96話 再会までの軌跡~編み物の先生~
設定の齟齬に関して報告をいただき、34話で「文化祭の翌月曜が振替休日」となっているのに対し、61話で文化祭の翌月曜に学校に行っているシーンがあったため、34話の該当部分を修正しました。
物語そのものに影響はありません。
今後このようなミスが無いよう努めていく所存ですが、誤字脱字含め設定の食い違いなど筆者のミスに気づかれた方は、遠慮なくご指摘ください。……今回ミスないよね……?
それでは、以下より本編です。
遠柳高校。放課後の2年5組の教室。その後方でクラス中の注目を浴びる生徒がふたり。
ひとりはクラスメイトである沖田耀弥。
そしてもうひとりはその耀弥の名を大声で叫んだ他クラスの女子生徒、緑川光沙だ。
「えーっと……なんで私、こんなに注目の的なの?」
光沙は状況についていけず、ちょうど隣にいた純乃にちょいちょいと尋ねる。
「えっとね……沖田さんにお客さんが来るのがそもそも珍しいって言うのもあるけど……一番は緑川さんの声が大きいから、かな」
純乃は現状に至った理由を的確に説明する。
その通りです……と、クラス全員が心の中で頷いた。
あぁーなるほどねぇー、と光沙は納得する。
そしてそんな微妙な空気の中、ガタンと椅子を引いた音が響いた。耀弥だ。
誰もが口を噤んで教室後方に注目する中でも、そんなものどこ吹く風で帰宅の準備を済ませた耀弥は、
「何か用?」
荷物を持って光沙のもとまで赴いた。
「あっ、そうだ。本来の目的ッ!」
耀弥に話しかけられたことで自身の目的を思い出し、バッと耀弥の両手を取る。
「それじゃあ、行こっか。さぁれっつごー」
そして有無を言わせぬ勢いで耀弥を連れ立たんと掴んだ手を引くが、一歩を踏み出す前に腕に抵抗が伝わった。
振り返るとそこには、さっきと位置も体勢も全く変わっていない耀弥がいる。
「アレ? どしたの?」
「……行くって、どこに?」
「へ?」
そりゃあ、何の脈絡もなく急に「行こっか」と言われたら「どこに?」となるのは至極当然で、耀弥の反応は正しい。が、どうにも光沙の方も疑問符を浮かべているようだ。
つまり、ふたりの知らぬところで話が食い違っている。
「あっれ。もしかして聞いてない?」
「何を?」
「桜木先輩から、今日私がここに来るって」
「……?」
突如知春の名前が出てきたことで、、余計に理解できなくなる耀弥。
その反応から、「あー何も聞いてないやつだなコレ」と光沙は合点がいった。
「緑川さんが来たことと、知春先輩が何か関係があるの?」
知っている人の名前が出たことで、若干置いてけぼり気味だった純乃は話に入ることができた。
「およ? 邦依田さん、桜木先輩とお知り合い?」
「うん。吹奏楽部の先輩だよ」
「お~、そだったんだー。あ、また脱線」
ケホンケホンと大げさに咳払いしてから、話を軌道修正する。
「えっとね。まず話は少し遡るわけだけど……」
◆◇◆◇
土曜、まだ日が落ちるには早い時間帯。
光沙が居間でテレビを見ながらクロスステッチに興じていると、テーブルの上に置いてあったスマホがヴーヴーと振動を始めた。
「茅沙姉ぇ電話ぁー!」
持ち前の大声で、スマホの持ち主である姉――茅沙を呼ぶが返事がない。
「まぁーたかぁー……」
それだけで姉の状況に大方の予想がついた光沙は、作業を止めて、スマホを姉のもとに届ける。
ズンズンと廊下を往き、ノックもなしに扉を開ける。
「茅沙姉ぇ電話っ」
「んあ? あぁ、ありがと」
間の抜けた返事をする茅沙のすぐ向こうでは、パソコンのモニターを埋め尽くすほどの写真がズラリと並んでいた。
「ったくー。いい加減スマホ持ってきなよ。こーいう時困るでしょ?」
「えぁーー。だって気が散んだもん、スマホあったら。写真に浸る時間は写真のためだけに使いたいんだもーん」
「あーもうわかったから、早く出な」
うだうだと言う姉を急かしてから、光沙は居間に戻る。
せかされた茅沙は「へーい」と返してから電話に出る。
「もしもし?」
『あ。もしもし茅沙?』
「どったの。珍しいじゃん電話なんて」
電話の向こうの声は同級生の桜木知春だ。
このふたり、今でこそクラスが違うため交流があまりないが、1年2年と同じクラスだったため普通に面識あるし、なんなら普通に仲がいい。
『ちょっと訊きたいこと……というか頼みたいことがあってね』
「頼み? 働きすぎて将来ワーカーホリック一直線レベルでなんでも自分でやっちゃうウーマンの知春が?」
『…………………………うん、そう』
すげぇ間が開いたなーと内心呟く茅沙。
前にいろいろと余計なものが付きまくっていることを一旦スルーして話を進める知春。
『光沙ちゃんって、確か手芸部だったよね』
「え? まぁ、そうね」
「なんでいきなり妹の話?」と首を捻る。
『実は、私の知り合いに編み物をしたいって子がいるんだけど、私じゃ力不足なのよね。で、そう言えば身近に手芸部の妹持ってるのがいたなーって』
3年の付き合いでかつ相手が茅沙ということもあり、知春の話し方はかなりフランクだ。接し方としては楓や瑠璃奈と同位だ。
「いたなーって、まぁいるけども」
『できたらでいいんだけど、訊いてみてくれないかな?』
「まぁ訊くくらい全然いいけど、そもそも手編みできるかなんか知んないよ?」
『うん、ありがと』
有言実行。早速通話状態のまま部屋を出て、妹のいる居間に向かう。
「光沙ちー。ちょい訊きたいことあるんだけどー」
「んー? どしたの?」
姉の呼びかけに「光沙ちー」は、視線をテレビと手元を往復させながら答える。
「光沙ちー手編みってできる?」
「手編み?」
予想外にも、自分の趣味である手芸の話題だったために、光沙は手を止めて顔を茅沙に向ける。
「まぁ、人並み以上にはできるけど。どしたの急に?」
写真一筋の姉から「手編み」というかけ離れすぎなワードが飛び出したことで、どういう風の吹きまわしかと、光沙は本格的に話を聴く態勢に入る。
「いや実はね。私の友達の知り合いの子が編み物したいって言ってるらしいんだけど、その子に教える役を光沙ちーにお願いできないかって」
茅沙の話に光沙は、なるほどねーと返し、再びクロスステッチに目をやる。
「茅沙姉ぇの友達って、桜木先輩でしょ?」
ここで知春の名を出す光沙だが、実はふたりは顔見知りだ。緑川家に知春が来たこともある。
「そうだけど、よくわかったわね」
「いや、茅沙姉ぇにスマホ渡したの私だし。それに、写真のこと以外で茅沙姉ぇを相談相手として見てくれそうなのって桜木先輩くらいじゃん?」
そして、知春は唯一光沙がマトモになる相手であり、光沙にとって知春は「こんな歩く騒音発生器みたいな姉と3年も付き合いを続けてくれるめっちゃいい人」だ。
「何この妹姉にちょー失礼。お姉ちゃん傷つくー」
姉に対してそんな認識ゆえに、こんな風に毒を吐ける光沙だが、ちなみに自分が同類であることは本人に自覚なしだ。
「まぁ、桜木先輩の頼みってなら断るわけにはいかないよねぇ」
「え、無視?」
「で。その子、なんて名前?」
「あ、無視なのね」
妹の完全スルースキルに茅沙は諦め、知春への報告と質問のためスマホを耳に当てる。
「もしもし知春?」
『茅沙? どうだった?』
「おーう、おっけーだってさー」
『ホント!? ありがとう!』
いつものノリで話していたはずだが、思った以上に喜んだ様子の知春の声が耳に届いた。
まるで自分のことのようだと、茅沙は思った。
「それで、その知り合いの子、何年何組のなんて子?」
『あーゴメン、それ言わなきゃだよね。沖田耀弥っていう2年の女の子。クラスは確か5組だったよ』
知春がそう、知り合いの女の子の名前を伝えると、茅沙の時間が一瞬止まった。
「沖田ちゃん!?」
そして食い気味に……というか食い込ませる勢いで叫んだ。
あまりの声量に、耳元でそれを聞いた知春が耳を抑えたのはもちろん、光沙でさえ何事かと姉の方へ勢いよく顔を向けた。
「沖田ちゃんって、メチャカワで物静かで、こう……全体的に儚げなオーラの、どんなコスプレにもされるがままに従ってくれそうな!?」
『コスプレ……?』
どこから来たのかわからない単語に、知春の頭にはてなが浮かぶ。
「あぁいや、ごめんなんでもない最後のは忘れて。で、どうなの?」
『うん。そのイメージだったら、多分合ってるよ』
「おっほ~~マぁジかー。光沙ちーウラヤマ~」
茅沙の予想は当たった。
そう。友人の知り合いの女の子の正体は、文化祭でこれでもかとコスプレ写真を撮りまくって己の欲望を満たしに満たした少女だった。
一方で光沙の方も、姉の会話に引っかかりを覚えていた。
(沖田ちゃん……って、まさか……)
頭に浮かぶのは光沙と同じく文化祭、被服室でのワンシーン。苦労して作った革のブックカバーを買ってくれた少女。
可能性としてはあり得なくはない。少なくとも同じ学年に沖田という生徒は光沙の知るひとりしかいない。
「おーい、茅沙姉ぇ?」
一刻も早く答えが知りたいと、なんかうだうだ言ってる姉を急かす。
茅沙は視線で「ちょい待ち」と返し、知春と二言三言喋った後「一旦待ってて」と伝えてスマホを耳から話す。そして興奮を冷ますべく、ふぅとひと息。
光沙は早く早くと、続く言葉を待つ。
「えっとね。2年5組の沖田耀弥っていう超絶美少女」
姉から告げられた名前を、脳内で何度も反芻する。
遠柳では毎度の試験の順位が廊下に貼りだされるため、いつも高順位を叩き出す「彼女」のクラスは知っている。
ここまで来たら、もう確信するには十分だ。
「っしゃああーー!!」
そして叫んだ。
「えぇー何……?」
妹の突然の奇声奇行に若干引き気味になる茅沙。自分もさっき似たような状態だったのは記憶にない。
『――!? ――!』
と、スマホの向こうで知春が何か叫んでいるのに気づいた。
「もしもし知春ー?」
『なんか、すっごい声響いてたけど、大丈夫?』
どうやら、光沙の叫びはスマホを飛び越えて知春にも届いていたようだ。
「あー聞こえてた? なんか、耀弥ちゃんの名前訊いたとたん発狂しだしてさー」
『なるほどね……何事かと思ったよ。……フフッ。もしかしたら、知り合いだったのかもね』
「んぬ? どしたの、なんか嬉しそうだけど」
どっかに喜ぶポイントあったっけかと、首をかしげる茅沙。
『ううん、なんでもない。ただ、あの子のことでこんなにも喜んでくれる人がいるって知れてよかったなぁ、って……茅沙も含めてね』
「ふーん?」
一応そう返してみるが、知春の言葉の意図はわからないでいる。その意味を詳細に理解できるのは、きっと耀弥の家族を除けばひとりだけだろう。
『それじゃあ、月曜日の放課後に会いに行ってあげてって、伝えておいてくれる?』
「んー。りょーかーい」
電話を切ると茅沙は、いまだ狂喜乱舞している妹に声をかける。
「ちょーい。バカみたいに踊り狂ってるとこ悪いけど、月曜の放課後に5組の教室行ってねー」
「う~~~い」
いいコスプレの被写体を見つけた時の茅沙のように顔を歪めながら、光沙は間抜けた返事をした。
その表情に茅沙は若干引いた。
◆◇◆◇
「――とまぁ、そーゆーわけで……私が沖田さんの編み物の先生に抜擢されたの。さすがに、ふたりが何話してたまでは知んないけど」
ひと通り話し終えた光沙は、ふぃ~と息を漏らす。
「知春さん……メチャクチャいい人なんだけど、たまに物凄い茶目っ気入るからなぁ~。私のこと伝えなかったらどうなるか面白がってたんだろうなぁ」
「あー……確かにね……」
「あはー、邦依田さんもわかるんだねぇ」
同じ吹奏楽部だった純乃の方も心当たりがあるらしい、控えめに頷いた。
だが耀弥の方はそれほどピンと来ていなかった。それはそのはず、耀弥と接する時の知春は茶目っ気を出すよりもずっと、姉意識の方が高いのだ。
「まぁ今はそれはいいんだヨ。沖田さん、早速これから被服室でやろうと思うんだけど、いいかな?」
今ここにいない人に浸るより、サッとクルッとカチッと頭を切り替える。
「道具、持って来てない」
「だいじょーぶ! 後からどうとでもなるからー……あー、でも……」
問答無用とばかりに引っ張っていこうとした光沙だったが、寸前で思いとどまった。
「もしかして、糸とかも自分で選んでる?」
「……ん」
「やっぱりかぁー」
棒針など他の道具は後から替えればそれで済むが、糸ばかりは必ずしも耀弥が買った物が被服室にあるとは限らない。
頭の上で両の人差し指をクルクル回しながら、ぬーんとどうしようか唸る光沙。やがてその頭に電球が灯った。
「今から沖田さんち行くってのは、どう!?」
茅沙の「まぁ訊くくらい全然いいけど」というセリフなんですが、最初は「問題ない」という意味で「それくらいノープロだけど」って勝手に言葉を作ろうとしたんですが、調べてみたら実際に「ノープロ」という言葉が同じ意味で存在して、しかもどうやら死後らしいことを知って、やめました。
己の若者言葉に対する疎さを実感しました……




