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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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98話 再会までの軌跡~ありえなかった光景~

「……って、ほぼノリと勢いだけで言ってみたけど……どうカナ?」


 ほぼというか、本当にノリと勢いだけだ。珍しく不安そうに、耀弥の様子を窺う光沙。

 ふたりを見届ける純乃も、空気に吞まれ息を吞む。


「……わかった」


 そんなふたりの緊張などつゆ知らず、耀弥は静かに承諾の意を示した。


「――!? ()ジ!? ()イの!?」

「……ん」


 ヒャホーと、光沙は文字通り跳んで喜ぶ。


「そいじゃあ早速ッ、善は急げレッツゴー!」


 そこからの光沙の行動は速かった。

 純乃にバイバイを告げ、爆速で被服室に向かい、既にいた七木に事情を(一方的に)説明して手編み道具を持ち出し、下足場で耀弥と合流してからふたり揃って沖田家へ向かった。

 この間、光沙以外の全員が置いてけぼりを食らったのは言うまでもない。いや、耀弥は「先に下駄箱行ってて」と言われると純乃と挨拶を交わして粛々と向かっていたので、「光沙と耀弥以外」と言うべきか。




 ◆◇◆◇




「おっほーーっ。ここが沖田さんちかぁー」


 特別大きいわけでもなければ、何か目立った特徴があるわけでもない普通の戸建ての家。光沙が一体何に感動しているのかわからない耀弥は、いつも通り鍵を開けて家に入る。


「うぉっとと」


 それに気づいた光沙も急いで耀弥の後に続く。


「おぉ~、ここが沖田さんちか~」


 居間をキョロキョロと見回しながら、なぜかさっきと同じ反応をする光沙。耀弥はそれを後ろからじっと見つめていた。


「それじゃあ沖田さん、どこでやる? リビング? それとも沖田さんの部屋?」

「どっちでも、いい」

「んぬー……じゃあせっかくだし、沖田さんの部屋でやろ?」

「……ん。先に上がってて」


 元気よく返事をして2階へ上がる光沙が視界から消えてから、耀弥は電気ケトルでお湯を沸かし、その間に戸棚からティーバッグの箱を取り出し、ひとつをピッチャーに放る。

 それから何か出せるものがないか冷蔵庫や棚を探すが、お菓子を買うという習慣がないせいもあり特に何もなかった。


「……」


 お湯が沸くのを待つ間、今自分の置かれた状況に少しだけ思考を巡らせる。

 緑川光沙という同級生が自分の家にいるというこの状況……それは耀弥にとって、なんとも不可思議なものだった。

 耀弥と光沙の接点は、文化祭でのほんのひと時のみ。名前だって、彼女の個性(・・)がなければきっと覚えていなかっただろう。そんな、顔見知り程度の関係の相手を家に入れるなんて、一瞬でも頭を過ったことがなかった。

 彼女は、知春、悠灯に続いてこの家に足を踏み入れた3人目の同年代の客人なのだ。現状の唯一の「友達」である純乃でさえ、訪問してきたことはない。耀弥も頭のどこかで、次に家に来るのは純乃なのだろうと思っていた。

 手編みをしようとしていなければ、昨日知春に電話をしていなければ、きっとこれからも光沙と関わりを持つことはなかった。


 ――シューーーーッ


 耀弥を思考の中から引き戻すように、電気ケトルが音を立て、早く止めろと主張する。

 沸いたお湯をティーバッグの入ったピッチャーに注いで、マグカップふたつと一緒にお盆に乗せて、光沙の待つ2階へ上がる。


「あ、やっぱり。手空いてないかなってドア開けててよかった」


 光沙の機転で開いていたドアをそのまま抜けて、円テーブルにお盆を置く。


「ありがとっ」


 光沙は早速お茶を入れようと、ピッチャーに手を伸ばす。


「……あ」

「ぎゃっ、薄っ」


 ……が、お湯を入れたばかりのお茶はまだ薄かった。


「待ってるのもなんだし、早速始めよっか」

「……ん」

「じゃあ、まず何作るのかから教えてくれる?」




 ◆◇◆◇




 それから、驚くほど静かな時間が流れた。正確には、光沙がいるにしては(・・・・・・・・・)驚くほど静かな時間が流れた。

 最初に光沙が手本として編む様子を実演し、その後、実際に耀弥が編みながら適宜光沙が助言をするといった風に進んでいった。

 ちなみに、手袋とネックウォーマーのどちらを先にするかは、難易度の観点からネックウォーマーを先に作ることになった。


「いやぁ~。上手いね沖田さん」


 大きく喉を鳴らしながら程よく冷めたお茶を飲み、光沙は耀弥に称賛の言葉を送る。

 実際、耀弥の習得速度は凄まじかった。最初の方こそ慣れない棒針の扱いに苦戦していたものの、教えられた事は二度言われずとも理解し、編むスピードこそ速くはないものの手が止まることは少なかった。

 光沙がお茶で喉を潤している最中も、黙々とネックウォーマーを編み進めている。


(うーぬ……沖田さん慣れる速度がエグすぎて、教えることなっくなっちったなぁ……)


 早々に見守ることしかすることがなくなってしまった光沙。完全に手持ち無沙汰なので、持参した手編み道具で適当に編んでいくことにした。

 しばらくそれぞれの作業に集中してから数分。


「沖田さんは、どうして編み物しようと思ったの?」


 手の動きはそのままに、光沙が口を開く。


「……渡したい人が、いるから」


 ブレない耀弥は、訊かれたことに必要最低限、ただその事実だけを返す。


「それって、知春先輩? それとも邦依田さん?」


 知春と純乃……光沙の一番の心当たりだが、耀弥は首を横に振った。

 ならば誰だろうと光沙は首を傾げ、まさか茅沙()かとも思ったが早々にそれはないわと結論付ける。そしてある可能性が浮かぶ。


「あっ、もしかしてカレシとか?」


 その可能性をド直球で確かめるが、そのもしかしてが的中していた耀弥の手がピタリと止まった。そしてそれを受け、光沙の手も止まる。


「あれ、マジ?」

「……ん」


 こう言っちゃ失礼だが、耀弥が彼氏持ちだとは思っていなかった。

 だが実際、沖田耀弥という人間を知っている人ならそう考えるのは自然のことだ。今でこそクラス内では耀弥に対する認識は大きく変わっているものの、その他のクラス、学年の耀弥を知る生徒からしたら「顔は可愛いけど全然笑わない、いつもひとりでいる女子生徒」だ。


(こーれはビックリ仰天だわぁー。沖田さんのハートを射止める輩が存在するとはねぇ)


 予想外の恋バナの予感に心を躍らせ、目を光らせる。同級生なのかとか、そもそも遠柳の生徒なのかとか、なんなら名前まで訊こうかとも思ったが、声に出す直前に新たな疑問が降ってきた。


「もしかして、手袋とネックウォーマー、両方ともカレシにあげるの?」

「……ん」

「そりゃまたどうして? この時期だと、多分クリスマスプレゼントだよね」


 決しておかしくはないが、光沙には「ひとりにプレゼントふたつ」という発想はなく、てっきりそれぞれ別の人に贈るのだとばかり思っていた。


「誕生日が……クリスマスイヴと、同じ日だから」

「なーるー」


 そういう理由ならばと、光沙も合点がいった。


「にしても……誕生日とクリスマスを一緒くたにされない辺り、カレシは愛されてるんだねぇ」


 悪戯な笑顔を浮かべ、耀弥の顔を覗き込む光沙。チラと見えた顔色は薄らと赤みを帯びていた。

 そして恥じらうように、顔を反対側に背ける。


「くふぉあッ……!」


 それを見た瞬間、まるで漫画のようにズキューンと光沙のハートは撃ち抜かれた。いや、ガトリング並みに連射された。そして思いっきり後方に倒れた。

 さしもの耀弥も、隣にいた人が何やら声を上げ、ふっ飛ぶ勢いでいきなり倒れたとなれば驚かずにはいられず、光沙の方へ振り向く。


(――! ヤダ何このコ、メッチャ可愛いッ!)


 恐らくこんな耀弥を見たことがある人は数少ない。自分は運がいい。姉に自慢できる。

 際限なく湧き上がる歓喜と優越感と多幸感が光沙の中を支配し、駆け巡る。


(あーーーなんつー僥倖。も死んでもいいかも……あぁダメだ。帰ったら茅沙姉ぇにめっちゃ自慢せにゃ。ぃよし、生きよ)


 若干壊れかけの光沙と、それを不思議そうな目で見る耀弥。

 この後もう数分ほど光沙の脳内独り言は続き、なぜか放っておいた方がいい気がした耀弥は、静かに編み作業に戻った。




 ◆◇◆◇




 それから悠灯へのプレゼント作りは進んだ。ネックウォーマーはシンプルな形をしていることもあり、そう日をかけず比較的順調に作り終えた。

 今は手袋を編んでいる最中だが、耀弥をして苦戦を強いられていた。

 そうやって毎日、毎日、悠灯のためにとひたすら編み続け、日はしばらく経って。

 その日、耀弥は半月ぶりに悠灯の声を聴いた。そして言葉を交わした。

 電話越しとはいえ、その時間は耀弥にとって十分に満たされた時間で……同時に胸を締め付けられる思いだった。

 悠灯からいつ会えるかと尋ねられた時、耀弥は会うことを拒んだ。いや、正確には引きのばした。「すぐにでも」という気持ちを言葉にする寸前で口を噤んだのだ。

 1時間近くに渡った悠灯との電話を終えた耀弥は、傍らのまだ形になっていない編みかけの手袋に視線を落とす。


 顔が、身体が、心が――熱を帯びて冷めやらない。

 トクントクンと、心音がクリアに耳に届く。


 気持ちを固めた耀弥は、スマホを持ち直していまだ使い慣れていないチャットアプリを開く。登録されている人数が2桁にも満たないその中から、「織宮好恵」の文字に指で触れる。

 そして、プレゼント作りを始めてから今日までずっと、誰にも言ってこなかった思いを文字にした。


『織宮くんの誕生日、家に行ってもいい?』

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