次々に名無しのロッカーが開けられていき、私はせっかく鍵を掛けて閉ざされている扉の内側の秘密をこんなにも簡単にあられもなく晒してしまう事に慄き、これはそもそもは私にロッカーを一つ空けるために始まった事だったのだと、後から自分だけ怒られる羽目にならなければいいのだがと心配しながら、ぼんやりと一歩離れて突っ立って見ていた。
「ああっ、そこ私のとこ」
とアカリちゃんが飛び上がって、慌てて自分の棚のドアを押さえに前につんのめって出て来た。
「あ、ごめーん…でもちゃんと名札を入れてない子が悪い」
と佐藤さんに笑って叱られ、
「何これ?ちょっといつのやつ?これ…私がこの前あげたおにぎり?クッサー!捨てろー!」
と、ついでに物色されて叱られた。
興が乗ってきたのか、この際、使われてないロッカーを一斉捜査してやれという勢いで、名札の入っている扉にまで手が及び始めた。
「このミズキって子、この頃来てないよねー?」
「ユナって誰?誰も知らない?」
などと、現時点で更衣室にいるメンバーだけで確認を取り合い、勝手に次々に扉を開け始めた。いよいよ禁断の領域に踏み込んで行き始めた気がした。1つロッカーを空けてくれるだけでよかったのに。
「うわ、給料袋だ!」
「ええっ」
「なんだ空かよ!」
「紛らわしい茶封筒!」
「次来い!次こそ!」
「次来たら何食べたい?みんな…」
「焼肉!」
「ジビエ!」
「寿司!」
完全にゲーム感覚になり始めた。結局、全部開けてみて出てきたのはゴミと髪留めとポケットティッシュ、小銭、毛抜き、空の香水瓶…ロクでもない代物ばっかりだった。ある一列などは、一番上の段から溢れたオレンジジュースらしい物で一番下の段まで全部染みになってベタベタしていた。かつてこの列を使っていた人たちは、一人残らず、掃除するよりも違うロッカーに引っ越す道を選んだようだ。
「これは見なかったことにしよう…」
「うーん、見ちゃったから掃除したい…」
「誰も手伝わないよ…」
「じゃあ見なかった」
と言ってパタンと扉が閉められた。
「じゃあ、次はみなさんの持ち物検査始めますか?」
佐藤さんが冗談口調で言い始め、そこから危険を察知したみんなが各々立ち上がって自分のロッカーの扉を開けられまいと、ドアを押さえに来た。
佐藤さんは捕まって脇腹や身体中をみんなからコチョコチョこちょばされ始めた。佐藤さんの弱点はつきたてのお餅のような肌の柔らかさと敏感さだった。
「あはは!あはは!もうやめて、もうごめんって!」
と返り討ちにあって笑い転げながら逃げ惑う佐藤さんのこちょばしに、私も1番後から手を伸ばして密かに加担した。
学校から急いで帰って来ても、だいたい私はいつも出勤するのがみんなよりも一番最後の方だった。
チン!とエレベーターを鳴らして6階に降り、受付に1人は居る決まりなので、その見張り役の1人に挨拶し、その後ろの暖簾の影から覗く2人目にも先に挨拶して、更衣室に入っていく。お喋りの声は、いつも店長から注意を受けるけれど直った試しがなく、外にダダ漏れで、今日も仕事の愚痴をまた言い合ってるなぁとすぐに分かる。
「なんで触って来るのかなぁ」
「個室に2人きりだとすぐそれ」
「それしか思い付かんのかな」
「だってさ、時給千円だよ…こっちは」
「前に働いてた派遣の方が時給良かったわ」
「え、いくら?」
「1500円」
「えーそこ行きたい」
「それ何の仕事?」
「灰皿どこ行った?」
「飲食店のホールスタッフ」
「パチンコ屋も時給良かったよ」
「あ、ここにはないよ。非常階段で吸って」
「なんで辞めたの?」
「こっちがシフト入りたいとき都合よく入らせてくれなくて。掛け持ちもシフト合わせるの難しいし、社員は殺気立ってるし」
「えー全然それでいいそこ私行きたいなーここより全然いい」
「おはよー」
「おはよーモコちゃん」
「あーおはよー」
「あ、お久ですー…」
「でもネイル禁止だよ」
「あ無理」
「自分もともと無理じゃんあの暇な喫茶店でもクビになってたし」
「おい!そこで吸うな!窓開けろ窓、早く早く」
「なによーそっちは禁煙し始めたの?」
「火災報知器が鳴ったんだよ昨日そこで吸って。大変だぞあれが鳴り出したら…」
みんなが集まってワイワイしている中に入って行くのは大好きだった。全員がパッとこちらを振り向いて笑顔で迎え入れてくれた。お菓子を交換したり、教科書をめくられ覗き込まれながら宿題を進めたり、ダラダラ喋ったり狭い場所でギュウギュウくっついているのは楽しかった。
けれど、そろそろ会社員が仕事を終える頃合いになって来ると予約が入り出し、1人、また1人と、待機場所から仕事場へと出て行く。お客さんが特に予約の電話で
「○○ちゃんを」
と女子を指名しなかった場合は、出勤して来た順とかで対応していた。
その出て行くときだけは、何か嫌な感じだった。
(忘れるなよ)
(抜け駆けするんじゃないぞ)
と脅す目でみんなが見てくる気がした。なんとなくスパイを炙り出すような不穏な空気感。いなくなった人の悪口か噂か憶測を、ちょっとはみんなでヒソヒソ話すのも、誰もが承知していたし、その順番が自分に回って来ている瞬間でもあった。
(私は無実だよ)
(分かってくれてるよね?)
と目で訴えかけ、仲間の絆を確かめよう、味方を探そう、とするのだが、全員が敵の目をしてジトっと、見返してくるように見える。
何か他の人とは違う、特別なサービスを取り入れなければ、指名客はつかないのかなぁ…、と思えるのもまた事実だった。
みんなと同じ事を平凡にやっていたのでは、特に自分の前にお客さんは立ち止まってくれないのでは…と。
「きみ、なんにもサービスないの?」
などと直球で聞いてくるお客さんもいる。
黙ってソロリと手を伸ばし、身体に触れ、こちらの顔色を伺ってくるお客さんもいる。
(みんなどんなふうに接客してるんだろう…)
と正直、本当に知りたかった。普通のマッサージ屋さんとの違いをどうやって出したらいいのか、模索していた。
続く