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「汝、病める時も、健やかなる時も――」


 神父が台本通りの台詞をなぞっていく。


「誓いますか?」

「誓います」


 婚約者――マックスが朗々と応えた。そしてヴァイオレットの方にちらりと目線を流す。ヴァイオレットはそれを黙殺した。

 次は彼女の番だ。


「誓いますか?」

「――誓いません!」


 はっきりと下された宣言に、教会中がどよめいた。

 ヴァイオレットは繰り返した。


「誓いません。決して。神の御前で嘘などつけません。私は真実の愛のために生きます!」

「何を言ってるんだ、ヴァイオレット! まさかまだあの男と――」

「ええ、そうよ!」


 狼狽するマックスに向かって、聴衆に向かって、ヴァイオレットは歌うように言った。


「私には愛する人がいるわ! あの人以外には考えられない。でも、だからって命を捨てようとは思わないの! だって今は十四世紀じゃないし、ここはイタリアじゃない――身分違いの恋だからって、ロミオとジュリエットになる必要なんかどこにもないんだから!」

「黙りなさい、ヴァイオレット!」


 席の方から叫んだのは、彼女の父親だった。


「神父! 続けろ!」

「は、はぁ……いやしかし……」

「いいから続けろ!」


 父親の剣幕に押されて、神父はおずおずと「で、では……誓いのキスを」と言った。

 マックスがヴァイオレットの腕を取る。ベールを持ち上げて、抱き寄せる。


「放して!」

「そういうわけにはいかないんだ。観念してくれ」


 ヴァイオレットが目を瞑った。

 その時。


「わんっ! わんっわんっわんっわんっ!」

「ぎゃあっ!」


 正面から飛び込んできた小さな犬が、マックスの足に噛み付いた。

 その隙に彼の手から逃れたヴァイオレットが、素早く手を振りかぶって、思いっ切り振り抜いた。

 神の鉄槌(ビンタ)は素晴らしく良い音が鳴るものだった。


「ありがと、ストーン。もういいわよ」


 ストーンは誇らしげにもう一鳴きして、走り去っていった。

 ヴァイオレットはヒールを脱ぎ捨て、ベールを放り投げ、くるりと振り返ると、犬の後を追うように駆け出した。


「へぁ……ヴぁ、ヴぁいおれっと……」

「待ちなさい! ヴァイオレット!」


 情けない声も、怒り狂った声も、全部教会の中に置き去りだ。

 お日様の当たる下に飛び出す。

 そして、


「アレク!」

「ヴァイオレット!」


 待ち構えていたアレクの腕の中に飛び込んだ。


「その白いタキシード、どうしたの?」

「町の中で一番綺麗なやつを探したんだ。だからちょっと」と、彼は片足を上げてみせた。「丈が短いんだけど」

「今風じゃない。似合ってるわ」

「ありがとう。ヴァイオレット、君もとっても綺麗だ」


 ストレートな褒め言葉を、ヴァイオレットは笑って受け止めた。


「さぁ、それじゃあ行こうか!」


 アレクは彼女をひょいと抱き上げると、走り出した。教会の敷地の外には、豪壮で野蛮なバイクの集団が待っている。ブライアンたちだ。彼女を寝取られたのが勘違いで、それどころかすべてマックスの仕込んだことだとわかって、和解(のような何か)が成立したのだ。


「ごめんね、素敵な馬車じゃなくって!」

「ううん、この方がずっと素敵だし、大好きよ!」

「あっはは、それなら良かった!」


 アレクは笑いながら、ブライアンがハンドルを握るひときわ大きいバイクのサイドカーに飛び乗った。


「よろしく、ブライアン!」

「おうよ、飛ばすぜぇ!」


 エンジンが猛り、凄まじい轟音を上げてバイクが走り出す。

 暴風が二人をもみくちゃにする。ヴァイオレットの髪を飾っていた花が吹き飛んで、あっと言う間に見えなくなった。

 アレクはヴァイオレットを思いきり抱き締めながら、声を張り上げた。


「ヴァイオレット!」

「なに!」

「愛してる! この世の誰より、君のことが大好きだ!」


 ひゅう、とブライアンが口笛を吹いた。

 ヴァイオレットは顔を真っ赤に染めて、同じように怒鳴り返した。


「知ってるわ! だって私もそうだもの!」

「マジで?!」

「そうよ! アレク、愛してるわ!」


 暴風吹きすさぶバイクの上で、二人は誰よりも優しい口づけを交わした。





おしまい



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