36話 試作会
文化祭会議の翌日、帰りのホームルームの時間に、木曜日の放課後に『厨房』係対象の試作会が開かれる旨が柿ノ江さんから伝えられた。
「厨房係にあたってる人は来週の木曜の放課後は部活ある人も残るようにしてください。どうしても無理って人は邦依田さんに事前に報告しておいてください」
試作会に参加しない人は当日ちゃんと動くことが出来るのだろうかという疑問が過ぎったが、今はいいかと隅の方に追いやる。
その後、厨房係は木曜日にエプロン等を持ってくることと、その他係の連絡事項が伝えられ、その日は終えた。
◆◇◆◇
試作会当日の木曜放課後。場所は1棟2階の家庭科室。集まったのは厨房係全16人中15人。男子ひとりが部活で不在だ。
ちなみに係の内訳は、厨房16、接客14、受付10で、午前と午後でそれぞれ半数ずつに分かれる。俺と沖田さんは両日とも午前だ。
余談だが、俺たちが試作会をしている間、柿ノ江さんを初めとした接客・受付係の皆は飾り付けやその他の準備に勤しんでいる。3バカがちゃんとやっているかが不安である。
この場にいる15人全員エプロンと三角巾を纏い、厨房係のリーダーである邦依田さんと、同じく須倉仁菜さんという女子生徒が前に立っている。
「それでは、早速始めたいと思います」
邦依田さんが丁寧な言葉遣いで指揮を執る。
作るのはショートケーキとスコーン、そしてクッキー。ショートケーキは市販のスポンジ生地を使ったものを、スコーンはホットケーキミックスを使った簡単に出来るものを作るのだそう。もしかしたらスコーンは中学でやったやつと同じかもしれない。そうだと楽で助かる。
クッキーは、持ち帰りが可能な袋詰めのものを販売するのだとか。
まずは手本として、邦依田さんと須倉さんがスコーンを作り方を口頭で説明しながら作っていく。ふたりとも動きに一切の迷いがなく、熟れた様子が窺える。俺はその手腕に半ば惚けながら見ていた。
出来たスコーンの生地が余熱したオーブンに入れられる。
「焼く時間は16分で、180度で余熱しておくのを忘れないでね」
スコーンを焼いている時間を利用して次はクッキーの生地作りに移行する。今回は試作ということで形は丸と星の単純なものだ。
こちらもふたりはテキパキと動いていた。邦依田さんは料理部って言ってたけど、須倉さんもそうなのだろうか。それとも日常で身につけたスキルだろうか。
クッキーを焼いているうちに別のオーブンでスコーンが焼きあがった。
邦依田さんが布巾をミトン代わりに天板を取り出す。同時に溢れ出す甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「おー」
「わー。いい匂い~」
男女ともから送られる感嘆と賞賛の声。
早速試食が始まり、女子から食べていく。俺もひと口食べてみたが、中学の時に作ったものより断然美味しかった。すげぇなふたりとも。
ちなみにこのスコーン、レーズン入りである。酸味のあるレーズンがアクセントになってまた美味し。
そうこうしているうちにクッキーも焼き上がり、似たような感想の飛び交う試食も終わる。
最後にショートケーキの手本が行われるが、ここもふたりの手腕は遺憾なく振るわれた。
生クリームで覆われた低円柱形のホールケーキをケーキナイフで手こずる様子もなくスムーズに切り分けていく。苺と生クリームの層をスポンジ生地が上下から挟んだ3層のケーキだ。一番上にはお約束の苺が鎮座している。
ふたりともホントに高校生かよってくらいの腕だ。簡単なレシピと言ってもここまでとはさすがに予想外だ。
「私たちこんなに綺麗に切れないよ」
「大丈夫。切り分ける工程は結構難しいから、当日も私と仁菜ちゃんでやるよ」
女子のひとりから不安な声が上がるも邦依田さんがすぐにフォローする。確かに切り分けるのはある程度慣れてないと大変なことになりそうだ。
想像する。俺が切り分ける姿を……
入刀し、切り損ない、形が崩れ、苺が飛び出し、崩壊する。
……失敗から結末までのビジョンが鮮明に見えてしまった。
切り分けができる人がふたりとも同じ時間帯だと間違いなく片方が惨事になるな。恐らくこれもふたりが別々の時間に配属される理由のひとつなのだろう。
◆◇◆◇
全ての手本とその試食を終えると、本格的に試作会が始まる。
わかりやすくするために、金曜の午前メンバーが1班、午後メンバーが2班とされた。
「さっきので分からなかった人もいるかもしれないから、レシピを纏めた紙を配っておくね」
各班に3種類のレシピが書かれたA4プリントが配布される。さすが邦依田さん、配慮が行き届いている。正直俺も不安な点はあったので助かった。
レシピは実にわかりやすく纏められていて、単純な技術以外の心配はなさそうに思えた。
各班邦依田さんと須倉さんサポートのもと試作がスタートする。
大体の人(俺も含めて)はわたわた右往左往したり手が止まったりしながら工程を進めていく中、異彩を放つ生徒がひとり。
「沖田さん、すごいっ」
思わずと言った感じで邦依田さんが声を上げる。それに反応して他の生徒たちが注目する中、全く気に留めることなく淡々と作業をこなす沖田さん。みるみるうちにスコーンの生地が出来上がっていく。
焼く前までの全工程を終えた沖田さんは、ただただ静かに邦依田さんを見据える。
「……終わった」
「えっ? あぁ……じゃ、じゃあ焼いていこっか」
慌ててオーブンに促す邦依田さん。沖田さんは黙って従い余熱してあったオーブンにしずしずと生地を入れる。
思えば沖田さん、レシピを一切見ていなかったな。
(沖田さんって何気に高スペックだよな……)
容姿は言わずもがな、成績は学年10位台、手芸に料理に菓子作りと多才だ。もし彼女が社交的で友好的な人間だったら人気者間違いなしだろう。
沖田さんの凄さが明らかになった瞬間だった。
俺も負けじと、中学の調理実習の光景を思い出しつつスコーンを作り上げる。
「織宮くんのもちゃんと出来てるよ。作ったことあるの?」
「中学の調理実習で一回だけだけどね。上手く出来てるならよかったよ」
思わぬ高評価をもらった。うっすらとした記憶とは言え、どうやら過去の経験はちゃんと役に立ったようだ。
「これなら、当日は活躍してもらわないとねっ!」
「あはは……努力するよ」
そこまで期待の眼差しを向けられても困りものだ。リーダーのふたりや沖田さんには遠く及ばないのだから。
予期せぬところで厨房係の主戦力としてカウントされ当日に多忙の気配を感じた。
着々と試作作業を消化していった俺たちは、またしても驚きに見舞われることになった。
それはショートケーキを作っていた時だ。全員で試しにケーキカットに挑戦しようということになった。
「うわムズッ!?」
「全然ダメだぁー」
「苺が切れねぇ!」
「ぬあっ、ちょっと潰れた!」
とまぁこんな感じである。誰も彼もが悪戦苦闘の末諦めていた。俺の結果は言うまでもないだろう。いやまぁ普通に無理でしたよ。出来るわけないじゃん初見なんだし。
だが、皆が匙ならぬケーキナイフを投げる(比喩表現)中、そうならなかった人がひとり。そう、沖田さんだ。粛々と、本当に作業をこなすだけのように入刀し、手本のふたりに引けを取らないほど綺麗にカットしていく。文句の付けようがない彼女の技量に誰もがあんぐり状態だ。
「沖田さん、お菓子作るの、趣味だったりする……かな? それとも、以前やったことがある……とか」
邦依田さんがそう尋ねるのも無理ないだろう。邦依田さんと須倉さんは菓子作りを得意としているために難なくこなすことが出来るが、初心者でそれだけ技量を発揮するのはとてもじゃないが無理だろう。
「……ない」
だが沖田さんは淡白に否定した。
「じゃあ、何かテクニックとか、あったり?」
「……別に。普通にやってるだけ」
ならばと続く須倉さんの質問にもやはり淡白な回答を以て否定の意を示す。
つまり、見て聞いたことをただただ忠実に実行しているのだ。言葉にするのは簡単だが、実際は物凄い才能だろう。
(沖田さんって、ホントに高スペックだよな…… )
さっきも言ったなこれ。いや言ってはないか。
だが、沖田さんが非常に高いスペックを有しているのは事実、間違いないだろう。
こうして文化祭の試作会は、邦依田さんと須倉さんというリーダーの頼もしさと俺がある程度は役に立てるということ、そして沖田さんの生活力の高さを改めて実感した結果に終わった。




