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メンズエステ  作者: みぃ
10/38

10 仲間割れ

 アリアさんからあまりよく思われていない…もしかしたらちょっと嫌われているかも知れない事には、いつ頃からか、ジワジワとは気が付いていた。いつぐらいからかが分かれば、何が原因で嫌われることになったのかも思い当たるかもしれないのに、あれ?あれ?と思う小さな違和感がある度に、

(いや…気のせいかな?)

(もともとこういうクールな人なのかな…)

(今日は機嫌が悪いのかな?)

などと都合良くスルーして来てしまっていた。

いつも挨拶しても返事がないのだけれど、それは自分の中では

(彼女はちょっと耳が遠いのか、ウンと頷いてるのが私に見えてないだけなんだ)

などと自分に楽なように処理するようになっていた。

更衣室で

「おはよ~」

と言ったらその場にいる他の子達もみんなで

「おはよ~」

と返してくれるので、誰か1人が何も言わなくても気にもならない。でも、一人で空き部屋で待機していることが多いアリアさんに挨拶する時は、こちらも向こうも一対一なので、

返事が無いのには嫌でも気がつく。それでもまだ、

(彼女は誰にでもこんな塩対応なのかも知れない…)

と思い込める余地があった。


 ところが、駅の改札口からミリマイの色違いの後ろ姿を見付け、追いかけて合流し、3人で店に出勤したので、3人でアリアさんのいる部屋に顔を出しに行った時に、

(あ、これは私…結構ずっと前から嫌われてたんだ…)

と確定する現場に直面してしまった。

「アリアさーん、お~はよ~」

と節をつけてフレンドリーに言った2人にニコニコの笑顔を向け、一瞬その隣にいる私に気付いて眉間に縦皺を寄せつつも、

「おはよ~」

と2人には普通に明るくアリアさんは挨拶を返したのだ。

衝撃の瞬間で膝から床に崩れ落ちてしまいそうだった。壁の縁を掴んで持ち堪えた。なんとか。それでも愕然として見ていると、ミリとマイはそんなことを毎回の日課にしているのか、

「今日はどんなパンツ履いてるんですか~」

「見ちゃお~」

と、ベッドに腹這いに寝そべって携帯を弄っていた、無防備な体勢のアリアさんの制服のスカートの裾を持ち上げて、中を覗き込み出した。

「アリアさんのパンツ当てクイズいつもしてるんだよ」

と戸口で硬直している私に向かってミリかマイが教えてくれた。部屋の中は薄暗く、どっちがミリでどっちがマイか分からなかった。それどころの心境ではなかったし。

「柄があるけどよく見えない…」

「電気付けますね~」

と片方がアリアさんの返事を待つでもなく、パチリと部屋の明かりを勝手につけた。

「あっ、赤だぁ」

「わー、水玉の穴空きだぁ、今日も凄い」

「エロ可愛い」

「予想外~」

この子達が凄いんだかアリアさんの方が凄いんだか分からないが、人のパンツ占いをする方も好きなようにやらせて動じる風もなくまだ携帯を弄っている方も、とにかくそれだけ心の距離が近いのは分かった。

なるほど。

これまでアリアさんは気難しい人なのかと思っていた。全人類と距離を置く内気な性質なだけ、毛嫌いみたいな対応は私に限った事ではないのだ、きっと…と思っていたが、私に限った事だった。アリアさんは私が嫌いなのだ。ハッキリしてしまった。

(なんでだろう?)

何もした覚えはなかった。無意識に何か失礼な事でも言ってしまっていたんだろうか?それなら誤解だと言いたかった。

ミリマイが私の横をすり抜けていなくなった後も、アリアさんを見つめて茫然と突っ立っていると、イラッとした顔をしてアリアさんがこちらを鋭く見てきた。

「あ…ごめんなさい~…」

ソロソロとカーテンを閉めた。


 知らないうちに、アリアさんの指名客だった人が私に心変わりして私の固定客になってるのか?…でもそのお客さんが誰なのか、自分には判断ができない。

 更衣室に戻り、椅子が空いていなかったので、壁際の隅っこに座り、ボーッと考えてみた。

 私の成績が彼女より上回ったとかか?…彼女は私が来るまでは店で一番マッサージが上手いと評判だった。本人も腕に自信を持っていると、他のお客さんや仲間達から聞いていた。


 アリアさんはマッサージの学校を卒業していて、ミサさんは今通っているところらしく、店長が

「下の子達に技術を伝授するように。研修し合って技を磨け」

と言って来た時は、2人とも、ちょっとムッとしたようだ。ミサさんは

「なんでこっちはお金を払って学校に通って習得した技を同じ店の仲間とは言えタダで当たり前のようにばら撒かなければいけないの?は?」

と心の声を表に出して言っていた。

それでもミサさんはみんなと一緒にいるので、私達が分からないながらも紙パンツを履き、順番にマッサージ台に寝そべって研修ごっこをやっていると、腕組みを解いて少しずつ技術を教えてくれた。

 私も女性専門店での痩身のマッサージだけれど、ほんの少しくらいなら他の全くの未経験のみんなよりは学んで知っていた。

 女性と男性で対象の相手も目的も異なるマッサージなので、全然違うとは言え、基本の基本は同じなのかも知れない。

 痩身のマッサージは脂肪を燃やせるよう交感神経をしっかり研ぎ澄まさせるので、お客さんが寝ているどころではない激しさで痛いくらい揉みまくるが、リラクゼーションマッサージでは眠ってしまえるような副交感神経優位な穏やかな波のようなマッサージをする。

 痩身では施術前後で何センチウエストがくびれたか、太ももが引き締まったか、などを計測してバチっと数字を出すのに対し、リラクゼーションでは、お客さんが癒されたかどうかという感覚に頼る。

 ミサさんが通っているというマッサージの学校も、私がいた女性向けのエステサロンみたいな技術を習得するのが目的の学校らしかった。彼女のやり方も激しくて痛いけれど効き目があるやり方だった。


 ミサさんはアリアさんよりも声に出して反発していたが、ホイホイ店長の指図に従うのが癪に触るというだけで、もともと人に物を教えたりする事がそう嫌いではない人だったし、最終的には私達に技術を教えてくれた。

 彼女の通うマッサージの学校では、誰かに施術して、その感想を10人以上に書いてもらわないと卒業ができないという課題も出たみたいで、

「ちょうど良かった、1人ずつやってあげるから順番決めて」

と言われ、私達はわーいと服を脱いで、ミサさんにマッサージしてもらうことになった。その後で、彼女の宿題のプリントに

「気持ち良かったです」とか「肩こりがとれました」とか「疲れがとれました」とか「上手でした」などと書いた。

 感想を書く欄は五行あり、ミサさんが

「五行みっちり隙間がないように書け」とか、

「他の人と違う内容を書け」

とか鬼のようなことを言うので、わーいと喜んだのは1番初めのココちゃんと2番目のアカリちゃんだけだった。3番目からはすでに感想文に苦しめられているアカリちゃんを目の当たりにしているので、なんとなく譲り合う空気が生まれ、本当なら辞退したいかもしれないメンバー達は、ジャンケンで勝った順にマッサージをして貰えるのに、勝った順に

「う…へーい!」

「うぇーい!」

と呻き声のような歓声を上げた。

 私は一番最後に受ける事になってしまった。もうどうしたって普通の「気持ち良かった、疲れがとれた、幸せなひと時でした、」などの感想は使い果たされ、捻り出されて後に何も残されていなかった。そこで私は五行の短編風にでっち上げた。

「それは右足裏から始まり、ふくらはぎ、太もも、お尻をほぐし、また左足裏から、ふくらはぎ、太もも、お尻を通って、今度は腰、背中、肩、首までを痛気持ち良くほぐす、ため息の出る束の間の至福のひと時だった。終わった後には、全身がこう叫んでいた、〝腕もやってあげて!″と」

ミサさんに帰り際にそのプリントを渡すと、チラッと埋まっているかだけ見て

「ありがとう!」

と言い、何か用事で急いでいたのかバタバタと帰って行ったが、次の日

「真面目に書け!」

とやり直しを命じられた。

 入店してすぐの頃には、たまに褒め上手なお客さんに、

「わぁ、上手な子が入って来たねぇ、これはアリアちゃん追い抜くかも知れないよ」

などとおだてられたが、アリアさんのマッサージがどんななのかはお客さんしか分からなかった。


 アリアさんに嫌われた理由は…それとも…

マミちゃんがお客さんから差し入れで大きなホールケーキをもらって、まず事務所に冷蔵庫に入れにきた日のことだ。

「みんなで食べてね。って~」

と言いおいて、お客さんがお部屋で待っているのでマミちゃんはみんなにワァワァ拝まれたりペタペタ触られたりパチパチ拍手で見送られたりしながら、早々に引き返して行き、この場にいる誰のものでもなくマミちゃんのケーキなのだけれど、食べちゃいけないケーキを目の前に見せられて待ちきれない子どもな更衣室メンバー達はソワソワ、ソワソワして、何度も冷蔵庫のドアをパカパカ開けたり、こっそりソロソロとシールを剥がして箱まで開けたり、香りをたっぷり肺に吸い込んだりした。もう食べ出すギリギリ一歩手前の顔をみんながしていた。話題もケーキの事から付かず離れずになってしまった。

「わぁ~、アンリシャルパンティエのだぁ~」

「美味しいの?」

「安くないよ」

「そりゃぁ美味しいよぉ~!」

「マミちゃん愛されてんなぁ~」

「羨まし~」

「私ならコッソリ隠して独り占めにして全部持って帰っちゃうのになぁ…太っ腹だねぇマミちゃんは…」

「いや、それはちょっとあんたが欲深いだけ…」

「アカリちゃんは家にちっちゃい腹ペコ兄妹達がピヨピヨお口を開けて待ってるんですー、虐めないであげてくださいー」

佐藤さんがアカリちゃんを抱きしめた。二人は回転椅子の上で抱き合ってクルクル回った。

「私ならあっちこっち嚙り倒してビッチョビチョに唾だらけにしてから更衣室に持ってくるなぁ…」

「意地汚ねぇ…!」

「三人兄弟で育った知恵ですー」

「丸山達、一体全部で何人いるんだよ」

「5人だよ」

「分身の術…」

「そうだ、何等分に切り分ける?」

「ケーキいる人ー!」

「はーい!」

「いらん人ー!」

パッとみんな両手を隠した。

「8人か。」

「誰も遠慮せんな」

「するかいな」

「誰が切る?決めとこう」

「ジャンケン…」

「待て待て、ここには料理学校の生徒さんがいらっしゃいましたね?」

私はドキッとした。

「モコよ、出番だ」

「そうだ!今日も包丁持って来てるよな?」

実はここ最近、包丁を持ち歩いていた。つい最近も更衣室で柿を剥いて食べているところをみんなに見られ、からかわれたところだった。

 学校の調理実習の授業で魚の捌き方のテストが続いていたのだ。どんな魚をどんな下ろし方で、それも、どの包丁を使って…と、何パターンも覚えなければいけない。3分以内とか、時間制限まであった。

 これまでの人生ではスーパーで買うのも切り身の魚だったし、頭から尻尾までついた1匹の丸ごとの魚には金魚以外に触ったことのない私には、過酷な試験だった。紙に図が書いてあるのを答えろというのとは違い、実際におろすのは何度か本物の魚で練習しておかないと、脳内のイメージトレーニングだけでは本番に本物の魚に怯んでしまう。

 そこで近頃は彼氏の店に練習させてもらいに行ったり、マイマイの家で泊まり込みの合宿をしてそこら中飛び散った鱗で煌めかせながら魚料理をお腹いっぱい食べて暮らしていた。

 確かに包丁なら持っている。

「でも貸すから誰か切って…せめてジャンケンしよ」

と抵抗してみたが、みんな一斉に横に首を振った。

「はい、最初はグー。ジャンケン、ポン!」

と言ってみたが、誰もやってくれず、一人で出したグーが虚しかった。

「多数決にしよか、多数決が良いと思う人ー!」

「はーい!」

私以外7本の腕が上がった。集団って怖い…と思った。

 マミちゃんが接客を終えて更衣室に戻ってくるのを待って、ケーキを箱から取り出し、震えが止まらない私が8等分することになった。

一切れ一切れ正確に等分にしなければ戦争が起きる。小さいのや大きいのなど、不公平を出したらどんな事になるか…と思い、重圧で押しつぶされそうになりながら、まず目印を8箇所に入れた。一刀一刀、切腹の介添えをするかのような形相をして、魂を込めて入刀していたらしく、横から見ていた佐藤さんが

「…そこまでのこと頼んでないよ…」

と教えてくれた。

「みんな、ケーキの大きさに命懸ける3歳児じゃないから…モコちゃんがちょっと真面目すぎるの忘れてたわ…」

と言って肩の力を抜かせてくれた。

 無事8等分でき、みんなで食べ終わって、ちょうど後片付けをしようという時、アリアさんが突然戸口に立っていた。その視線の先にはクリームのついたホールケーキの底の厚紙があった。その上には学校で使っている私のフルネーム入りの柳刃包丁が斜めに載っかっていた。

 みんな気まずい思いがした。アリアさんが来ていることを誰も知らなかったか、思い出さなかったのだ。彼女は狭い場所でギュウギュウしているのが苦手なのか、騒がしいのが嫌いなのか、更衣室の人口密度が上がってくるとフッと消える。でもタイムカードを見るか、部屋を点検するかすれば誘ってあげられたのだ。食べてしまった後からではもうどうにもしようがない。

 やっぱりみんな、目の前のケーキに全ての思考が吸い取られ、この場にいない人の事など綺麗さっぱり思い浮かばないところは3歳児とそんなに大差ない。

「うわぁ、アリアさん…」

「ごめんなさい…」

丸山達が右手と左手をとり、アリアさんの背中や頭を撫でて慰めようとした。

その隙に他のみんなでササっとケーキの痕跡を片付けたのだけれど、一番最後まで柳葉包丁についたコッテリしたクリームを洗っていた私を、なんとなく唇を尖らせたアリアさんがちょっと睨む目になって見詰めていた。

 もしかしたら、あの時からアリアさんの中で私のイメージは最悪なのかもしれない。食べ物の恨みを甘く見てはいけないのだ。


「うわぁ、何やってるの、モコは?そんな隅っこの暗いところで。罰ゲーム?」

と更衣室に入って来たアカリちゃんにビックリされた。

他のみんなは部屋の中央に集まって、あやとりのスカイツリーを完成させようとしていた。

「なんでモコは除け者にされてるの?」

「誘ったけど来なかったんだよ」

とミサさん。

「アカリちゃん、アカリちゃん」

私は手招きした。

「アリアさんって普通に返事してくれる?」

「えっ?」

アカリちゃんはじっと私の目を見つめた。

「してくれるけど、なんで?返事してくれないの?」

「うん。めっちゃ嫌われてるみたいなんだけど、なんかしたかなぁ?私…」

「順番に全員に聞いて回ってるんだよ」

とミリマイが言った。

そうなのだ、陰口を叩いているみたいで嫌なのだけれど、一人一人にコソコソ聞いて回ってしまっていた。それならみんなにいっぺんに聞いたって同じ事なのかも知れないが。

「なんでだろうね…」

「お客さんが流れたんじゃない?」

ミサさんはさっきから

「それしかないじゃん」

とずっと言っていた。

「お客さんってどのお客さんだろ…?」

私は親切な自分のお客さん達を一人一人思い浮かべ、並べていった。

「福住さん?この前自宅でとれた柿を持って来てくれた人?加藤さん?それとも…田和さん?…」

「突き止めてどうするわけ?」

「そうだよ、返せるわけでもなし」

「でも仲良くしたいもん」

「やめとけば」

と、実はアリアさんをあんまり好きじゃないのが結構前からハッキリ態度に出てしまっている佐藤さんが言った。

「この仕事でお客さんの盗った盗られたなんてやってちゃラチがあかないわ。そんなしょうもない事で悩む性格ならそら薄暗い部屋で1人で過ごさなきゃいけなくなるわ。」

「ひぇぇ、厳しいねぇ」

ミサさんが嬉しそうな顔をした。若いのに色々世知辛い世の中を知っているアカリちゃんまで、

「まぁお客さんは自由だからなぁ。あっちへもこっちへも行ってみたいし、お金を払うのは自分達なんだからね。何したって別にいいじゃない。こっちはいちいち気にしてられないよ」

「うん…」

ミリマイも人の良さそうな気の毒そうな顔をしてくれて、

「あんまり気にしないように、ね」

と言ってくれた。

一番最後にココちゃんが更衣室に入ってきた。

「おはよう、何の話?」

「アリアさんって返事してくれる?」

私に代わって佐藤さんがすかさず質問した。

「あぁ~…思ってた…あの人、私のこと嫌いみたい…」

とココちゃんが暗い顔になってしまって私と目が合った。

「ほらね?」

と佐藤さんも私を振り返った。

「気にすんな。客を気にしてちゃ女友達を失うぞ」

「そうそう。それ言うなら何人ものお客さんを私ら全員モコに奪われてるよ。」

「ええっ?誰と誰ですか?誰の?誰のお客さんだった人ですか?」

「知らん。あんたがさっき言ってた全員。それから、あんたが名前覚えてない客も。もともとは全員別の誰かの専属だったんだし…こっちももう覚えてないけど…予約表遡れば分かるんじゃない?」

なんだか面白そうな提案だったので、私だけでなくゾロゾロみんなで更衣室を出て受付の分厚いファイルを掘り出した。

「ああー、橋田さん!懐かしい…そう言えばこの人最近来てくれてないなぁ…どっか別の所行っちゃってるのかなぁ」

「そのうちピョコッと戻ってくるよ。長く続けてたら…」

「ああ、そう言えばいたなぁ…小田さん…どうしてるかなぁ…」

「振り返ってみるとなんか惜しまれるもんだね…」

「あっ、お前っ、木崎さん横取りしやがったな。最近来ないと思ってた…やっぱりちょっとムカついて来たわ」

アカリちゃんがココちゃんをポカポカ殴り始めたが、ネコパンチみたいな威力だったのでみんな放置してページを更にめくった。

「そうそう、この人…」

「私とマイとどっちでも良いからデートしてくれって言って来てたなぁ」

「2人とも断り続けてたら来なくなった…」

「チップくれる人いたんだけど、大知さん…ココちゃんの前はアカリちゃんで、その前はミリマイで、その前はミサさん行ってんなぁ…みんなチップ貰った?」

「…」

「…何してチップ貰ったの?」

「はー?何もしてませんけど?」

「ハーゲンダッツくれる人もおったな…名前何だっけ?」

「羽高さんかな。最近私にも付いてくれてるよ。この前はモロゾフの栗プリンくれた」

「自慢すんなクソ野郎」

「やめやめ!やっぱり喧嘩になるわ」

佐藤さんがみんなの手から分厚いファイルをむしり取り、バタンと閉じて棚に戻し、その前に立ちはだかった。

「全員、修行が足りん。何か目の色がだんだん本気入ってきた。昔のお客さん争いでややこしくなるくらいなら見るな」

でも絶対後で佐藤さんが目を離した隙にみんな戻ってきて見るんだろうなぁと思った。全員の目がまだ予約票を綴じたファイルから離れていなかった。

「でも時給制なのに何熱くなってんだろ」

とミサさんが突然我に返ったように言い、

「言われてみれば!」

「そうだよ」

「確かに~」

と、クスクス笑いが細波のように広まり、また和やかな空気がすぐに戻ってきた。

「この店が時給制で本当に良かったぁ!」

「そうだよ、逆に忙しい人の方がみんなの分稼いでくれてるって事だよね」

「ココちゃん様々です」

「アザっす」

「ゴッさんです」

ココちゃんにみんな頭を下げ出し、急に祭り上げられて両手で否定しながら、ココちゃんのほっぺたがみるみる赤く染まった。

「やっぱり可愛いっすわ、先輩!」

さっきネコパンチしたアカリちゃんがココちゃんをギュッと抱き締めて、ほんのちょっと高い高いした。

 本当にこのお店が時給制度で良かった、としみじみ思った。

 




続く

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