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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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64話 織宮悠灯、復活

 翌日。火曜日。

 転校の日まで今日を含めてあと12日。

 目覚めは良好、体調も完全に快復した。実に二日ぶりの清々しい朝だ。


「おお悠灯、おはよう」

「おはよう」


 居間に入ると父と母が出迎えてくれる。


「おはよう」


 言ってて声に固さがないのが実感できる。

 昨日の夜、父が帰ってきてから沖田さんに転校のことを伝えたことを話した。父は安心したように「そうか」とだけ。母は笑いながら俺の頭を髪がくしゃくしゃになるまで撫でた。その時ばかりは俺も何も言わず、髪の心配もそっちのけにされるがままでいた。


 いつも通り変わらない朝だ。朝食を取って、学校へ行く準備をして、登校する。

 教室に入ると、うるさい3人組のご登場だ。


「おお、織宮! 来たか!」

「もうだいじょーぶなのか!?」

「どーせ文化祭ではしゃぎすぎたんだろ~?」


 五十谷、成田、芽野のウザ絡みも今となってはもう慣れた。まぁその慣れもじきに意味を失くすわけだが。


「ああ、もう元気だよ。あと芽野、お前らと一緒にするな」

「あっ、ひっでぇー!」

「でも残念だったなぁ!」

「俺らは熱出してねぇから織宮の負けだぜ!」


 まったく、一体何が負けなんだか……


「それはお前らがバk……いや、なんでもない」

「ちょっと待てお前今バカって言おうとしただろ!」

「なんだ、わかってんじゃん」

「「「ぬがぁぁーー!!」」」


 ぬがーとか言ってる3人を放置して自分の席に向かう。道中で柿ノ江さんが笑いながら「織宮くんもあいつらの扱い方がわかってきたわね」とか言ってるのが聞こえた気がしたがスルーすることにした。


「おはよう、織宮くん」


 席に着くと、邦依田さんが歩いて机の前まで来た。


「沖田さんのこと、大丈夫……だったの?」

「沖田さん?」


 心配そうに、邦依田さんがそう訊いてくる。


「文化祭の2日目にね。仁菜ちゃんから料理部に織宮くんと沖田さんが来たって聞いて、安心したんだ。でも……昨日織宮くんが学校休んで、沖田さんも少し様子が変だったから、何かあったのかなって」

「ごめん邦依田さん、うまく話が飲み込めないんだけど……安心って?」


 確かに邦依田さんとは料理部に行く約束をしたが、それに対して「安心」という言葉を使うのは何か引っかかる。声音からしても何か深刻そうな感じがしてならない。


「あっ、そっか……ごめんね」


 俺が言ったからか、邦依田さんは何かに気づいた様子だ。


「私と知春先輩ね、2日目のお昼に沖田さんと会ったんだ」


 その言葉で、俺は全てを察した。そう言えばあの日、沖田さんが「知春さんに言われて」と言っていた。屋上を飛び出してしまった後、ふたりと話していたということか。


「だから、料理部にふたりで来たって聞いたから、ちゃんと話ができたんだって思ったの」


 それで「安心」というわけか。


「大丈夫だよ……もう、大丈夫」


 そう。もう大丈夫。

 つらさも悲しさも胸の内に収まっている。でも一緒に、彼女との誓いもここにある。


「そっか。なら、よかったよ」


 邦依田さんはそう言い、穏やかな笑みを浮かべてから去っていった。

 ……邦依田さんと桜木先輩には感謝してもしきれないな。


「おはよう」


 偶然か、それとも邦依田さんの意図か、まるで入れ替わりのように傍に沖田さんが立っていた。


「おはよう。沖田さん」


 その顔を見るだけで、自然と笑みが零れる。

 最近はいつも交わしていたのに、挨拶さえたった二日でやたらと久しく感じる。

 このひと言で朝は終わり。それがいつからかの恒例。


 こうして再び、「その日」までのカウントダウンがその針を刻み始めた。




 ◆◇◆◇




 昼休み。俺は担任の先生に呼び出されて職員室に来ていた。

 沖田さんには先に屋上に行ってもらっている。


「先生。話って、やっぱり……」

「ええ。あなたの親御さんから電話があったわ。転校について」


 予想通り。


「口止め、されてたんじゃないですか? うちの親に」

「そう。本当はもう少し前から報告があったんだけどね。あなたにも言わないでほしいって。クラスの子たちはともかく当人のあなたにまでって言うのは疑問に思ったけれど」


 それは父さんたちが俺に漏れるのを恐れたからだ。転校の手続きはしなければならない、でも俺には隠したかった。そして今朝、その理由がなくなったから改めて連絡が行ったということか。

 でもまぁ……そこまで先生に話す必要もないだろう。


「先生、ひとつお願いが」

「うん。何かな?」

「転校のこと、クラスの皆には内緒にしててほしいんです」


 だから、クラスメイトたちに話す必要もない。


「どうしてか、訊いてもいい?」

「ただの……個人的な都合です」


 何も今回に限ったことじゃない。小学の途中まではいつも教室で「織宮くんがいついつ転校することになりました」云々を先生が俺を伴ってクラスメイトの前で報告していた。

 そうすれば何が起こるか。

 大体近日中にお別れ会なるものが行われたり、なくても最終日に贈り物をもらったりした。最初の方こそ嬉しかったが、数を重ねれば次第にそれも感じなくなり果てには申し訳なさまで湧いてくるようになった。だから高学年くらいから先生にこうしてクラスメイトに言わないよう頼むようになった。たかだか数ヵ月同じ教室で過ごしただけの転校生にわざわざ気を使って贈り物をすることもない。そう考えるようになった。


「わかった。クラスの子たちには当日まで言わないでおくわ」


 先生は、あまりいい顔はしないものの承諾してくれた。


「ありがとうございます」

「このこと、誰か知ってる人はいるの?」

「……はい。ひとり、います」

「そう……。短い間だったけど、向こうに行っても元気でね」

「はい。……失礼します」


 先生との話を終えて職員室を一歩出ると、なんとなく寂寥感のようなものが込み上げてくる。

 この遠柳高校での時間は、沖田さんの存在抜きにしても、今までより楽しい学校生活になったと思う。桜木先輩や邦依田さん、五十谷たち3バカ。深く関わってきた人たちとの時間は間違いなく濃密だった。


「ついに終わり……か」


 誰にも聞こえない程度の声でひとり言ち、教室には戻らず沖田さんの待つ屋上へと向かった。

 あと2週間足らず。沖田さんとの時間をコンマ1秒たりとも無駄にしない。最後の瞬間に笑っていられるように。




 ◆◇◆◇




 授業が全て終わり、終礼前に俺は一本、依頼というかお願いのメールをした。

 ちょうどスマホを見ていたのか返信は間もなく来て、いい返事をもらうことができた。


「それじゃあ皆。気をつけて帰ってね」


 そして終礼も連絡事項を伝えられたくらいで恙なく終わった。昼休みに言った通り、先生は俺の転校について一切触れないでくれた。


(……うん。そうだ、これでいい)


 挨拶を終えると、皆各々の行動に移る。五十谷たちなんかは部活があるからと、残って喋る間もなく我先にとばかりに教室を出ていったがこれももう見慣れた光景だ。


「沖田さん。今日は屋上じゃなくて行きたいところがあるんだけど、いいかな」


 帰り支度をする沖田さんにそう言ったところ、


「うん」


 と、いつも通りの短い肯定が返ってきた。

 学校を出て、途中からいつもの帰路を外れても、沖田さんは何も言わずについてきてくれた。


「ここ?」

「そう。喫茶店」


 沖田さんを先導して中に入ると、「いらっしゃいませー」と店員の元気な声が耳に届いた。

 案内に来た店員に待ち合わせである旨を伝える。


「織宮くんっ、こっちだよ」


 4人席のひとつに座っていたその人――桜木先輩はこちらに手を振ってくれた。だが沖田さんを認めて、驚いた表情になる。


「……知春さん?」


 それは沖田さんの方も同様のようだ。まぁ、ふたりともお互いがいるって知らなかったからな。というか言わなかったからな。

 俺たちは先輩の待つ席へと向かう。


「まずは、ありがとうございます。来ていただいて」

「うん。……取り敢えずは、おめでとうって言った方がいいのかな?」


 桜木先輩は並んで立つ俺たちを交互に見て、含み笑いを浮かべてそう言う。

 それで察さないわけがなく、自然と気恥ずかしくなるのは抑制できない。


「……邦依田さんから聞きました。その節は、ありがとうございました」

「はははっ。いいよそんな畏まらなくて。取り敢えず座りなよ」


 ……間違いなくからかわれたな、コレ。

 俺と沖田さんは桜木先輩の対面の席に腰を下ろす。喫茶店に入って何も頼まないのもどうかと思うので俺と沖田さんはともにウーロン茶を注文した。


「耀弥ちゃんも、ちゃんと伝えられたんだね……」

「……ん。私も、ありがとう……」


 ふたりが会話しているのを見るのは初めてだ。というか、ふたりが一緒にいるの自体初めて見たな。

 俺でもわかる。ふたりの間には引け目もわだかまりも感じられない。


「それで……話って何かな?」


 注文が届いた後、改まって姿勢を正す先輩は俺に体ごと向けてそう尋ねる。

 俺は少し間を開け、


「俺、転校することになりました」


 今日この場を設けた理由――本題を口にした。


「耀弥ちゃんがそっち側にいるってことは、知ってたんだね」

「ん。昨日、聞いた」


 思ったよりと言うべきか、やはりと言うべきか、先輩は落ち着いた様子だ。


「あんまり驚かないんですね」

「まぁね。いつかは来るんだろうなって、思ってたからね」


 それに、と先輩は付け加え、


「それを聞いて私自身がどう思うかっていうのは、正直心配してなかったんだ。ほら、私たちの関係ってさ、多少親交は深いものの基本的には耀弥ちゃんで繋がった『先輩後輩』じゃない?」


 言われてみればそうだ。俺たちは沖田さんという共通の存在に、大げさに言えば引き寄せられた。だが逆に言えば、それだけ。


「だからまぁ、冷たい言い方にはなっちゃうけど……仕方ない。これに尽きちゃうのかな。キミには感謝してるし、残念だとも思ってるけどね」


 確かに、見方によれば冷たいだろう。去る多少なりとも近しい相手を目の前に「仕方ない」と告げるのだから。だがそれでもなお、俺はそうは思わない。

 俺たちの関係は相談して、相談に乗って。背中を押して、背中を押されて。でも他に絡みはない……浅くもなく深くもない、そんな些細な先輩後輩。


「今はただ、キミの隣に座る耀弥ちゃんを見れて……心底安心、かな」


 だから、今目の前にいる先輩の姿が「織宮悠灯の先輩」ではなく「沖田耀弥のお姉さん」であって本当によかったと、心の髄からそう思えた。

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