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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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45話 好きの代償

「家庭科部」を「料理部」に変更しました。

 食料品売り場で3人分の飲み物──500ミリリットルペットボトルのミルクティーとレモンティーと紅茶(ストレートティー)──を適当に選んで、レジ前に蔓延る長蛇の列の群れのまだマシな列に並ぶ。


(平日でこの長さって、休日はこれより酷いのか……)


 だからと言って、別にこの行列に腹立つわけではない。どうせ俺が早く戻ったところで母の話が早く終わるわけではないことは知っている。ならば順番が来るのをただただ無で穏やかにのんびりと待っていようじゃないか。


(というか、母さんが本当に用があるのは俺たちじゃなくて沖田さんだけだったんだろうな)


 でなければわざわざ時間があるか訊いといてその本人をパシリに使わせないだろう。

 それに、母は沖田さんと会うのが今日で3回目。もともと会う機会が少ないのだからこういう時に話しておきたいというのは、あの人なら頷ける。

 まぁ、沖田さんのおかげで買い物で迷う時間も省けたし、ある程度の時間は余裕がある。


(……ったく、一体なんの話をしているのやら)


 そうこう考えているうちに順番が回ってきたので、母からもらった1000円札で手早く会計を済ませる。ペットボトル3本だけなので袋は断った。多分エコバッグを持っていると思われたのかシールは貼られなかった。

 食料品売り場を後にし、取り敢えずふたりの居る場所へ戻る。目的地近くの柱に差し掛かった辺りで、長イスに座って話しているふたりの後ろ姿が見えた。


「…………終わるまで待ってるか」


 なんとなく今入っていかないほうがいい気がして、ふたりの様子が窺える位置で柱に背中を預けた。

 ただの直感だ。ぱっと見何もせず座っているだけのように見えるが、たまに顔を合わせたり片方が顔を向けたりとふたりの間に何らかのやり取りがあるのがわかる。……なんだかそれを邪魔してはいけない気がした。

 手元にある3本もの飲み物も飲む気はしなかった。


 することもなくぼーっとして、果たして何分が経っただろうか。近くに時計はないし、腕時計もしていない。制服のポケットの中にあるスマホを見ればすぐにわかるだろうが、それもしなかった。

 見る人が見れば変質者に見えるだろうか、ただただ無感情にふたりの背中を眺めていると、母が両手を上に伸ばして伸びをした。

 そろそろいいだろうと何分かぶりに足を動かす。


「おー悠灯。遅かったじゃん」

「自販機なかったから食料品売り場まで行ってたんだよ」


 嘘は言ってない。うん。


「あぁそう」


 訊いてきたクセにおざなりな反応だが、まぁわかっていたので別に気にしない。

 指でボトルの首丈部分を持った両手を差し出す。


「なんで全部紅茶?」


 俺の手から取ったレモンティーをまるで奇妙なものでも見るように眉間に皺を寄せて見つめながらのひと言。


「何を買ってこいとは言われてないぞ」

「買ってこいとは言ってないわよ」


 ……揚げ足取りめ。同じようなもんだろうに。

 何も返さずに視線を沖田さんに向ける。何かを鞄に仕舞っているようだった。


「沖田さん、どっちがいい?」

「……えっ?」


 顔を上げて疑問の声を漏らした沖田さんは、俺から継いで母に顔を向ける。母はそれに穏やかな笑みを浮かべながら頷く。


「……じゃあ」


 ストレートティーを選び、両手で抱えた。遠慮したのか好んで選んだのかはわからないが、なんだろう……予想通りだ。


「……」

「……」


 いつぶりだろうか、目が合ったまま無言が少し続く。今にもこめかみ辺りに汗を感じそうな気まずさだ。

 視線を外して逃げようとした時、それよりも若干早く沖田さんがペットボトルに意識を向け、そしてキャップを開けて紅茶を飲み始めた。

 ずっと意識を傾けていたせいか自然とその喉元に視線が吸い込まれる。紅茶が通るたびに静かに鳴り拍動する様を見ていると、無性に背徳感を煽られる。


(いやいや馬鹿か俺は……)


 如何ともし難い感情を誤魔化そうと何かないかと数瞬模索し、ちょうど左手に誰からも選ばれず残ったミルクティーを見つけた。

 未開封故に、キャップを回す手に手ごたえを感じる。最後にはくるくると滑らせながら開け、そのままひと口、ふた口、ゴクリと音を立てて飲む。


「甘ぇ……」


 しっかりと砂糖の効いたミルクティーは、予想を超えた甘さだった。




 ◆◇◆◇




 本当に俺には一切用事はなかったようで、母はレモンティーを物凄い勢いで飲み干すと、せっせかちゃっちゃか帰っていった。俺は完全にパシリ要員だったらしい。

 ……そういえば釣り銭返してないなぁ……パシリの対価として貰っとこうかな。よしそうしよう。パシリなのに得した気分だ…………メールだ。


『帰ったら金返せよ』


 ……見えてんのかよ。ってか心読んでんのかよ。あと命令形が超怖ぇ。

 まぁ取り敢えず今は置いておこう。それより俺たちも早めに戻ったほうがいいだろう。


「俺たちも戻ろっか」


 イスに置いていた買い物袋を持ち上げる。中身の残ったペットボトルは空いている左手に。

 俺たちは並んでサクラモールを後にした。



「ごめんね、うちの親が」

「……大丈夫」


 学校までの帰り道、行きよりも幾分か空が暗がり始めていた。9月のような残暑も感じられなくなり、季節は本格的に秋に入ったようだ。


「あの人と何の話してたの?」


 俺はただのその場の会話のつもりで訊いてみた。純粋な疑問と興味である。わざわざ俺を外させてまで母がした話とは何か。


「私の話」


 返ってきたのは簡潔で朧げな言葉。その言葉の核を捉えることはできなかったが、沖田さんはそれ以上何も言わなかった。


(沖田さんの話……)


 何を、どこまで話したのだろうか。沖田さんの過去は話したのだろうか。

 だとしたら、もしそうなのだとしたら、その理由は俺の親だから…………というだけ……? それだけで、そんな簡単に聞けてしまうのか……? いや、そもそも過去を話したと決まったわけじゃない。あの過去だけが沖田さんの全てじゃない。他の話だって可能性も十分にある………………ってか、


(嫉妬なんて、自分勝手もいいところだ)


 誰に何を話すか、誰とどう関わるかなんて、沖田さんの自由でそこに俺が口出しする道理はない。沖田さんを束縛する権利などありはしないし、そもそもそんなこと俺は望まない。少しでも心を開ける人が増えてほしいというのが本心だ。

 身勝手で、自己中心的な嫉妬。そんなことが頭を過ってしまうのは、好きになった代償なのだろうか。




 ◆◇◆◇




 なんとも形容し辛い引っ掛かりを内に抱えたまま、学校に戻ってきた。


「ありがとうふたりとも。思ったより遅かったね。場所迷っちゃった?」


 遅かったと言いながらも嫌な顔ひとつしない邦依田さん。だがやはり遅かったらしい。


「いや、邦依田さんのメモと沖田さんのおかげでそこは問題なかったんだけど、ちょっと疫病神に捕まって……」

「疫病神?」

「あぁいや、こっちの話。取り敢えず、これ」


 うちの母です、というのもアレなので、なぁなぁに濁して買い物と財布を渡す。


「はい、確かに。それで、どうだった?」


 受け取ると、ニコニコしながら結果報告を要求してくる。やはり出発前の一連の行動にはそういう意図(・・・・・・)があったのは間違いないようだ。

 ……相変わらずいい笑顔である。最初はもっと大人しめな人だと思っててけど、意外に積極的というか活発というか、お節介というか……行動力あるよな……


「どうって……何が?」


 だが俺はあくまでもしらを切る方針だ。とぼけきれてないのはご勘弁。


「ふふっ、わかってるくせに」


 こちらの意図を察して笑う邦依田さん。普通に容姿も整っていて可愛いので、あまり異性に正面から笑顔を見せられることに慣れていない俺にとって、恋愛感情は在らずとも心臓に悪いものだ。端的に言うと、ドキッとするのだ。

 だから今後そういうのは御控え願いたい。切に。


「まぁいいや。今はこっちが優先だからね」


 そう言って袋を上げ、プラプラと強調するように揺らす。……「今は」って言った? へ? これが終わったらなんか厄介なことが待ってるの? ちょっと?


「それじゃあ」


 俺の疑問困惑などつゆ知らず、そう残しせっせか行ってしまう。……にしてもよく働くもんだ。

 このクラスの一番の功労者は間違いなく邦依田さんだろう。文化委員の柿ノ江さんも率先して動いてくれているが、それでも邦依田さんはそれを超えてしまう。だって彼女、今はさっき走っていった方とは真逆の班のサポートをしているんだもの。行動力ありすぎやしませんかね?


 対して俺は、新たにできた個人的な悩みの最中だ。

 嫉妬なんて、初めて持った感情だ。するならてっきり、俺以外の友達ができた時なんじゃないかって思ってた。

 かつて瀬良が言っていた。唯一の友達でなくなるのが寂しいと。正確には「その肩書きがなくなるのが」だったか。

 嫉妬とは違うかもしれないが、その時に初めてそれに似た感情を抱くのだろうと思っていた。

 だが実際は、自分の母親に対してである。


(なんともまぁ……レアケースな嫉妬もあったもんだ)

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