86話 試験結果・後
「さてさて~、次はどっちかな~どっちかな~」
結果発表会もまだ始まったばかり。気を取り直して祈鷺先輩がウッキウキで俺たちふたりを急かす。
この人俺たちの結果が振るわなかったかもとは微塵も思っていないんだろうな。
「じゃあ、俺から」
「えっ、僕最後は……」
俺が率先して出そうとすると、水方くんから控えめなまったがかかった。
「俺は前座。今回の主役は水方くんだよ」
恐らく一番自信がないからなのだろうが、そもそもの目的が水方くんの赤点回避だ。結果として俺も先輩に理数を教わったがそれもついでの副産物。
少しばかり心苦しい部分もあるが、不安そうで不服そうな水方くんを差し置き、脇役の俺の番は早々に終わらせるとしよう。
「それじゃあ、気を取り直して」
俺は祈鷺先輩のように成績表を高らかに掲げ……ることはせず、普通に卓上でひっくり返した。
「やっぱり、文系が高いね。英語が95点なんて、僕じゃ想像できないよ」
「苦手な理数も70あるじゃん。お姉さんが教えた甲斐があったねぇ~」
目下に晒された俺の成績表に二者二様の感想を述べる。
先輩と比べると、合計も順位も苦手分野の伸び具合もやや下回る結果だ。まぁ苦手分野はともかく、前ふたつは学年が違うから比べようがないんだけど。
「でも、前の学校の成績とじゃあ比較できないんじゃない?」
「そこは大丈夫。範囲被りと順位の上がり具合を見たら大体同じくらいだと思うよ」
それに、学校選びは最初の高校と同じくらいか若干低い偏差値のところを選んでいるから、そう学習レベルに差ができることはない。今回は前者にあたる。理由は家から一番近いから。
「あぁでも、全教科点数が上がって10位も上がってないから、綾葉の方が少し高いのかな。次はもう少し頑張らないと下がるかもね」
理数の向上にばかり目が行きがちだが、勉強会効果もあって一応文系の3つも点数は伸びている。だがそれでも6位しか上がっていないということは、上位の人たちが結構競っているのだろう。
「そうなんだ……なら、僕はもっと頑張らないとなぁ……」
おっと。余計な不安を与えてしまっただろうか。
「それじゃあ、次はそんなもっと頑張らなきゃいけない水方くんの番だね~」
さすがは祈鷺先輩、俺の成績表についてひと通り話し終えたと見るや話をどんどん先に進めてくれる。
「えっ、もうですか……!?」
「もうって、最後だよ?」
「あ、えと、違くて……いえ、はい」
自身の順番が回ってきて、見るからに芳しくない様子だ。さしもの祈鷺先輩も「あれ、あたしやっちゃった?」的な表情をしている。まぁ俺としてはテスト返却時のやり取りで赤点回避自体を回避できたことは知っているので、単純に点数を気にしてのことだと思う。
俺が出そうとした時の反応から早く済ませたいのだと思っていたが、いざその時が来ると緊張するのだろう。……と言っても、やることといえば手元の紙を1枚表に返すだけ。そう間もなく水方くんの結果は目に入ってきた。
2年3組 水方 雄星(ミナカタ ユウセイ)
国語:56点
数学:88点
英語:63点
理科:84点
社会:70点
合計:361点
平均:72点
順位:101位/199位
「先輩や織宮くんと比べると、まだまだですけど……」
水方くんはそう言うが、勉強会の成果は十分に出ている。その証拠に、苦手な文系も含めて50点を切っているものはない。得意科目の理数に至っては80点代という高得点だ。それに、単純に点数を倍にしただけだが、小テストの結果よりずっといいものになっている。
「っはぁーーーなんだびっくりしたぁーー。てっきりダメだったのかと思ったよ~」
数瞬前までやらかした感満載だった先輩は成績表を見て豪快な安堵の溜め息をつく。
「すみません……ふたりの後だと緊張も一入で……」
「もぉ~、あたしの方がハラハラしたよぉ~」
愚痴りながら両手を伸ばし、ぐでんと前に倒れる先輩。それを受けて水方くんがペコペコと頭を下げる。
(なんで水方くんの成績が上がったのに本人が謝る事態に……?)
なんにせよ、全員良好な結果を得られたようで何より……っと、あれ?
「水方くん、そっちの紙は?」
さっきは重なっていて気づかなかったが、成績表の下にズレて紙が1枚裏返しに置かれていた。
「あぁ、これは中間考査の成績表だよ。先輩に持って来てって言われてたんだ」
「お~、そうだったそうだった~。前回との比較は大事だからねぇ~」
ささと先輩に急かされ、今度はそれほど抵抗なく、水方くんはもう1枚の紙を表に返す。
国語:39点
数学:63点
英語:42点
理科:62点
社会:50点
合計:256点
平均:51点
順位:152位/199位
「こうして比べてみると、成長度凄いねぇ~……」
「伸び率で言ったら、水方くんがダントツだね」
点数で言うと全体で100点以上、順位で言うと51位の上昇。たった2週間の勉強会でこの上がり様……快進撃と言って差し支えないだろう。
「そんなに食い入るほどのことでは……結局順位もまだ半分越えてないですし」
十分な結果だとは思うが、それでもやはり謙遜をやめない様子。
「それは違うよ水方くんっ」
そんな水方くんの姿勢を先輩はバッサリと両断する。
「キミの第一目的は赤点の回避! そしてキミはそれを達成した! ゆえにキミは凄い! ゆえに食い入るほどのことなのだよッ!」
先輩の言うことはその通りだ。そもそもの彼の目標が「高得点を取ること」ではなく「赤点を回避すること」だ。今回に限って言えば勉強会の成果としては文句のつけようがなく、悲観することではない。
少し偉そうな言い方にはなるが、俺たちとの差を気にする必要はないのだ。……先輩の口調が妙なのは気になるけど。
「そう……ですかね」
「うむ」
「そう、ですねっ。はい!」
さっきとは逆で、祈鷺先輩からの褒め言葉ラッシュ。それを受けて、水方くんもようやく自らの努力を認めてあげたようだ。
それにしても……国語がプラス17点、数学がプラス25点、英語がプラス21点、理科がプラス22点、社会がプラス20点。僅差とはいえ、見事に理数の伸びが文系より大きい。
(――愛……かな)
声には決して出さず、心の中でそう結論付ける。俺と先輩の教え方の質の差というのもあるかもしれないが、同じく文系が苦手な祈鷺先輩も同じくらいの点数なのを見れば、やはり「どんな教え方か」よりも「誰が教えたか」が彼にとっての要因としては強いだろう。
今回のを機に、次の試験からも勉強会をやっていけば、ふたりの距離も縮まるのではないだろうか。ふたりは案外お似合いだと思う。祈鷺先輩が卒業するまでもう時間もあまり残されていないだろうが、水方くんには勉学恋愛ともに頑張ってほしいと思うばかりだ。
「いやぁ~。それにしても、全員成績上がったようで何よりだよ~。なんなら次からもやる~? 勉強会~」
「いいんですか!?」
ほら。もう既に計画が立ち始めている。
「うんうん~、モチよモチ~。ねー織宮くーん?」
「えっ? 俺もですか?」
その言葉は予想外で、思わず疑問で返してしまう。
「へ? やるでしょ?」
そう、あまりにも当然の如く言う先輩。
あぁ……そうか。俺は、転勤族という立場から、この中にいながら傍観者のように目の前の光景を見ていたのか。俺はきっとここからいなくなるからと、無意識のうちにこの空間から自分を除外していた。
今までは「ソレ」を意識して周りから一歩引いていたが、今この時は完全に意識していなかった。
(これは、悪い変化……だな)
沖田さんは変わり始め、俺も自分なりの変化を……と思っていたが、まさかこんな形とはな。沖田さんが隣にいないだけで、何もかもが逆戻りとは笑えない。
……次に彼女に会う時にそんな情けない姿を見せるわけにはいかない、よな。
「――はい。また、お願いします」
だから俺は、せっかくなら祈鷺先輩と水方くんのふたりでなんて、そんな考えは一度取り除き、その日が来ることを願って勉強会の提案に乗ることにした。
両親にも言った。心配しているようなことにはならないと。
俺は心中で心持ちを固める。習慣となっていることはそう簡単には変えられない……だから、必ずしも友達じゃなくていい。せめてこれからは、どうせ離れるからと、そんな否定的な意味ではない「それなりの関係」を……と。
目の前のふたりの満足気な表情が、俺の沖田さんに誇れるような前向きな変化の第一歩だ。
間が空いてしまい申し訳ありません。
悠灯と祈鷺の点数わかんねぇよッ……って人は前話を参照していただければ。




