65話 恋人への贈り物を買いに行くミッション
『もしもし?』
「瀬良、俺だ」
転校まであと1週間と少しの頃のある夜、俺は瀬良に電話をした。
『どうした、ユウ?』
「ちょっと、報告したいことがあってな」
『ほーぅ。わざわざ電話してくるってことは、イイ知らせなんだろうな』
相変わらず察しの良いことで。
「あぁ、半分な」
『じゃ、イイ方から聞こうか』
どうやら、前置きのひとつもさせてくれないらしい。俺は言われた通り、いい方から報告した。
「前に友達ができたって言っただろ? その子と、付き合うことになった」
『……まさか、惚気るために電話してきたのか?』
「お前……どの口で言ってんだ」
わざわざこっちまで来てド正面で直接言ってきたお前よりはマシだと言いたい。
『はははっ、冗談冗談。でもまぁ、そっか……ユウに恋人か……』
盛大に笑った後にそう呟く瀬良。
……お前は親か。急にしんみりした空気に入るのはやめてほしい。感情の緩急が激しいというかなんというか……相変わらず掴めない奴だ。
『これで晴れて、オレはユウの唯一の友達に戻ったわけだ』
そして、数秒のしんみりした雰囲気から一瞬で軽い口調に戻った。相変わらず緩急がえげつないやつだ。
「そういうことになる……かもな」
まぁ確かに、間違ってはいない。友達と恋人は明確に違うからな。これで俺は改めて友達がひとりになったということか。
ニシシと、電話の向こうでそんな風に笑っている顔が目に浮かぶ。
『それで? もう半分の不正解の方はなんなんだ?』
またしても、急な話題転換とともに調子を変えてくる。今度は変に茶化すつもりもないようだ。
「また、転校することになった」
正直、これが原因でさっきの報告が今日までずれ込んだのだ。とても「付き合い始めた」なんて言える精神状態ではなかったからな。
さて、こっちの報告の反応は……
『……そうか』
「あんまり、驚かないんだな」
『まぁ今更っちゃ今更だからな。それに、いつもならそんな報告しないのに今回だけわざわざオレに伝えたってことは、その彼女への報告の件も決着はついてるんだろう?』
ポンポンとさも当たり前のように言葉を返してくる瀬良に、俺は呆れて思わず溜め息を漏らした。
「ったく……なんでそんなに察しがいいんだよ」
『おっ、ビンゴだったか?』
「概ねな」
『ん? 煮え切らないな。まだ何かあるのか?』
「決着がついたというより、つけてもらったの方が正しいな。彼女がいなかったら、今こうやってお前とも話せてない」
そうだ。あの日沖田さんが来てくれていなければ、もしかしたら今もひとりウジウジと悩み続けていたかもしれない。
「俺は、周りに助けてもらってばっかだよ……」
沖田さんに瀬良、桜木先輩や邦依田さん、そして両親。……そういえば五十谷の言葉にも助けられたっけか。
俺の人生にここまで多くの人が存在するのは、初めてかもしれない。
『安心しろ。完璧超人でもない限り、誰かの助けなしで生きていける人間なんかいねぇよ』
「はは……なんだよそれ」
『そんでもって、オレの持論ではこの世に完璧超人は存在しない!』
つまりは、この世に誰の助けも必要としない人間はいないということか。まぁ、違いないな。
『助けてもらってばかり、結構じゃねぇか。オレとしてはお前に頼られるなら大歓迎だぜ』
こいつはまた、恥ずかしげもなくキザいことを言ってくれる。でもそれが、こいつのいいところってことか。
ありがとよと、俺はそれだけ瀬良に伝えた。
そうだ。助言を頂きたいことがもう一件あったのだ。
「なぁ瀬良。引っ越しの日、彼女に何か贈り物ができたらって思ってるんだけど……何がいいと思う?」
俺がそう言えばと尋ねると、しばらく反応が途絶えた後、盛大な、さっきの俺よりも大きな溜め息がスマホの奥から聞こえた。そして――
『なぁユウよ。顔も名前も知らない人への贈り物に、俺がアドバイスできると思うか?』
呆れをたっっっぷりと含ませた声でそう言った。
「まぁ…………無理だな」
……確かに、もし瀬良に「彼女に何か贈り物したいんだけど何がいいと思う?」と訊かれても、俺は瀬良の彼女に関して顔も名前も、どういう人なのかもわからない。そんな相手に何贈るといいかなんてわかりようがないか。
『そういうこった。自分で考えろ、彼氏さんよ』
瀬良はそれだけ残し、じゃあなと電話を切ってしまった。
「さて、どうしたものか……」
電話が切れた後も、俺はしばらく沖田さんへの贈り物について頭を悩ませていた。実は数日前からずっと考えているのだが、コレだというアイデアが浮かばない。
別に今生の別れになるわけでもないし、するつもりも毛頭ないけれど、俺を思い出してもらえるような何か、形に残る何かを贈りたい。それを俺だと思って……というわけではないが。
「って言っても……ダメだ。なんも思いつかねぇ……」
誰かにものをあげるという経験が著しく少ない俺にはそもそもセンスというものがない。水族館に行った時はそれそのものが思い出と結びついていたからクラゲとイニシャルのキーホルダーという選択肢ができた。
だが今回はマジで何あげたらいいのかわからない。
だから瀬良を頼れないとわかった今、早々に文明の利器に頼ってみた。
(贈り物、異性、検索っと)
そんなニュアンスのキーワードを片っ端から叩き込み、どこかの誰かが書いたまとめサイトから質問投稿サイトまで、目につく限り目を通していった。
それを夕飯を食べ終えた後も続け、日も変わろうかという頃。ある店を見つけた。
「オーダーメイド……レジンアクセサリー……?」
気になって覗いてみると、「Pastelregina」という名前の個人経営のアクセサリーショップだった。
正直詳しい部分は分からなかったが、なんでもレジン液という材料(?)を使って花や貝殻なんかを閉じ込めてアクセサリーを作る……というものらしい。……難しいな。
「でも要は、オーダーメイドのアクセサリーを作ってくれるってことだよな」
アクセサリーという選択肢はネットにも転がっていたし、もともと俺の中にもあった。
もう少し見てみると、店頭で直接相談もできるらしい。
「肝心の場所は……」
ホームページの所在地リンクから地図に飛んで確認すると、幸いにも電車で数駅ほどの場所だった。多分位置情報から比較的近場でヒットしたんだろう。
サイトに張られている完成品の参考画像を追っていく。ネックレスやイヤリング、髪留めなど、アクセサリーの種類や形から閉じ込めるものまで様々だ。
(……いいかもな)
例えるなら、筋道も選択肢も漠然とした謎の中に突然解を放り込まれ、そしてそれが正解であると理由もなく確信できるような、そんな感覚。俺は自然と、これしかないと思っていた。
◆◇◆◇
そんなわけで土曜日。家から一番近い駅から電車に揺られて20分ほどの町に、俺は足を運んでいた。
実に沖田さんと水族館に行って以来の遠出だ。この程度で何が遠出かと思うかもしれないが、学校も徒歩圏内でプライベートでもあまり外出する機会のない俺にとっては十分遠出だ。
俺はこれから沖田さんへの贈り物を求めて「Pastelregina」へと向かうところだ。
「確か次の交差点を右で、ふたつ目の交差点……いや信号を左に曲がって、後はひたすらまっすぐ……」
見慣れない町を記憶した道筋を頼りに店を目指す。道に迷えばスマホもあるし、この文明の発達した時代に迷子になることはそうない。
特にこれといった問題もなく、十数分ほどで目的の場所へと辿り着くことができた。
「ここ、だよな」
看板にはお洒落なフォントで「Pastelregina」の文字が。外観もそれに負けず劣らず、白基調の建物がスタイリッシュな雰囲気を醸し出している。
こういう場所に来るのは初めてだし、ひとりで入ることに若干の気恥ずかしさと緊張を覚えつつも、ここまで来たのだからとガラス張りの扉を押して店内へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
中に入ると、想像通りと言うべきか20代から30代くらいの女性店員が数人立っていた。
フロアには中央に幾つものアクセサリー類が陳列されており、奥のカウンターには二組ほどの女性客が何やら店員と話し込んでいた。
(なんとも場違い感が半端ないな……)
決して広くはない空間に、男は俺ひとりだけ。自分の意思で来たとはいえ、居心地がいいとは言えない――なんて、いつまでもウジウジしていても何も始まらない。
ひと通り見回した後、勝手がわからないので店員が待機しているカウンターのひとつに向かう。
「すみません」
「はい」
「オーダーメイドをお願いしたいんですが、可能でしょうか」
声が固いなーとか思いつつも低姿勢で今日の目的を伝える。
「はい、大丈夫ですよ。どうぞお掛けください」
店員さんはマニュアル笑顔(多分)で応対してくれた。左胸の名札には「宮登」と書かれている。
俺はひとまず作ってもらえることに安堵して心の中でひと息つき、促されるまま椅子に座る。
「ではまず、お客様に決めていただくのは大きく分けてふたつ。どのようなアクセサリーにするか、封入物……どんなものを使ってアクセサリーを飾り付けるかです」
人差し指と中指を順に立てて説明する宮登さん。非常にわかりやすい。
「何かこういう風にしたい、こういうものを作りたいなど、具体的なイメージはありますか?」
「えっと……恋人にプレゼントをしたいんですけど、イマイチどんなものにしたらいいのかわからなくて……」
俺が自信なさげにそう言うと、宮登さんは少し考える仕草を見せた。スミマセン、情けなくて……
「そうですね……でしたら、その方がどのような方か教えてもらっても構いませんか?」
「……どんな、ですか?」
「はい。普段どんな服を着ているかとか、どんなアクセサリーを身につけているかとか、その方の性格など抽象的なものでも構いません」
宮登さんにそう言われて頭の中で沖田さんを思い浮かべる。
沖田さんの家、サクラモール、水族館。それぞれで見た彼女の服装を順に脳内再生していく。化粧はしていなかったけど、部屋着ひとつ取っても女の子らしさと言うか可愛らしさと言うか、少なくとも無頓着というわけではなく気を遣っている感じはあった。そして彼女の性格は……
「物静かな子で、お洒落が好きっていうわけではないと思います。あと、あんまり派手な格好は好きじゃないかと。何か装飾品を付けてるとこも、見たことないです」
嘘は言っていない。ちょっと物静かのレベルが言葉以上なだけであとは言った通り……のはずだ。
「でしたら、封入物は石やビーズ類などで彩りを付け過ぎない方がいいかもしれません。あまり華美にならないよう何か一種類に絞ってシンプルにするのはどうでしょう」
凄い。いろんなアイデアが次々出てくる。これがプロというやつか。
その後も宮登さんに出してもらったアイデアから自分なりにどんなものがいいか考えて、アクセサリーは球状の飾りが付いたヘアゴム、封入物は花にすることにした。
ヘアゴムにしたのはネックレスやイヤリングを着けている沖田さんが想像できなかったのと、髪を伸ばした彼女にちょうどいいと思ったからだ。
「封入物の花ですが、ドライフラワーと造花の2種類がございますがどちらに致しましょう?」
ドライフラワーって、確か花を乾燥させて長持ちするようにしたやつだよな。
本物の花を使うか、造り物の花でもより寿命の長い方を取るか……
「ドライフラワーって、どれくらい持つんでしょうか」
「花の色素や封入の手法など様々な要因で変わってきますが、当店でしたら最短でも5年は持たせることが出来ますよ」
おお。最短で5年ってことは結構持つな……多分。よく知らないから基準が分からないけど、少なくとも俺たちが成人するまでは持つってことか。
宮登さん曰く、時間経過による色褪せがいい味を出すこともあるそうだ。
「じゃあ、ドライフラワーにします」
「はい。かしこまりました」
せっかくの機会だ。自分の直感の赴くままいってみようではないか。
「それでは最後に、アクセサリーに入れる花を選んでいただきます」
そう言って宮登さんはノートほどの厚さの冊子を取り出し、俺の前に置いた。表紙には筆記体で「Flower List」と書いてある。
「この中から選ぶんですか?」
開いてみると、片面1ページにつき2種類の花が写真付きでリストアップされていた。分かりやすくするためか、実物の写真とアクセサリになった時の写真が載っていた。
一般的な学習用ノートが30ページだとすると、大体120種類の花がここにあるということだ。花の知識がほとんどない俺からしたら多いなんてものではない。
「そうですね……」
俺から一度冊子を受け取りページを捲っていく宮登さん。
「こちらのページから後ろはヘアゴムの飾りに使うには花弁が大きすぎると思われますので、これ以前のページからお選びください」
やがて冊子の半分辺りのページを開いてこちらに見せ、そう言った。これで選択肢は大分減ったが、これでもまだ半分はある。
ページを捲りながら決めあぐねていると、ふとひとつの項目が目に入った。
(花言葉……)
誰かに花を贈る時、花言葉が選定の基準になることはよく聞く話。誰が何を想い何を目的に決めたのかは知らないが、少なくとも花に込められた言葉には意味が、理由があったのだろう。そうでなければこんなに広く認識されることはない。
(俺が沖田さんに贈る言葉……贈る花……)
ひたすらにページを捲り、俺が望む言葉を、俺が求める花言葉を探す。
伝わらなくてもいい。気づかれなくてもいい。自己満足でもいい……俺の想いを込められるなら。
(……っ……あった)
去る俺から、残す大切な人へ贈る言葉。それは――




