24話 不安定な距離
「で? そのもうひとりの友達とはどんな感じなんだ?」
瀬良のその問いに、俺は現状報告をすることにした。
「そうだな……最近はだと、終業式の日に彼女の家で宿題して夕食を一緒に食べて、夏休みはさっきのモールで一回会って、それくらいかな。その後は誘っても『ちょっと無理』って言われて会えずじまいだ」
我ながらよく纏まった現状報告だ。
しかし、話を聞いて瀬良は、何やら小難しい顔をしていた。端的に伝えたと思うんだがな。
「うん。分かった。まず異性の友達の家で夕食を一緒に食べたってのは、全く『くらい』じゃないな。彼女いる俺ですらねぇよ。てか同性でもねぇよ」
うん。それは俺も思った。友達、それも異性ともなればそう家にお邪魔することはないと思う。同性ならどちらかの家で遊ぶなりはあるだろうが、それでも大体は夕食時より前には帰るものだ。
それに、俺と沖田さんは知り合って3ヶ月半、ちゃんと友達になって1ヶ月半だ。瀬良が突っ込みたくなるのも無理ないだろう。……俺ん家でも一緒に食べたぜ、とは言いにくいな。
「御突っ込み恐れ入るが、今は置いといてくれ。大事なのは夏休みに入ってからだから」
「あぁ、会えてないってところか。親の帰省についてってるとかじゃねぇの?」
「そりゃ有り得るかもしれないけど半月近くもするか? ご両親だって仕事あるだろうし」
「まぁそうだわな。うちの親だって平日の休みは盆くらいだし」
ふーむ、と瀬良は顎に手を当て、かと思ったら右手をグーに左手をパーに、ぽんっと手を叩いた。
「もしかしてお前、なにかし――」
「してねぇよ! ったく、考えて出した答えがそれかよ」
「いや分からんぞ。人間知らないうちに人を傷つけるもんだ。俺だって経験あるし」
また例の彼女だろうか。いや、瀬良は俺と違って他にも多く友達がいるだろうからそっちかもしれない。
ってか俺って、結構人の色恋気にするやつだったんだなぁ。17年生きてきて初めて知った。
「って言っても、ホントにそんな覚えないんだよなぁ」
「分かんないぜ? ユウ曰く、その子はデフォルトで無表情なんだろ? 顔に出てないだけってのも有り得るしよ」
「あぁ……それは、あるかも……」
言われてみれば。沖田さんは理由あれど今は基本が無表情な女の子だ。良くも悪くも感情が顔に出ないから、他の人より考えが読めない。
それは初めて会った時から分かっていたことだった。
「気づかないうちに何か気に障ること言っちゃったのかな……」
それに沖田さんはあまり自己主張のない子だ。不平不満が今回のような形に表れたとしてもおかしくはない。
「だかまぁ、機嫌を損ねたって線は低いと思うぜ」
「お前が言い出したことなんだが……なんでだ?」
「ユウが最後に電話した時、『無理』って言われたんだろ? 無理ってことは何かしらの事情がある筈だ。嫌ってるなら『嫌』って言うだろうさ」
うむ。瀬良の言ってることは一理ある。確かに俺は「嫌」とは言われてない。拒絶されてる訳じゃないということは、嫌われている訳ではないだろう。
でも、やはり気になる。少なくとも前にモールで会った時は特に変わった様子はなかった。いや、正体不明の違和感はあった。だがそれが今回の件と関係しているかは分かるはずもない。
「ま、気になるならもっかい電話をかけるってのもアリだぜ。それが憚られるってんなら最悪新学期に訊けばいいさ。夏休みに何してたか訊くなんて、友達同士じゃフツーだぜ」
「あぁ、そうだな。そうするよ」
俺は多分、「友達」に慣れていないのだ。もう10年近く瀬良以外の友達を持たず、その距離感や関係性についてさっぱり忘れてしまった。
俺にとって瀬良と沖田さんの「友達」としての決定的な違いは、性別や性格、人生経験なんかじゃなく「俺と両者ではどちらが主体的か」という点だろう。
俺が瀬良と友達になれたのは、瀬良が俺と人との関わりを繋ぎ止めてくれたから。「親友」として、虚無にも近かった俺を受け入れてくれたから。何か行動を起こすのも、いつも瀬良からだった。
対して、俺が沖田さんと友達になれたのは、俺の方から関わることをやめず、自分で言うのも恥ずかしいが、彼女について考え悩み、思いの丈を伝えて、彼女と過去や境遇を共有出来たから。
つまり。
俺と瀬良では瀬良の方が、俺と沖田さんでは俺の方が主体的ということだ。
思えば、俺の家で夕食を一緒に取った時も、弁当を毎日作ってくれるようになったのも、彼女の過去を聞き、友達になったのも、全部俺がお願い、提案したのが最初だった。まぁ弁当に関しては母が発端なのだが……例外があるとすれば、
(終業式の日の夕食の時くらいか……)
あの時は母に電話でいきなり夕飯ないぞ報告されたんだっけか。
「多分彼女の方から連絡は来ないと思う。かと言って俺の方からかけて迷惑に思われるのも嫌だし、2学期まで待つことにするよ」
「……そうか。お前の選択なら、俺は口を出さねぇよ」
ただ、と瀬良は付け加える。
「タイムリミットのことはちゃんと考えとけよ」
「……もちろん、分かってるよ」
いつ訪れるか分からない父の転勤。今はただ、夏休みの間にその時が来ないことを祈るしかなかった。
距離感も掴めないまま沖田さんとの関係を途絶えさせることは、どうしても耐えられなかった。そして、そんな感情がどこからどうして込み上げてくるのか、今の俺には分からなかった。
◆◇◆◇
「ただいま」
「おかえり。瀬良くんは、もう帰った?」
我が家の玄関。俺の傍に瀬良がいないのを認めての母の言葉。
「うん。片道3時間なんだって。帰ったらちょうど日が暮れる頃だって言ってた」
どうやら向こうの駅に着いたその足で例の彼女にお使いの品を届けに行くらしい。ったく、リア充め。
「そっか、大変だねぇ。たまにはあんたからも行きなさいよ、来てもらってばっかりで申し訳ないし」
「落ち着いたら、な」
今はとても落ち着くなんて気持ちにはなれない。
久しぶりにできた新しい友達。俺はどうやら特別と感じた相手には固執するらしい。感情の見えない彼女の心の内が気になって仕方がない。
それだけ、沖田耀弥という女の子の存在は、自分でも気付かぬうちに俺の中で大きなものとなっていたのだ。
彼女と友達になるために悩み、友達となったあとも彼女に悩み。
……まったく、俺はそんなに悩み事を抱える人生を送ってきただろうか。そのうち趣味は悩むことですとでも言えてしまいそうだ。
それくらい、ここに越して来てからの俺は悩んだり考えたりすることが多くなった気がする。
その夜、俺が完全に眠りについた頃には既に2時を過ぎていた。




