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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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51話 耀弥と純乃の文化祭・前

 文化祭の1日目の午前の役割を終えた後、着替えを終えた耀弥は教室の前で像の如く静かに立っていた。前で組まれた手の指には白い巾着袋が引っかかっている。

 周囲に見向きもしない姿は、喧騒の中にあって喧騒の外にいる、といった風だ。


「沖田さんっ」


 そんなほぼ空気と化していた耀弥に、急いだ様子の純乃が駆け寄る。右手には耀弥と同様に巾着袋を持っている。


「待たせてごめんね。引継ぎにちょっと時間かかっちゃって」

「……大丈夫」


 遅れたことを謝る純乃と、相変わらずなんでもないといった風に返す耀弥。ちなみに耀弥は5分と待っていない。


「それじゃあ、行こっ!」

「……ん。……!」


 グイッと耀弥の手を引き、軽快な足取りで歩きだす純乃。


「今日は私に任せてね!」


 耀弥は引かれるままに純乃の後に続いた。




 ◆◇◆◇




 耀弥と純乃はどこに行こうかと話しながら並んで廊下を歩く。と言っても話しかけているのは純乃ばかりで耀弥は相槌を打つか短く返すばかりだが。


「ふふふっ」

「……?」


 少し遅い耀弥の歩調に合わせて歩く純乃は、思わず楽し気な笑みを零す。

 耀弥も珍しくそれに反応して僅かに顔を純乃の方へ向けた。


「ううん。嬉しいなぁ、って。こうやって沖田さんと一緒に文化祭を過ごせるなんて、少し前までは思ってもみなかったから」


 心の底から楽しんでいる、というのは耀弥にもわかった。自分といてこれだけ純粋に楽しんでいる人を見るのは初めてに思えた。

 というのも、悠灯はもちろんいつも不思議なほど楽し気にしているのだが、同時に緊張しているようにも見えた。

 最近だと、水族館に行ったときはどこか意気込んでいるような気を引き締めているような、そんな感じがした。まぁそれは悠灯が耀弥を楽しませることに気を向けていたことが理由だったのだが、耀弥はそれに気づいてはいなかった。


 耀弥が自分の手を引き先導する純乃を眺めていると、何かを思い出したように純乃が振り向いた。


「沖田さん。お昼の前に行きたい場所があるんだけど、いい?」

「……ん」


 純乃の提案に乗りふたりが足を運んだのは、多くの文化部の部室として使われている教室が並ぶ、第3棟。その1階にある被服室だ。

 入口の横に立てられた看板には「手芸部 部員制作物販売中!!! (ほぼ)全品200円」と書かれている。「(ほぼ)」の部分は小さく吹き出しになっていた。


「……手芸部?」

「沖田さんが手芸が趣味だって、織宮くんが教えてくれたんだ。興味あるかなって思って」

「……」


 純乃は反応が返ってこなくとも挫けることなく、耀弥を促して被服室のドアを開く。


「いぃらっっしゃいませぇーーー!!」


 溌溂すぎるほど溌溂とした大声がふたりを出迎えた。

 あまりの大きさに純乃も耀弥も硬直した。


「ようこそ! 我らが手芸部へーーーっ!!」


 盛大に両手を広げ「ドーン!」とか「バーン!」とかいう効果音が付きそうな様相で立っていたのは、前髪をカチューシャで上げ、縁なしのラウンド眼鏡をかけた女子生徒だった。


緑川(みどりかわ)うっさい!」


 先ほどの声よりも音量控えめに怒鳴る声の主は、腹立てた様子で教室の奥の会計場所に座る、アンダーフレームの眼鏡が知的に映える男子生徒だ。


「えーー。だって()昼になって()初の()客さんだよぉ、七木(ななき)っちー。さっきまですっからかんだった我が手芸部にヨーーヤク()客さんが()越しになったんだよー!」

「午前も何人か来ていただろう。嬉しいのはわかるがいちいち騒ぐなやかましい! あと七木っちと呼ぶなと何度言えばわかる!」


 やたらと頭の「お」を強調する独特な話し方とテンポの緑川と呼ばれた女子生徒は、これでもかという熱量で自らの弁を訴える。

 対して七木っちと呼ばれた男子生徒は心底呆れ果てた様子だ。ついでに呼び方の訂正も要求している。

 やーやーやいやい言い合いをする手芸部員ふたり。耀弥と純乃は客の立場にして完全に放置状態だ。


「えーっと……とても賑やかな部、ですね……」


 あまりの怒涛の勢いに気圧され話に入るのを躊躇っていた純乃は、なんだか悪いなぁと思いながらも声をかけてみる。


「はっ、そうだお客様忘れてた!」


 一瞬で我に返った緑川はわたわたとふたりの前に立ち直す。

 今回の「お」は普通だった。どうやら熱が入るとさっきのような独特な話し方になるらしい。


「ごめんなさいねー。ここ1時間お客さん全く来なかったもんでねー」

「い、いえ……」


 耀弥と純乃の手を握りブンブンブンブン上下に振る緑川。耀弥は無反応、純乃は何とも言えない苦笑いで返す。

 この人テンション高いなぁと、純乃の中で自然とどこかの3人組と重なった。


「それにしても……5組の邦依田さんと沖田さんじゃぁありませんか~。なかなか珍しい組み合わせだねぇ~」

「えっ、私たちのこと知ってるの?」

「ん? 知ってるよー。誰とも話さない沖田耀弥さんと、全部の試験で3位以内には絶対入ってる邦依田純乃さんだよね」


 緑川はそれぞれに裏返した手を向けて確認を取る。

 学年3位以内だとかそんな風に言われたことのなかった純乃はなんだか恥ずかしくなって若干顔が赤くなった。


「私は手芸部部長の緑川光沙(みさ)。あっちのインテリ眼鏡は副部長の七木継道(つぐみち)。どっちも2年1組だよ」


 わざわざ紹介しなくてもいいだろうに、と額に手を当てて溜め息をつく七木。インテリ眼鏡と呼ばれたのが癪に障り仏頂面で頭を下げる。


「自分も眼鏡で俺より頭いいくせに……」


 そんな呟きは3人の誰にも届かない。

 ちなみに緑川も七木も学年30位以内に入っているので普通に賢い部類である。


「ささっ、じゃんじゃん見てってね~」


 そんな七木の愚痴? を気にも留めず再び握手を交わす緑川は、実に軽い口調と足取りでふたりを中に促す。


 被服室は、普通の教室とは違う床に固定された大きな作業台が合計9台あり、そのうちの6台に商品であろう制作物が置いてある。


「手前3台が3年生、後ろの3台が1・2年生ね」


 耀弥と純乃はそれぞれ自由に見てまわることにした。

 それぞれの台には学年のプレートが置いてあり、1・2年生の区画は2年生1台、1年生2台に区切られている。


「2年が私たちしかいなくってねー。3年が引退したらヤバかったんだけど、1年生が3人も入ってくれたからなんとか廃部の危機を免れたのよー」


 訊いてもいないのに次々内部事情を話す緑川。それでも純乃は嫌な顔ひとつせず相槌を打ったり言葉を返したり、なんとも優しい対応だ。

 会計場に座って傍観に徹していた七木は、


「よくもまあぁ、あいつ相手にあそこまで付き合ってられるもんだ」


 などと純乃を称賛する始末だ。


「ちゅーても、七木っちは私が無理やり入部させたようなモンだけどねー」

「七木くんは入りたくて入ったんじゃないの?」


 緑川の捕捉に、少し意外といった顔で純乃が尋ねる。


「違う。1年の最初の試験で俺が負けたら手芸部に入るって勝負をして、そんで負けた」


 その答えは七木本人から返ってきた。

 具体的には、入学して間もない頃、部活に入るつもりのなかった七木を一緒に手芸部に入ってくれる人を探していた緑川がしつこく誘った。それが鬱陶しかった七木は、最初の試験の成績で緑川が勝てば七木が手芸部に入り、七木が勝てば金輪際必要以外で干渉しないという条件のもと勝負をした。その結果、緑川が勝利し七木は手芸部に入ったというわけだ。


「た、大変だったんだね……七木くん」

「やめてくれ。そいつを見た目で判断した俺の失態だ」


 この熱量で何度も何度も誘われる姿を想像して、純乃をしてさすがに同情を禁じ得なかった。


「ああやって悪態ついてるけど、七木っちあれで結構デキるんだよ。ほら、そのTシャツとかナップザックとか」


 そう言って緑川が指差す先には、ワンポイントの白い鳥のシルエットが刺繍でこさえられたTシャツや、パッチワークによって柄付けされたナップザックなど合計10点近くが「制作者 七木継道」と書かれたプレートとともに置いてあった。

 普通にクオリティの高い、とても手芸部への入部を渋っていたとは思えない出来だ。


「本当だ。私特別裁縫に詳しいわけじゃないけど、凄いってわかるよ」


 純乃の手放しの褒め言葉に、なんともむず痒い感覚になった七木は腕を組んで目を閉じた。若干赤くなって。


「ははっ。照れてや~んの~」

「ふんっ」


 緑川の茶化しにも相手にせんとばかりにそっぽを向く。

 そうやって視界を閉ざす七木の前で、何かを置く音がした。


「あ、悪い」


 なんだと目を開けて視線を向けると、会計台に商品を置いた耀弥が立っていた。

 というかいつの間にと、七木は驚きながらも思った。

 答えは単純。耀弥はさっきから3人の会話に一切耳を傾けず、黙々と教室内を見てまわっていたのだ。まぁ当然と言えば当然、耀弥が興味があるのは手芸部の制作物であって、手芸部自体には全く興味がない。内部事情などそれこそどうでもよかった。


「合計で900円です。袋はいりますか?」

「いらない」


 流れるようにポンポンと会計を終える。

 耀弥が買ったのは水色の巾着と革のブックカバーだ。


「よかったなー緑川。お前のブックカバー売れたぞ」


 そんなこと全く思ってなさそうな、というか伝える気もなさそうな棒読みだ。それでも緑川にはしっかりと響いたらしく、跳び上がる勢いで目を輝かせた。


「マ・ジ・で!? 最悪売れ残る覚悟で作った渾身のbookcoverが!? 制作費の都合上どぉーーーしても値段を上げざるを得なかったbookcoverが!? ウ・レ・タ・ノォ!?」

「ああ。そのブックカバーが売れた。今さっきな」


 緑川のおかしな話し方にはもはや反応すらしない。慣れている……というよりは諦めている様子だ。


「沖田ちゃん! ()ジ感謝()ジ感激だよ、まさかこんなに早く売れるとは思わなかったよぉ!!」


 一瞬で駆け寄ってきた緑川は、耀弥の手を両手で握りしめブンブンブンブンブンブンブンブン……今にも踊りだしそうだ。

 あまりの凄まじさに純乃も七木も若干引いている。いや、七木はもう普通に引いている。

 当の耀弥はただただされるがままだ。


「でも、革なんてすごいよね。沖田さんは革とか使ったことある?」

「……ない」

「いやぁー私も革なんか初めてだったもんだから失敗ばっかりだったんだよー。よーやっと上手いこといったんだけどなんせ他のよりダントツに高いからさー、売れるか心配だったんだよねー」

「まぁほとんど200円の中にひとつだけ700円だからな」


 ちなみに緑川のブックカバーを除いて1番高いのは3年生が作ったミニチュアのウサギだ。こちらは400円。午前に来た親子客により既に売れている。

 後は9割方200円だ。


「じゃあ、七木くん。私も会計お願いできるかな」


 気を取り直して、というかずっと機をうかがっていた純乃は手に持っていた物を会計台に置く。


「合計600円です。袋はいりますか?」

「いえ、大丈夫です」


 耀弥の時と同じようなテンポで会計を済ませる。

 純乃が買ったのは3年生の作品3点だ。


「それじゃあ、そろそろ行こっか。沖田さん」

「……ん」


 財布と買った物を巾着に仕舞い、耀弥に声をかける。


「まいどあり~~!」


 緑川の元気すぎる見送りを受け、ふたりは騒がしき被服室を後にした。


 なんだかとても長い時間を過ごしたように感じた純乃だった。

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