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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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68話 Last Day

 10月31日。カレンダーの上では今日はハロウィンだが、東京でもなければ路上でコスプレパーティが開かれるわけでもないし、学校でお菓子三昧なんてこともありはしない。


「まぁ……そもそもハロウィンなんて、そんな場合じゃないけどな」


 引越しの準備はもう済んでいる。今俺の部屋は、というか我が家はほとんど段ボールの山積み状態だ。

 世間はハロウィン。俺にとっては引越しの前日。トリックオアトリートもジャックオーランタンも、今の俺には関係のない言葉だ。


「おーっす、織宮ぁー!」

「元気ねぇぞー!」

「ハライタかぁ? なははっ!」


 ゆえに、五十谷たち3バカが今日も騒いでいるのはハロウィンとは何ら関係なく、いつもと同じ光景だった。だがそれも今日で見納め。


「お前らがうるさいんだから、俺まで喚き散らかす必要ないだろ」

「うわっ、それヒッデぇー」

「至極正当な評価だ。あと俺は至って健康だ」


 果たして1ヵ月後、俺はこの光景を覚えているだろうか。

 ……いや、きっと覚えているだろう。沖田さんを除いても、ここでの学校生活は実に色づいていた。

 桜木先輩とお互いの弱みを見せあったこと。3バカと柿ノ江さんの定例漫才。邦依田さんと須倉さん主導の喫茶店の厨房係。写真部の緑川先輩と甲斐野くんのテンションの格差。

 もしかしたら、これまでの学校にもそんな光景はあったかもしれない。でもそれは俺の思い出の中にはない。最初から思い出に残すつもりがなかったからだ。

 だが、沖田さんがいたからというのもあるかもしれないが、ここでのことはどうにも忘れられないような気がした。




 ◆◇◆◇




 最後の日と言っても何も変わらぬ平日。1限から6限まで授業はあるし、特別なことは何もない。

 ……敢えて言うなら、屋上ここに来るのも「最後」ということだろうか。


「しばらく……このお弁当も食べられなくなるんだね……」


 どことなくしみじみした気分で、ホウレン草の和え物を口に運ぶ。


「でも、最後じゃない。次に会えた時は、また……作る」


 嗚呼、その言葉だけで心が癒される。その言葉だけで向こうでもやっていける気がする。……おっと、どっか行きかけてた。ここにきて沖田さんのこと限定で頭がおかしくなったか?


「うん、ありがとう。……こうなってくると、俺から返せるものがないのがもどかしいよ」


 母の冗談(9割)から始まったこの関係だが、なんだかんだでもう半年以上になる。休みの日以外は毎日作ってもらっているのに、俺からは何もお返しになるようなことができてない。


「別にいい。返してもらうために、作ってるんじゃない」


 沖田さんはそっと箸を置いた。


「今は……私が作りたいから、作ってる」


 まったく……そうなんでもない風にそんなことを言うのはやめてほしい。沖田さんからすれば、ただ心そのままに口にしただけなのかもしれない。だが俺にとっては……


「はあぁぁーーー……」

「――!」


 俺が漏らした溜め息に、沖田さんは分かりやすく驚いた様子だ。そりゃまぁ、無理もないか。自分でもびっくりするほどデカかったもんなぁ。


「沖田さん、ずるいよ」


 きっと、最後だからというのもあるんだろう。その言葉は驚くほどするりと、喉を抜けて声になった。


「……ずるい?」

「うん、ずるい。沖田さんはいつも息をするように、なんでもない話をするように、俺の急所を突くような言葉をぶつけてくる」


 俺の感情や心理の異常は大体が沖田さんのせいだと言っても過言ではない。


「俺はその度に、心の平静を保てなくなる」


 今もそうだ。言ってしまうと、もし今が食事中じゃなかったなら俺は衝動のままに沖田さんを抱き締めんと手を伸ばしていたかもしれない。さっきの特大の溜め息だってそれを堪えた果てのものだ。

 それだけ沖田さんの言葉は、俺の心の深いところまでザクザクと容赦なしに刺してくる。

 そして極めつけは水族館の帰りに見せたあの微笑み顔だ。言葉ではないにしろ不意のソレに俺はトドメを刺されたのだから。

 ――結論。沖田さんはずるい。


「なら……織宮くんも、そうだと思う」


 そう心の中でまとめる俺に、沖田さんは予想だにしないことを言った。


「……へ?」

「ずるい」


 俺が……ずるい? 


「それって……」


 ……どういう意味だ? 生まれてこの方ずるいと言われるような生き方はしていないはずだが……


「家に、誘ってくれた」


 ひとつ。放課後、スーパーの帰り道で沖田さんが夕食はいつもひとりだと言った時だ。


「私が綺麗だって、言ってくれた」


 ふたつ。モールで俺が写真を見せた時だ。


「長い髪も似合うって、言ってくれた」


 みっつ。夏休み初日に奇跡的に屋上で会えた時だ。


「クラゲのキーホルダーをくれた」


 よっつ。水族館の帰り道、沖田さんが初めて俺に笑ってくれた時だ。

 どんどん挙げられていく俺の「ずるい」言動のラインナップに、内心は動揺でいっぱいだ。


「これだけじゃない。織宮くんは、たまに……私が思いもしないことを言う」

「いや、それは……思わずと言うか、意図せず声に出ててたと言うか……」


 キーホルダーはともかく、前みっつに関しては俺自身言った後のやってしまった感が半端なかった。だって誤爆だったのだから。


「ならもっと……ずるい、と思う」


 あれ……?


(沖田さん、なんか、様子が……)


 怒っている……というよりは、ムッとしている感じか? どちらにせよ、珍しいな。こんなに感情を表に出すなんて。


「確かに……最初は、よくわからなかった。どうしてそんなことを言うのか……どうして私に、そんな風に思えるのか」


 俺だって、どうしてあんなことが言えたのかと思っている。いや「思わず」と言ってしまっている以上どうしても何もないんだが……


「でも全部……嬉しかったんだって、わかった」


 次第に温度を持っていく沖田さんの声。いや、少しずつ上がってきている。


「織宮くんがずるいって言う、私の言葉は……全部、私が言いたかったから、言った。だから……」


 一度言葉を切った沖田さんはほんの僅か膨れた顔をこちらに向けて、


「私がずるいなら、織宮くんの方がずるい」


 ……やっぱり、今日の沖田さんは不思議だ。これほどまでの感情の露出は初めて見た。数ヵ月前までの彼女では小指の先ほども考えられない。

 ただ、「言いたかったから言った」――その言葉に俺は、沖田さんが俺にそういう思いを向けてくれていることと、俺の感情を振り回す言動の数々に彼女の意思が宿っていたという事実への……どうしようもない嬉しさを身に染みて感じた。


 にしても……そうか……


(俺の方がずるい、か……)


 つまり俺は、自分の精神ダメージと引き換えに沖田さんを揺さぶっていたということか。それはそれで、一矢報いた、してやったり……いや違うな。そんな聞こえの悪い言い方じゃない。なんと言うか……一方的にドキドキさせられてばっかりじゃなかったんだなぁと、そう思う。




 ◆◇◆◇




 最後の授業が終わった。この後は終礼をして沖田さんと帰って、それで終わり。来週から遠柳高校は再び、俺を抜きに何事もなかったかのように日々を重ねていく。

 そしてその終礼の時間。連絡事項の伝達が終わったそのすぐ後。俺は今、先生に呼ばれて教室の前方――教卓の横に立っている。


「織宮くんが本日を以て、転校することになりました」


 極めて事務的に、俺にとって実に20度目のその言葉が先生の口から告げられた。

 直後、予想通りと言うべきか五十谷たちを中心にクラスが騒めき立つ。生徒たちの心境は恐らく大まかに分けてふたつ。転校という事実そのものに対してのものと、転校生である俺が転校することに対してのもの。多分俺と関わりの浅い人は基本的に後者だろう。邦依田さんや3バカなんかは五分五分か前者大なりか、そんなところか。例外は全て知っている沖田さんだけ。


「俺の家は転勤族で、転校も珍しいものじゃなかったし、そのうち来るだろうとは思ってました。短い間でしたが、このクラスで過ごせて楽しかったです。ありがとうございました」


 これが俺の最後の言葉。転校する時の挨拶はいつもこの定型文だが、実は今回はほんの少しだが違っていた。


 ――このクラスで過ごせて楽しかったです。


 いつもならこの言葉は言わない。今までは毎日のように自分の中に虚ろを感じていた。それは遠柳高校ここでもあった。だがこの学校で、このクラスで過ごした今日までの日々を顧みても、そんな自分を忘れられる、ちゃんと楽しいと思える時間が確かにあった。だから俺は「楽しかった」と、そう言うことができた。


 これで本当に終わり。…………と、思っていた。




「先生。少しお時間、いいですか?」




 そう手を挙げたのは、邦依田さんだった。

 俺も先生も、予想外の出来事に面食らい一瞬だが呆けてしまう。


「え、えぇ。どうぞ、邦依田さん」

「ありがとうございます」


 邦依田さんは立ち上がると後ろを向いて……ひとこと。


「沖田さん」

(……えっ?)


 呼ばれた沖田さんは、静かに立ち上がり前へと歩き出す。その道すがらで邦依田さんから紙袋を受け取る。

 そしていまだ状況が掴めないでいる俺の前まで来て、立ち止まった。隣には正方形の恐らく色紙を両手で持つ邦依田さんも控えている。


「……これ」


 赤い顔を俯かせ両手で持った白の紙袋を俺へと差し出し、ただそう言った。

 それを受け取って中を覗き、中身を認識してから取り出す。全貌を見せたのは、木を編んで作られたカゴに入った花束だった。いや、ただの花束ではない。


「これって……造花?」

「そう。生花の方がいいっていう意見もあったんだけど、造花の方が長くもつだろうからって造花にしたんだ」


 答えてくれた邦依田さんは、それからと加えて手に持っていた色紙と、その裏(表?)に隠れていた小さな細長い箱も一緒に差し出す。

 色紙には環状に、クラス全員分のメッセージが書かれていた。一部関わりの薄い生徒なんかは「転校先でも頑張ってね」みたいな当たり障りのない定型文だが、言葉ひとつ、書き方ひとつ取ってもそれぞれの性格が垣間見える。


「こっちの箱はボールペン。花を買った余りで買ったんだけど、5色あるちょっといいペンなんだよ」


 そう教えてくれるが、箱の方は包装されているので中身は見えない。いや、見えないから教えてくれたのか。

 ……だが、そうじゃない。今問うべきはそこではない。


「……どうして?」


 どうして皆が、俺の転校のことを知っているのか。当たり前だが俺は転校についてひと言たりと話していないし、口を滑らせるなんてこともなかった。最も考えられるのは……先生か?

 だが俺の推測は、次のひと言で否定された。


「実はね……沖田さんが、教えてくれたんだ」

「沖田さんが……?」


 あまりに予想外すぎる名前だ。一番あり得ないと思っていた……否、そうだなんて考えすらしなかった。だってそれはつまり、沖田さんから皆に……


「そっ。織宮が転校するから何かしたいってな」


 そう茶々を入れるように言う五十谷は、さっきまでの動揺はどこへやら。今は飄々と腕を頭の後ろで組んでいる。柿ノ江さんたち一部からも肯定の言葉が聞こえる。

 教室を見渡しても五十谷の言葉が真実であると、クラスメイトたちの表情が物語っていた。ただし先生は知らされていなかったようだが。


「まったく……あなたたちサプライズは結構だけど、先生にも伝えてちょうだい。何事かと思ったじゃない」

「へへっ。すいませーん」


 そうは言うが、先生も本気で叱っているわけではない様子。声音から、仕方ないなぁと言った心の声が聞こえてきそうだ。


 でもこれで、沖田さんが自分からクラスメイトと、他者と関わったことがはっきりした。


「沖田さん、どうして?」


 気が付けば俺は、クラスメイトの注目をまとめて集めていることも忘れてそう言葉にしていた。


「きっと、教えてないんだろうなって思ってた。でもそれじゃあ……そのままじゃ、寂しいから」


 もう幾度となく繰り返してきた転校。何度も何度も何度も何度も、何度もヨロシクとサヨナラを繰り返して、それ自体に俺はもう何も意味を見出さなくなった。寂しいなんて感情さえ。

 でも……そうだな。この学校での生活が終わると知った時、知ってから、よくここで過ごした時間を思い返すようになった。懐かしむようになった。

 それら全部、寂しさから来ていたものなのかもしれない。


(そっか……俺、思ったよりここでの時間気に入ってたんだな)


 どうやらここでの思い出は、どうあっても忘れられないようだ。




 あと……もう一度言うが、俺が今立っているのは教室の最前で、クラスメイトの注目を全て集める場所。つまり教室にいる全員の目、耳、意識は今俺たちに向いている。

 まぁ……要するに、だ。3バカを筆頭にクラスメイトたちにそりゃあもう盛大に揶揄われたのは、言うまでもないことだった。


 その時沖田さんは、俺以外の誰にも見えないように薄らと頬を赤く染めていた。……いや、角度的に邦依田さんには見えていたんじゃないだろうか。それでも、人前であることが関係しているのかはわからないが、相変わらず表情だけはピクリとも動いていなかった。

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