23話 得たもの
邦依田さんが完全に視界から消えてまもなく。右手に持ったビニール袋を肩に掛けた瀬良が戻ってきた。……ん? 俺、場所伝えたっけか? いや、俺にそんな記憶はない。ということは……
「お前、聞いてたな?」
「……バレた?」
袋を持っていない方の手で後頭部を掻き、おどけた風に認める。あまり悪いとは思っていないようだな、これは。
「安心しろ。頭から聞いてたわけじゃないさ」
そういう問題でもないのだが……っと? 瀬良の持ってる袋、見覚えがある。あの糸と針のロゴは忘れはしない。前に沖田さんと行った「手芸広場 Cra-Ha」のものだ。……なにゆえ瀬良がそんな物を?
「お前、手芸の趣味なんてあったか?」
違和感を覚えずにはいられず、訊いてみた。
「ん? あぁこれか。これは……後で言うよ。他にも話すことあるしな」
妙に引っかかる言い方だ。手芸がそんな大事なことなのだろうか?
重なる疑問を一旦保留し、俺たちはモールを出ることにした。
◆◇◆◇
場所はサクラモールのすぐ近くにある噴水広場。その中心の小規模な噴水の前の長ベンチに俺たちは並んでいる。背後には止むことなくループする水流があるのでその場だけ涼しく感じられる。
広場というだけあり広さもそれなりにあるので、そこらでは10にも満たないような子供たちが走り回っている。
「っと。さっきの続きだな」
賑やかな背景もそっちに、話を戻す瀬良。
「そうだな……どっから話すか」
「ん? そんなに長い話になるのか?」
長いなら先に家に戻りたいのだがな。
「いや、ちょっとした段取りさ」
「段取り?」
瀬良は頷き、顎に手を当てて考え始めた。時間にして数秒程度だ。
やがて纏め終わったようで、口を開いた。そしてその開口一番。
「ユウよぉ。オレ、彼女が出来たんだよ」
「…………」
言葉もないとはこのことか。
「オレ、彼女が出来たんだよ」
「2回目言わなくていいよ聞こえてるよ。自慢かよコンニャロウ。なんだ? 俺は今から惚気話に付き合わされるのか?」
大事なことだから2回言いましたよ、ってか。
「違ぇよ、いいから聞け」
初っ端から話を遮られてジト目でこちらを見る瀬良を見て溜め息ひとつ。
「続きをどーぞ」
俺は渋々聞く体勢に入った。
「相手は2年で初めて同じクラスになった子でな、良くも悪くも目立ってた子じゃなくて、どっちかっていうと内気な子だ……ってまぁ、今はこの辺はいいか。それで、オレの誕生日にわざわざ手作りの巾着とキーホルダーをくれた。訊けば、裁縫が趣味らしい」
瀬良の誕生日は6月6日。実にわかりやすい。
にしても凄いな。付き合い始めたのが仮に5月としても、たった1ヶ月で手作りのプレゼントふたつとは。
……なるほど、少し読めてきた。
「夏休みに入って、チャットでやり取りをしてた時、オレは今日の予定のことを話したんだ。『次の日曜に1年の時に引っ越した親友に会いに行くんだ』って」
ううむ。親友とはなかなか恥ずかしいことを言ってくれる。
「その時にこの町の名前も出したんだよ。そしたら……いや、見せた方が早いか」
そう言って瀬良はスマホを操作し、今主流のチャットアプリを開く。会話内容は以下の通り。
『遊びに行くとき、ひとつ、おねがいしてもいいですか?』
『いいよ。なに?』
『実は、そこの駅前のサクラモールっていうショッピングモールに『Cra-Ha』っていう手芸用品の専門店があるんです』
『広くて種類もいっぱいあるんですが、この辺りには一軒もなくて』
『そこは比較的近いんですけど、ここからだと遠くて……』
『ああ、そういえば、長時間電車に乗るの苦手って言ってたっけ』
『はい……なので、お買い物を代わりにお願いできないかな、と』
『もちろんお金は後日ちゃんと払いますっ』
『大丈夫だよ、それくらい。なに買ってくればいい?』
とまぁ、こんな具合である。ちなみに相手のユーザーネームは「綴」だった。本名なのだろうか少し気になるが、今はいい。
「同級生、なんだよな?」
「ん? あぁ。デフォルトで敬語なんだよ、この子」
今時同級生にも敬語って、珍しいな。
会話の内容からするに、なるほど。それで瀬良が『Cra-Ha』の袋を持っていたわけか。確かに結構広い店だったけど、そんなに店舗数少ないんだな。
「って、お前が『Cra-Ha』に行ってた理由は分かったけど、結局最後まで惚気じゃねぇか」
今度は俺がジト目になる。瀬良のことだから何かあるのかと思ったが、何てことはない彼女自慢だ。
「あぁ。いや、オレが言いたかったのはな、ユウ」
背もたれに体を預け、前を向き、その双眸は、夕暮れには早すぎる空に黄昏れるようだ。
「オレに恋人が出来たのはあの件があったからだ。オレは選択を間違っていない、お前も罪悪感を抱く必要はない」
「……」
そこまで言われて分からないわけがなかった。瀬良があのことについて言っているのだと、すぐに理解できた。
「あの件に関してお前がいつまでも引きずってちゃ、オレとしても困るんだよ。なんせ、あの時別の道を選んでいたらオレに彼女なんてできなかっただろうからな」
つまりはこう言いたいわけだ。
「ちゃんと、得たものはあったってことか」
「そういうことだ」
将来を対価に得たもの、か。
確かに俺はこれまで瀬良が失ったことばかり考えてきた。だが、それによって瀬良が得たものは、きっと俺の罪悪感とは比べ物にならないんだろうな。それくらい、大切な存在を得たんだろう。それを俺の個人的な感情で否定してしまうのは、無粋ってもんだ。
「ったく、これまで溜まりに溜まった俺の罪悪感が、顔も名前も知らない女の子に無駄にされるとはな」
さすがに、そこまで言われて「でも……」なんて言えるはずもない。
「ま、あんなこと今まで気にしてたお前もお前だ。俺はずっといいって言ってんのによ」
「お前にとったらあんなことかもしれないけど、俺にとったらそう簡単に割り切れるモンじゃないんだよ。他人の人生左右してんだから」
俺がそう言うと、瀬良はハハッと笑う。
「安心しろ。ユウが頭を抱えるほど今の生活に悩みを抱えちゃいないよ。もしユウがオレの人生を左右したってんなら、それは高校受験の時じゃない。ユウがオレのいた中学のオレがいたクラスに転校してきたことだ。まぁ……要するに、だ」
瀬良は俺の額に中指をトンと当てる。
「お前の親友を少しは信用しろってこった」
先ほどと一転、軽い調子でそう言った。
「ああ、ありがとう。瀬良」
「んだぁー! そこは尊って呼ぶとこだぜ、ユウ!」
今度は自らの額に手を当てて大袈裟にリアクションをとる。
「別に信用してないわけじゃない。お前は親友で、唯一の男友達だからな」
「そうだったな。今のお前には、もうひとり友達が出来たんだったな。なんというか、ユウに友達が出来るのはオレとしても嬉しい限りだが、『唯一の友達』って肩書きが無くなるのは、それはそれで寂しいもんだな」
「残念だけど、俺には分からない感覚だな」
長く友達を瀬良以外持たなかった俺はそんな肩書きに思い入れはない。もしくは転校を重ねるうちに忘れてしまったのだろう。
俺も、もし沖田さんに他に友達ができたら、そんなことを思うものなのだろうか。




