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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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37話 繋ぎ止めるために

 試作会が終わって解散となってからは、既に6時を過ぎているということもあり屋上へは行かなかった。秋の空は暗くなるのが早く、学校を出る頃には青は紺へと色を変えていた。


 今日は妙に充実した日だった。

 授業以外で初めて菓子作りというものを体験し、そこで手際がいいと料理部部長直々に賞賛を受け、文化祭に安心と期待が膨らみ、沖田さんの新たな一面を知ることが出来た。あとは当日までに父の転勤話が来ないことを祈るのみ。

 欲を言うならば、この学校にずっといたいと思う。瀬良以外で初めて出会った特別な存在。それくらい、俺の中で沖田耀弥という少女はかけがえのないものに昇華されていた。


「沖田さん、菓子作りも出来たなんてちょっとビックリだよ」

「作ったこと、あるだけ」

「あれ? でもさっき邦依田さんに訊かれた時はないって……」


 本当に「ない」とだけ答えていた。わざわざ嘘をつく必要もないだろうし、勝手な想像だが沖田さんは嘘をつかなそうだ。良くも悪くもサッパリしているし、「言わない」ことはあったけど嘘をついたことはなかったように思える。


「お菓子を作るのは、ある。でも、ケーキを切ったことはない」

「あぁー、そういうこと」


 確かにあの話の流れだと、やったことがあるないのは菓子作りじゃなくてケーキカットと捉えるか。

 でも、どうやら沖田さんは趣味までとはいかないものの菓子作り経験はあるということらしい。そういうことならあの技量も頷ける。高スペックなのには変わりないけど。


「ちなみに、どんなの作ったことあるの?」

「プリンとか……タルトとか……」


 プリンとタルトって開きが凄いな……

 なんとなくだけどタルトの方がずっと難しいように思える。だってあのクッキー生地作るんだよ? クッキーはともかくクッキー生地ってどうやって作るんだろ。


「沖田さんって凄いよね……多才というか多芸というか……」


 なんというか、本当になんでも卒なくこなしてしまいそうだ。運動面は分からないが、意外と身体能力が高かったりするだろうか。

 なぜだか、飛び抜けた運動センスを持つ沖田さんを見て驚く自分の姿が想像出来なかった。


「そんなこと……初めて言われた」


 沖田さんは前を向いたまま呟いた。


「そんなこと……考えたことも、なかった」

「……どうして?」


 半ば反射的に返していた。少し嫌な予感がしたからだ。


 ──この少女は、自分のことにさえ興味がないのではないか……と。


 沖田さんが他者に興味がないのは周知の事実だ。

 多分最初は他者を「避ける」という点を重視していたのが、続けるうちに「無関心」へと変移していったのだと思う。

 ……もしそれが、最悪の形として「自分への関心」も消えてしまったのならば……そんな考えが過ぎり、不安を煽られた。


「必要ないから」


 俺の目を見据えて答える彼女に、奇しくもそれは確信へと至ってしまった。


 俺の感情がおかしくなってから気恥しさで彼女とまともに顔を合わせることが出来なかったのに、今はそんなことさえ感じなくなってしまっている。動悸も起こらなければ赤面もしていないし、汗が滲む感覚もない。普通に目を合わせていられる。不安ともどかしさが混濁した状態だ。


 しかし、まだ光明はある。それは沖田さんが「楽しいと思えること」を持っていることだ。

 夏休みにサクラモールで会った時、沖田さんは確かに言った。手芸をするのは楽しいと。「読書に比べるとまだ」が付くが。だが、それはつまり、彼女がまだ自分に関して完全に無頓着になったわけではないということだ。


 俺は沖田さんに、自分を失ってほしくない。大事な、友達だから。大切な人だから。

 ──だから、こう言うのだ。


「食べてみたいな。沖田さんの作ったお菓子」


 俺のこの恥ずかしいセリフが、この少女と自身を繋ぎ止める一助になればと、そう思う。


「……どう、して?」

「沖田さん、料理も上手いでしょ。沖田さんが作ったのなら、きっと美味しいと思うから」


 そして、それを知れば、少しでも自分という存在に興味を取り戻してくれるかもしれないと、そんな身勝手でひとりよがりなことを思うのだ。

 料理云々なしに、純粋に「沖田さんだから」という理由もあるが……それを言うには俺はまだヘタレだった。


「……また……今度……」


 消えてしまいそうなくらい、小さな声。

 俺の思いが伝わったとは思ってないが、その言葉は十分に嬉しいものだ。


「うん、ありがとう。楽しみにしてるよ」


 沖田さんの手作り弁当に加え、手作り菓子もゲットだ。

 この時俺は、心の底からの歓喜と、少しばかりの恥ずかしさを感じた。




 ◆◇◆◇




 家に帰った自室。ベッドの上で布団も被らず仰向けになる。

 落ち着く柔らかな背後の感触に一日の疲れがどっと押し寄せ、それと同時に帰り道の情景が鮮明に繰り返される。


 いつの日だったか、桜木先輩が俺に言った。


 沖田さんと仲良くしたいと思うなら、彼女への興味や関心を失わないで欲しい……と。


 今なら確信できる。その心配は無用だと。

 なんせ俺の中で沖田耀弥という少女は非常に大きな存在になっているからだ。

 それに、俺は今の彼女にとって唯一の友達なのだ。彼女から俺を見限ることはあっても、俺の方から彼女を見限ったり見捨てたりすることなどないと、断言出来る。



 でも。




「あぁ……そうか」




 それ故に、俺はもうひとつ、気づいてしまった、確信してしまったことがあった。



 俺はなぜ、これほどまでに沖田さんの力に、助けになりたいと思うのか。何が俺をここまで突き動かすのか。



 なぜ、彼女と共に在ることを望むのか。彼女との時間を願うのか。



 考え続け、渇望し、求めてやまなかったのに、いざ答えを得てしまうと途端に腑に落ちた。さも当然とでも言うように。何を今更とでも言うように。



 あの日・・・から俺に存在する、あの感情・・・・のことだ。











「俺…………沖田さんのことが好きなんだ……」










リアルが危機的に多忙なため次回更新は来月になると思います。

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