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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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52話 耀弥と純乃の文化祭・後

 手芸部の賑わいを去った耀弥と純乃は、文化祭の賑わいに戻ってきた。


「どうだった? 手芸部」

「……どう?」

「うん。楽しかったとか、いい買い物が出来たとか、緑川さんが賑やかで、その……ちょっと騒がしかった、とか」


 さしもの純乃も緑川につては若干言いにくそうに言葉を選んでいた。純乃がそう感じるまでに緑川の熱量は強烈だったのだろう。

 あの時間を耀弥はどう思い、どう感じていたのか。あの空間にいて耀弥はほとんど言葉を発していない。悠灯に助言をもらい、連れていったあの場所はちゃんと耀弥の中に残っただろうか。

 そんな風に思うくらいには、純乃は自信がなかった。


「……楽しかった、かは、わからない。でも、多分……」

「多分……?」


 その先は、続かなかった。耀弥が何を言わんとしていたのか純乃にはわからなかったが、なんとなく悪い印象は持ってないように思えた。

 耀弥なら忌避しそうな賑やかさだっただろう。いや、それでも耀弥ならなんら気にしなかったかもしれない。でも今日はそうじゃないと思えた。


(今日は、『別に』って言わなかった)


 いつもの耀弥ならさっきの純乃の問いかけにもきっとそれだけで済ませていただろう。

 ほとんどのことに興味を持たず、滅多なことでは心を動かされない。

 その興味のあることだったから「別に」では終わらなかったのだろうか。手芸自体に興味があったから、同じ趣味を持つ緑川のテンションに良くか悪くか少しでも心が動いたのだろうか。


 だとしたら、きっとそれも、今こうして自分と一緒に時間を過ごしていることも、耀弥と悠灯がこの学校で出会ったから。


(敵わないなぁ、織宮くんには)


 織宮悠灯というひとりの転校生が、耀弥を、純乃を変え、動かした。

 つながりを運んでくれたことに感謝すべきか、自分にはできなかったことをしてのけたことに妬くべきか。

 純乃はなんとなく感情の行き場に困った。


「……どこ、行くの?」

「へっ?」


 不意打ちだった。驚いて思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 これまで話を振るのはいつも純乃からだっただけに、耀弥の方から来るとは思っていなかったのだ。

 耀弥から誰かに話かけるときは決まって最低限の事務連絡だった。だから、「どこ行くの?」……そんな言葉でさえ純乃にとっては確かな進歩だった。


 気を取り直して、純乃はこれから連れていこうとしている場所を伝える。


「3年4組だよ」


 目的地は、知春のいるクラスだった。




 ◆◇◆◇




「おっ、知春来た来た」

「ちーちゃーん待ってたよー!」


 悠灯と話したのち、教室に戻ってきた知春をエプロンを纏った楓と瑠璃奈が出迎える。


「用事は済んだの?」

「うん。ごめんね、迷惑かけて」

「何言ってんの。こんなもん迷惑のうちに入んないわよ。それより、早く着替えてきな」


 知春が抜けていたことに対して一切お咎めなしのクラスメイトたち。あまりの気にしなさに知春は逆に申し訳なくなってくる。

 いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、手早く着替えを済ませる。


「遅れた分も取り戻さないとね。まぁ、ホールなんだけど」


 気合を入れる意味も込めて、両手を前に伸ばしストレッチの要領で伸びをする。

 他のメンバーより少し遅れて足を踏み入れたホールは、結構な賑わいを見せていた。知春の予想以上に繁盛しているようで、張り切って準備した甲斐があったと嬉しくなり、同時に身も心も引き締まる。


 3年4組の出し物はパスタ屋だ。基本的にはスパゲティと、ペンネなどのショートパスタが数品。

 提案者は意外にも料理上手な瑠璃奈で、本人曰く、「お昼ご飯はしっかり食べなきゃダメ!」とのこと。なぜ飲食系をやること前提だったのかは置いといて、結果的に比較的簡単で種類もそこそこあるパスタ屋になった。

 瑠璃奈は言わずもがな調理担当で、楓も同様。知春は、本人は調理希望だったが、クラス全員の「これ以上働きすぎんでくだせぇ!」といった請いの声とかなり本気の圧力によって接客(ホール)担当に落ち着いた。


「楓、持っていくものある?」

「おう、あるよー。このふたつ5番に持ってってねー」


 楓から皿を受け取ると、その片方に違和感を覚えた。というか、もう一方と比べるまでもなく明らかに冷たい。


「これって、冷製?」

「うん。瑠璃奈が一応入れとけって言ってたの。珍しいよねこんな時期に、今のところこの一皿だけだよ」


 確かに、もう秋も終わりに近いこの時期にわざわざ冷製パスタなんて物好きもいたものである。

 変わった人もいるんだなーと思いつつ知春は料理を運ぶ。教室の隅にある5番テーブルが近づくと、知春はそこに座る見覚えのある人影を見た。




 ◆◇◆◇




「いらっしゃいませー!」


 3年4組に到着したふたりが教室に入ると相変わらず元気な文化祭の歓迎が待っていたが、ついさっき緑川のアレを目の当たりにしていたのでなんだかかわいく感じた。主に純乃が。


「おふたり様ですねー。こちらへどうぞー」


 案内されたのは比較的隅の方にあるふたり席。卓上には既に袋に入ったプラスチックフォークが2本置いてあった。

 ふたりとも席に着くと受け取ったメニューを見る。数ページのメニュー表に写真付きで料理が載っている。


「私、このトマトクリームパスタで」

「トマトクリームパスタですね」


 接客係の女子生徒は飲食店の店員のように注文を繰り返し、手元の伝票に書き込む。


「私、これ」


 純乃の選んだものから2枚ページを捲って、耀弥が指を差したのは、


「レモンの冷製パスタ……こちら冷たいものとなっておりますが、よろしかったでしょうか?」

「……ん」

「……かしこまりました」


 女子生徒もまさか注文されるとは思ってもいなかった様子で、それならといった顔で伝票に書く。純乃も不思議そうな面持ちで耀弥を見ている。


「結構涼しいけど、冷たいのでよかったの?」

「……ん。いい」


 ふたりになったところで純乃は尋ねるも、反応も答えも変わらずだ。本人がいいならそれでいいかとそれ以上訊くのをやめた。


 それからはお世辞にも弾んだとは言えないものの、会話をしながら料理が来るのを待った。文化祭のこと、手芸のこと、この後のこと、明日のこと。

 そんな、どうしようもなほど拙く普通の時間……純乃は充実感、耀弥は友達になる少し前の悠灯といた時間と同じような感覚の中にいた。


 教室の中に幾つも鳴る靴音のその内のひとつが、ふたりの座る席のすぐ横で止んだ。


「耀弥ちゃん、純乃ちゃん。ふたりともいらっしゃい」


 両手に料理を持って立っていたのは、接客係用の服を身に纏った知春だった。


「知春先輩! お邪魔してます」


 いち早く気づいた純乃はらしく会釈付きで丁寧に、耀弥もまたらしく言葉はなくも小さく首を縦に振って返す。


「うん、来てくれてありがとう。こっちがトマトクリームパスタね」

「あ、私です」

「じゃあ……こっちが耀弥ちゃんか……」


 やはりと言うべきか、知春ももう片方の手の皿「レモンの冷製パスタ」を見て先ほどの女子生徒と同じような顔をしている。


「どうしてまたこんな時期に冷製パスタなの?」


 純乃、耀弥の順に品を置いていく知春。その間に本日3度目の問いかけが耀弥になされる。今回は前2人と比べて核心を突いたものだが。


「……特別だから」


 これまでとは違い、知春に対して耀弥は自分の心を素直に口にする。純乃と同じ、もう「別に」では終わらぬ関係。ふたりの間には深く大きい溝も、見えない壁も既になくなっていた。


 そして知春も純乃も耀弥の答えに、あぁ、と大方の察しがついた。

 あの耀弥が特別と言うのだ。

 十中八九、悠灯と関係しているのだろうと、ふたりの考えは一致した。そしてそれは見事に的を射ていることも、また事実だ。


 人は、関わる人でここまで変わり、人は、誰かをここまで変えることが出来るのかと、今と以前の両方の耀弥を知るふたりはそう思わずにはいられなかった。


「……そっか」


 だから知春も最低限の答えを得るとそれ以上深くは追求せず、「ごゆっくりどうぞ」とだけ残して仕事に戻った。


「それじゃあ、食べよっか」

「……ん」


 再びふたりに戻った耀弥と純乃は、少し遅めの昼食に入った。

 耀弥はすっと食べ始めたが、純乃はフォークを持ったまま、音もたてずにパスタを食べる耀弥を見ている。


「……?」


 視線を感じた、というか純乃の目が見えた耀弥は、一度手を止め視線を返す。


「ううん。今日は、私に付き合ってくれてありがとう、って言いたかっただけ」

「……うん」


 耀弥の返しに一層嬉しさが増した純乃は、より一層の笑顔を浮かべる。


「もちろん、この後も、ねっ!」




 この日が純乃にとって忘れられない一日になったことは、言うまでもないだろう。



 ――そして、耀弥にとっても。

一部登場人物に下の名前を付けました。

・柿ノ江→柿ノ江累華(るいか)

・須倉→須倉仁菜(にな)

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