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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
33/135

33話 理由

今話とは直接関係ありませんが、瀬良尊の一人称の表記を「オレ」に統一しました。

「さてと。これでキミの悩みは解決に一歩前進かな」

「……そう、なんですかね」


 一向に答えが見えないのだが、何か進んでいるのだろうか。


「うん……多分、何事もなければきっとすぐ気づくと思うよ。……いや、むしろ何事かあった方が早く気づけるのかな……」

「……何事か、って?」


 その単語に妙な胸騒ぎと嫌な予感を覚える。


「簡単だよ。キミが一番気にしてること……転校だよ」


 ゾッと、全身が粟立った。


「それって……」


 戦慄する俺の気配を感じ取ったのか、先輩は慌てて申し訳なさそうに取り繕う。


「ごめんねっ、他意はないの。でも、よく言うでしょ……本当に大切なものは、失ってから初めて気づく……って。私は、それは必ずしも喪失が原因ってわけじゃないと思うの。別れ、諍い、決裂……『失う』には、いろんな形があるんじゃないかって、私は思う」


 嫌に刺さる桜木先輩の言葉。先輩が俺の感情の正体を本当に知っていて、先輩の言葉が俺にも当てはまるものだとしたら…………なんとしても父の転勤が決まるまでにこの感情と決着を着けなければならない。ここに転校してきてから既に5ヶ月近く経っている。今までの転勤の最短期間は3ヶ月。これまでの経験上父の転勤話が上がることは十分に考えられる。


「はいっ。この話はおしまい」


 パンッと、俺を思考から引き戻すように柏手が鳴る。


「今度は私の話を聞いてくれる? キミに言ってないことがあったの」


 半ば強制とは言え、悩みを聞いてもらった手前無下にすることはできない。というかそもそも桜木先輩はもはやただの他人ではないので断るなんてことはしない。俺はもちろんと、快諾した。

 先輩はありがとうのひと言の後、話を進める。


「キミも考えたことはあるんじゃない? どうして私が耀弥ちゃんに心を開いてもらえないか」

「それは……はい……」


 固唾を呑み込む。

 それはよく考えることだ。沖田さんはなぜ、5年以上も気にかけてくれている桜木先輩に自身の過去を話さないのか。心を開かないのか。

 俺と沖田さんより、先輩と沖田さんの方がずっと関係が長い。それに、先輩が沖田さんを本気で心配しているというのは明らかだ。それ故に、彼女が先輩を遠ざける理由がわからない。


「織宮くんはさ、怖くなかった? 耀弥ちゃんに踏み込むことを」

「……全然怖くなかった……と言えたらよかったんですけど、正直凄い怖かったです」


 怖くないはずはなかった。あの時の俺はこれまでの人生で一番と言っていいほど苦悩に苦悩を重ねた。

 拒絶され、それまでの関係が崩れ落ちる恐怖。俺が転校する時の不安。


「それでも、沖田さんを知りたい、沖田さんと友達になりたいっていう気持ちがそれよりずっと……自分でも驚くほどずっと強かったから。だから、中途半端でいたくない、躊躇いたくないって、自分のありったけをぶつけました」


 あの時のことは鮮明に覚えている。不安、緊張、勇気、焦燥、安心、歓喜、期待……あの短時間であれほどの感情を巡らせたのは初めてだ。


「……キミは、強いね」

「いえ。俺はそんな──」

「強いよ」


 俺に被せるように、俺の否定を遮るように強い口調で言う。


「私がダメなのは、それが出来ないからなんだよ。どうしても、躊躇っちゃうの。私が聴いて何が出来る、今更訊いて答えてくれるのか、まだ教えてくれないんじゃないか……とか。どうしてもそんな不安を振り払えないの」


 予想外だった。俺から見ても、先輩が沖田さんに対する思いが本物だということは明確だ。けれど、その裏には大きな葛藤があったのだ。

 普段の明るく頼れるお姉さんな桜木先輩は、今は感じられない。人付き合いに悩むひとりの少女のようだ。


「私って、結構情けないんだよ。年下の女の子ひとりに真っ直ぐ寄り添うことも出来ない、踏み込むことを躊躇って、中途半端なまま」


 そんなことない──そう言いたいけど、その言葉は意味をなさないことが分かってしまう。そんな見せかけだけの励ましはかえって刃になる。

 俺はこの人のことをよく知らない。こうして沖田さんについて相談したりするものの、頻繁に会うような間柄というわけでもない。

 今かけるべき適切な言葉を、俺は持っていなかった。


「耀弥ちゃんは、それに気づいてる。私の迷いを見透かしてる。だから心を開かない……結局私も、他の人と同じなんだよ。私や他の人と違って、真に彼女に向き合ったキミは、彼女の信頼を得てほんの少しでも心の穴を埋めたキミは……強いんだよ」


 そうだろうか。

 別に先輩の告白を否定するつもりはない。沖田さんが他者の感情の機微に聡いのは確かだ。もしかしたら俺の今の曖昧な態度も違和感あるものとして認識されているかもしれない。桜木先輩の中に躊躇いがあって、沖田さんがそれに気づいているというのは間違いないのかもしれない。

 でも、先輩はこう言った。


 私も他の人と同じ――――と。


「先輩は……先輩も、他の人とは違いますよ」

「……違わないよ」

「いえ。違います」


 この点だけは、先輩本人がどれだけ否定しても俺の主張は変わらない。

 5年もの間葛藤の中でひとりの少女に寄り添うことを諦めなかった、いや今も諦めていない桜木先輩と、つまらないという理由で離れていく他の人とを、一緒にしていいとは到底思えない。


「先輩は今、悩んでるじゃないですか。自分が躊躇っていることを、それでも沖田さんに寄り添いたいってことを。そうやって葛藤の中で足掻いてる人を、『他の人』と同じなんて……そんなの絶対に違います」


 少なくとも俺と先輩は違うのだろう。だが、どれだけ挫けても沖田さんに関わっていこうとし続ける先輩と他の人も、また違うはずだ。いや、同じであっていいはずがない。


「クラスメイトが言ってました。あれだけ無視されたらその気だって失せる……って」


 多分あの「その気」ってのはお近付きになりたいとかそういった類のものだったんだろう。沖田さんの容姿の点だけは称賛してたし。それでも「関わろう」ということに変わりはない。


「別にクラスメイトをどうこう言うつもりはありません。他と違うものを忌避するのはよくあることですから」


 それは誰でもない、俺も同じだ。かつては他とは違う境遇に置かれた自分が嫌になったこともある。

 だが今はそんなことはどうでもいい。


「……ですが先輩。先輩は、沖田さんに関わりたくないとか、関わるのをやめようとか思ってないじゃないですか」

「……ッ」


 先輩の顔色が変わった。よし、ちゃんと伝わっているようだ。


「俺が沖田さんと友達になれたのは、先輩のおかげです。先輩が沖田さんに寄り添おうとするのを諦めなかったおかげなんです!」


 先輩は顔色を落としたまま硬直したように黙っている。やがて、ハァとため息をひとつ。


「まったく、ただ考えを吐露しただけなのに励まされちゃうなんてね……お姉さんもまだまだだね」


 そこには少し照れくさそうに笑う“お姉さん”がいた。


「もしかしたら先輩にも、もういいやって思った時期があったかもしれないけど、今違うならそれでいいと思います」


 そう考えると、沖田さんの過去関係なく純粋に友達になりたいと願う邦依田さんも、「他の人」のカテゴリからは外れるのかもしれない。彼女もまた、諦めかけて諦めきれず、諦めなかった人だから。……夏休み明けのあれで心折れてないといいけどな……


「……って、すみません、なんか偉そうに……」

「あははっ。気にしなくていいよ」


 長々と持論をのたまって、何様だって感じだな…………恥ずい。

 でも、改めて先輩が沖田さんに寄せる想いが真なるものだと認識できた。願わくば、沖田さんが先輩や邦依田さんに心を開いてほしいものだ。数少ない、彼女を慮る心を持つ人たちだから。


「私は耀弥ちゃんに踏み込むこと。キミは……」

「俺の中にある感情の答えを見つけること」


 桜木先輩に続いて、敢えて声に出し、互いの悩みと目標を共有、再確認する。


「……まったく、耀弥ちゃん(あの子)は身近にいる人を悩ませる天才ね……」


 若干の呆れを含ませて言う桜木先輩の、その声音は酷く優しげで、そこに浮かぶ表情は実に穏やかだった。

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