74話 友のもとへ
基本的に休日は家から出ないのが俺の日常だったが、今日は違った。
今、俺は電車に揺られている。今日が土曜であることと時間的に通勤ラッシュが少し前に過ぎたこともあり客数も少なく、座席には余裕があるため、俺が座る隣には少し大きめのバッグが置いてある。
「久しぶり……だな」
これから数時間かけて向かう先を思い浮かべるとなんとも懐かしい気分になる。実際は懐かしいと思えるほど過ごした土地でもなければ、何か特別なことをした場所でもない。僅か半年強の時間を過ごした場所だ。
と、その辺りのことは一度置いておくとして、ことの発端は昨日の学校での出来事にある。
◆◇◆◇
昼休み。こっちに引っ越してきてからはすっかり元通りになった母の弁当を食べようと準備していたところ、珍しく都島さんが話しかけてきた。
「織宮くんってさ、友達いないの?」
「えっと……どうしたの、急に」
「まぁ、いいからいいから」
物凄く藪から棒な質問が飛んできた。何ゆえそんなことをと思わざるを得ない。結構失礼な気もするのだが、生憎その点はそこまで気にならなかった。
「……友達って言えそう人はまだできてないかな」
疑問たっぷりのまま取り敢えず答える。
「うーん、そっかぁー」
ありふれた回答をしたつもりだったが、都島さんはそれから沈黙した。
そしてじっと、まるで推し測るかのように、見定めるように俺の目を凝視する。……なのに、なぜか目が合っているという感じが全くしない。なんと言うか、俺の瞳の奥にある別の何かを見ているような。転校してきてから1ヵ月経ってこの回答はやっぱり妙だろうか。
不可解な感覚に陥ったからか、屋上で会話をした時の危うさを思い出す。恐らく「友達」という話題も相まってというのもあるだろう。
「ごめん、やっぱり何でもない。今のは忘れて」
やがてそうひと言残し、ひらひらと手を振って教室を出ていってしまった。結局さっきの問いかけがどういう意図の下でされたものなのかはわからない。というより、都島莉唯という少女がどういう人間なのかがわからなくなった。
気まぐれに現れては疑問と僅かの不穏を残していく……今の彼女はそんな印象。
(……って、だからそういうのは俺には関係ないんだって。慎むべし慎むべし)
不穏と自覚していることに首を突っ込んだって、最後まで付き合える保証はないし、そもそも転校生の俺では境遇が関係なくとも無用の長物である可能性の方が高い。
それはそうと……友達か。そういえばここ1年、瀬良の方から来てもらってばかりで俺の方から会いに行っていないな。こっちに越してきてまた以前よりも距離が遠くなったし、さすがに引け目を感じる。そうだな、近いうちに……向こうの都合がつくようなら次の休みでにでも行くとしよう。
◆◇◆◇
――と、まぁそんな出来事……というほどのことでもないが、そういう経緯があり、現在俺は瀬良の下へ向かっている最中なのだ。今日のことを両親に話したら手土産の菓子折りを買ってきて渡されてしまった。
実際のところ、土曜の今日は運動部は部活があると思っていたため無理だと思っていた。が、どうやら今日は創立記念日でそもそも学校が休みなのだそうで、ふたつ返事で了承してくれた。
ちなみに朝早いのは、瀬良が昼食を振舞ってくれるらしく昼前には着くようにするためだ。……アイツって料理出来たんだな……全然イメージにない。
ともあれ、乗り換え1回で約3時間。ネットで調べた時間通りなら11時過ぎには向こうの駅に着く予定だ。そこからの道順はちゃんと記憶にあるので問題ない。
そして、持参していた本を読んだりスマホをいじったりして暇を潰し、乗り換えもスムーズに終えてまた1時間ほどを電車に揺られて過ごし、下車駅――久々の地に足を着ける。
俺が中学の最後と高校の最初を過ごした町。唯一の友人と出会った町。……なんて、感傷に浸るのも数秒あれば十分で、早々に切り上げて瀬良の家へと向かう。
この町自体に特別思い入れがあるわけでもないので、何かに目を奪われることもなく粛々と足を進められる。加えて、もともと瀬良の家は駅からそう遠くない場所にあるので、徒歩でも10分ほどで到着した。
そこそこ車の行き来がある通りに面した9階建てのマンション。その中腹、5階のエレベーターから最も近い部屋の扉の前に立つ。
――ピーンポーン
無機質なインターホンが鳴ってものの数秒。
『おぉユウ! 悪い、今手が離せないんだ。鍵開いてるから入ってくれ』
何やら慌ただしい様子の声にわかったと答え、遠慮なく扉を開けてお邪魔する。
中に入るが出迎えの姿はない。事前情報で今日は瀬良の両親はともに仕事なためいるのは瀬良ひとりだけ。手が離せないって言ってたし、このまま上がらせてもらおう。
「リビング来てくれー!」
飛んできた声に従い、正面に見える扉を押し開き居間に入る。
「よぅ。悪いな、出迎え出来なくて」
目が合って開口一番、わざわざそんなことを言う唯一の友人、瀬良尊。
「いやまぁ、昼ご飯作ってもらってる身でそれは気にしないけど……何その格好」
夏休みぶりに再会した親友は、律義にエプロン姿で料理をしている最中だった。
「ん? これか? もらいモンだ」
なるほどと、察しがついた。もらいものと言われれば彼女からのプレゼントで間違いないだろう。まったく、羨ましい奴め。……まぁ、かく言う俺も今日は沖田さんからもらった紫苑のハンカチを持って来ているわけだが。
「ま、せっかく来て早々立ち話もなんだし、もうすぐできるから荷物置いて手洗ってこいよ」
「あぁ。そうするよ」
言われた通り、ソファの端にショルダーバッグと、下に大きい荷物を置いて洗面所に向かう。手洗いとうがいを済ませ、パーカーからハンカチを取り出す。
さっきも言ったが、今日持って来ているのは沖田さんがくれた紫苑のハンカチだ。であれば必然、手に取り視界に入れば笑みが零れてしまうというもの。……ヤバいな、今絶対気味悪いくらいににやけてる。
スッと我に返り、顔を無に戻す。居間からここ見えなくてよかったー。
そうして、瀬良ににやけ面を見られることなく再び居間に戻ってきて、現在目の前のテーブルには昼食が広がっている。……のだが……
「なぁ瀬良。これ、昼ご飯……だよな?」
正直に言うと、俺はこれが昼ご飯とは思うことができなかった。
「ん? あぁ、そうだぜ」
だが、瀬良はこの違和感を全く気にした様子がない。作った本人ならまぁそうなのかもしれないが、俺は些か違和感を禁じ得ない。だって……だってだよ?
お茶碗に入った白ご飯、味噌汁、焼き鮭と傍には大根おろしに酢橘、小さい器にはひじき、そして白菜の漬物……このラインナップでまず想起できるものと言えば……
「どっからどう見ても古き良き日本の朝食にしか見えないんだが……」
俺は老舗の旅館にでも来たのだろうか。だとしたら随分モダンな造りの旅館だ。なんせマンションの5階に店を構えているのだから。
……いやまぁ朝食以外もないこともないのだろうが、少なくとも俺は昼食でこの光景を見たことはない。なんなら昨今じゃあ朝食でも見ない。
「昼飯食べに来たら朝飯みたいなの出てきたッ……って、面白ぇだろ?」
ニシシと笑いながらコンロから鍋を持ち上げる瀬良。そうだろうとは思っていたが、やっぱりわかっててやったようだ。
相変わらず妙なことをやってくれると、つられて笑いが零れる。でそのすぐ後、またしても違和感。
(……ん? 和の朝食になんで鍋?)
ワザと朝食風にしたのならどうして鍋がいるのだろうか? 汁物なら味噌汁があるが……しかも和食なのに土鍋じゃなくて金属鍋。どうせ変化球持ってくるならそこも和に統一しろよと思ったが、卓上に置かれたソレの中身を見て思わずツッコみたくなった。
「……なんでだよ」
ツッコんでしまった。いや……だってさ……
「なんで麻婆豆腐……?」
中華って、超絶場違いすぎだろ……
チラリと瀬良の顔を窺うと、やっぱりしたり顔だった。というかクツクツと笑いを堪えるように笑っていた。
和の朝食風の昼食にプラス麻婆豆腐……字面だけ見たら意味不明だな。いや実物見ても十分「なんだコレ?」だけど。
「っはぁーー。んじゃ、ユウの反応も見れたことだし、取り敢えず食おうぜ」
ひと通り笑い満足したのか、瀬良はエプロンを脱ぎながら椅子に座れと促す。
「……あぁ、そうだな」
俺もお腹が空いていたし、せっかく作ってくれのだからと素直に従う。
席に着き、改めて前にしても、何とも妙な光景だ。だがこういう突拍子もないことを面白半分でやるところが、実に瀬良らしかったりする。
「ほいじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
さて、瀬良がわざわざわ作ってくれた料理たち。ありがたく頂こうではないか。




