22話 委員長の悩み
ファミレスを出たあと、瀬良の提案でサクラモールに行くことになった。
俺は少し前に来たし、特に入り用なものもなかったが、瀬良は買いたいものがあるのだそう。わざわざここで買いたいものとはなんだろうか。
道中特にこれといったこともなく、歩いて10分ほどでサクラモールに着いた。
「ほえー。結構広いもんだなぁー」
中に入り、瀬良の第一声。どことなくデジャヴを感じるな。
「それで? わざわざこんなどこにでもあるようなモールに来て買いたいものとは?」
「あぁ、それなんだけど──」
瀬良がここに来たかった理由を話そうと口を開いた時、
「あれ、織宮くん?」
それを遮るように俺の名が呼ばれた。
反射的に俺たちは会話を止め、声の方向へ顔を向ける。そこには、清楚感をこれでもかと漂わせた私服を纏い、青みがかった黒髪をおさげにした少女がいた。
「こんなところで会うなんて珍しいね。何か買い物?」
柔らかな笑顔でこちらに歩んでくるのは、我がクラス2年5組の学級委員、邦依田純乃さんだ。
「邦依田さん、俺はちょっと付き添いにね」
「付き添い? ……えーっと、そちらは?」
きょとんとした顔で聞き返したあと、俺の隣の瀬良の存在に気付いたようで尋ねる。
「こいつは、俺が前にいた学校の友達」
「どうもー。前にいた学校の友達の瀬良尊です」
瀬良は少しふざけた風に自己紹介する。
正確には3つ前の学校の友達だが、まぁ間違ってはいないしそこまで具体的に俺の転校歴を話さなくてもいいだろう。
「私は、織宮くんと同じクラスで学級委員をしています。邦依田純乃といいます」
邦依田さんは瀬良とは対照的に、懇切丁寧に45度お辞儀をする。綺麗に前で揃った両手には白いハンドバッグが提げられている。
「今日は久し振りに会って、なんかここで買いたいものがあるって言うからその付き添いで来たんだ。邦依田さんも買い物?」
「うん。家族と来てるんだけど、今は別行動中なの。……でも、ちょうどよかった。織宮くんとは一度、話がしたいと思ってたから」
邦依田さんはどこか照れ臭そうに言う。
俺に話したいこととはなんだろうか。彼女とは別段よく話す仲でもない。
「ん? 俺はいない方がいい感じのやつか?」
「あぁ……かもな」
「あっ、ごめんなさいっ。折角久し振りの再会だったのに……」
「なに、いいさ。ユウも俺の買い物に付き合ってるだけじゃ退屈だろうからな。ってことでユウ、俺は買い物してるよ」
申し訳なさそうに謝る邦依田さんに、やはり笑い軽い感じで返す。本心から気にしてないのであろう。
なんというかまぁ、この軽い感じが瀬良の長所であり短所なのだろうな。
瀬良は実に悠々と去っていった。
「……やっぱり、申し訳ないことしちゃったかな」
瀬良が曲がり、姿が消えたところで改めてそう口にする。
「いや、あいつはそんなこと微塵も気にしてないよ」
だって、俺がずっと悪いと思っていることですら、気にするなと笑って言うようなやつだ。
「取り敢えず、立ち話もなんだし、どこか座れるとこ行こっか」
「う、うん、そうだね」
邦依田さんとふたりだけで対峙するのは初めてだ。
俺たちは初めての空間に多少動揺、緊張しつつ、場所を移動することにした。
◆◇◆◇
「話っていうのは、沖田さんに関してのことなんだ……」
フードコートの一角の4人用席で、姿勢を正した邦依田さんは、僅かな躊躇いを見せつつもそう切り出した。
「織宮くんと沖田さんは、友達、なんだよね?」
「うん、そうだよ」
といっても、ほんの最近辿り着けた関係だが。
俺の答えを聞くと、安堵したように息を漏らした。
「あのね。私も沖田さんと友達になりたいな、って思ってるんだけど、どうすればいいかな?」
これはまた、かなりの難題を突きつけられた。
俺の沈黙をどう捉えたのか、邦依田さんは言葉を続けた。
「私もさ、他薦とはいえ学級委員なわけだし、クラスで孤立してる子かいるとまんまり居心地良くないじゃない? それに、学級委員どうこう以前に、私自身がそういうの放っておきたくないんだ」
学級委員として、同じクラスの一員として、邦依田純乃というひとりの人間として、彼女の思いを語ってくれた。でも、俺が沖田さんに関することで邦依田さんに話せることはあまり多くない。
「でも沖田さん、取りつく島もなくってさ……」
「確かに、基本応答だけだからね……」
最近こそ会話が出来ているが、最初なんかは素っ気なさ極まれりって感じだったからな。
「もういいやって思うこともあったけど、どうしても割り切れなかったの。やっぱりそんなの寂しいし、どうにかしたいって思うんだ……自分勝手かもしれないけどね」
それを言ったら俺も自分勝手の節があると思うから、ノータッチでいこう……。でも、桜木先輩や俺以外にも同じような考えを持つ人がいて、少し安心した。
「邦依田さんの気持ちは分かったよ。真剣さも伝わってきた。……でも、俺が沖田さんについて教えることはできない。沖田さんが誰にも興味を示さないのは、彼女自身が他人と最低限以上に関わることを必要としていないからだから」
「でもっ、織宮くんは沖田さんと友達になれたっ」
声量と調子が変わった。少し慌てた感じが見て取れる。
「それは、単なる偶然だよ。偶然、似ているところがあっただけ。そしてそれがキッカケになっただけだから」
友達や同級生との別れという偶然の類似。その過程や影響に違いはあれど、俺たちはふたりともが人間関係に一定の距離を置いてきた。
そして、多分俺に彼女の過去を訊くための決断力や勇気がなければ、彼女が自らの過去を打ち明けてくれなければ、俺たちはまだ友達になってはいなかったのではないだろうか。
邦依田さんは、少しの黙考のあと、思い出したようにこう訊いてきた。
「織宮くん、桜木知春先輩って、知ってるよね」
俺は突然出てきた名前に軽く驚いた。なぜここで桜木先輩の名前が……?
「うん。学校じゃ、沖田さんと一番付き合いの長い人だしね。何度か話したこともあるよ」
「私、吹奏楽部で、知春先輩は部活の先輩なんだ」
へぇ。ふたりは同じ部活で吹奏楽部だったんだ。邦依田さんが先輩のことを名前呼びってのもなんだか意外だ。
「それで私、沖田さんのことを先輩に相談したの。知春先輩、部員の相談結構乗ってたから」
確かに、高身長でしっかりした雰囲気があって、信頼出来るお姉さんって感じで頼られそうだな。
「先輩と沖田さんが知り合いっていうのは相談してから知ったんだけど、この前先輩が言ってたの。『沖田さんと織宮くんは、同じだから』……って」
あぁ……
そういえば、俺にも同じこと言ってたな。
「同じって、沖田さんと織宮くんは、何が同じなの?」
眉を顰めてそう問う。桜木先輩、俺の時とは違って何がまでは言わなかったんだな。
「その点に関しては、俺もイマイチ合点がいってないんだけど、桜木先輩はこう言ってた」
『廊下で見かけたのよ。あの子と一緒にいた、あの子と同じ目をしたキミをね』
『私が見たキミの目は確かに耀弥ちゃんと同じだったわ』
「……目?」
と、邦依田さんは自らの目元に手を当てて確認する。
「そう。目」
「それってどういうこと? 私にはそうは見えないけど……」
「うん、俺もだよ。沖田さんがどう思ってるのかは分からないけど、俺は俺たちの目が同じだなんて、今でも到底思えない。桜木先輩は『私だから分かったのかも』とも言ってた。多分6年間、一番近くで彼女を見てきた桜木先輩だから、ほかの誰も、俺も分からない、俺たちの共通点を見抜いたのかもね」
そう考えると、少し腑に落ちない点が出てくる。桜木先輩はそんな微細な点にさえ気づくほど、沖田さんに親身になり、彼女に寄り添い見守り続けてきた。なのになぜ、沖田さんはそんな桜木先輩に心を開かないのか、なぜ俺に話してくれた過去の話を、桜木先輩にはしないのだろうか。
俺と沖田さんの付き合いは、3ヶ月と少し。過去を教えてくれ、友達になれたあの日までだと2ヶ月もない。桜木先輩とは雲泥の差だ。沖田さんにとって、俺にあり、桜木先輩にないものとは、一体なんなのだろうか。
「それなら、私が気づけるはずもないね……」
困ったように、邦依田さんが笑う。
「私、沖田さんとまともな会話したことないし、クラスが一緒なのも2年が初めてだし、友達の織宮くんでさえ分からないのにね。うーん、もう少し私なりに考えてみるよ、沖田さんのこと。学級委員としてじゃなくて、ひとりのクラスメイトとして。邦依田純乃として。夏休みももう少しあるし、高校生活もまだ1年以上あるしね」
期間のことを言えば、俺の方が短いのだが、そこはわざわざ言うこともあるまい。それに、さっきも言ったが他にも沖田さんのことを気にかけてる人がいて、嬉しく思えたのも事実だ。
「今日はありがとう、織宮くん。ごめんね、折角久しぶりに友達と会ってたのに、時間裂いてもらっちゃって」
「いいよ、全然。それに、さっきも言ったけど、瀬良はそんなの気にするようなやつじゃないから」
「うん。それじゃあ、私は行くよ。また学校でね」
そう言い残し、邦依田さんはフードコートから去っていく。俺はその背中を見えなくなるまで目で追いかけた。




