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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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13話 少女の過去とふたりの関係

今話はひとつ目のチェックポイントのような話になるかと。

 試験勉強は順調に進んでいる。後は明日からの土日で最後の追い込みを掛けるだけ。


 だがその前に、決着をつけるべきことがひとつ。ずっと悩んでいたこと、沖田さんの過去のことだ。昨日の桜木先輩の話は、あの後俺を奮い立たせた。6年間沖田さんを見守り続けたお姉さんの気持ちは確かなものだ。

 先輩は俺よりももっと悩んだはずだ。沖田さんに寄り添いたい。そのためにはどうすればいい? 自分に何が出来る? そうやって6年間を過ごし、昨日俺にその思いを教えてくれた。俺にそれ以上悩めと言うのはあまりに楽観がすぎるだろう。


 だから、悩むのをやめた。別に瀬良の「せいぜい悩め」という言葉を否定するわけじゃない。ただ、中途半端でいるのはやめようと思った。俺は俺で、俺の方法で沖田さんにぶつかろう。

 


 俺は今日、勇気を、覚悟を無理矢理引き出した。




 ◆◇◆◇




 昼休みの屋上。塔屋の上。いつも通り沖田さんと沖田さんお手製の弁当を食べる。


「沖田さん」


 ここ最近言葉を交わすことさえ碌にしていなかったが、もしかしたら今日も続いていたかもしれない静寂を、俺は断ち切った。

 沖田さんはこちらに視線を向けるだけ。


「訊きたいことがあるんだ」


 心の中で大きく深呼吸。

 小さくコクリと頷くのを捉えてから俺は続ける。


「桜木先輩から聞いたんだ。沖田さん、最初のころは今と違って笑ってたって。でも、日が経つにつれて笑わなくなって、喋らなくなって、人と関わらないようになったって」


 反応はない。俺は続けた。


「俺みたいな知り合って間もないやつがずかずかと入っていい事じゃないってゆうのは分かってるんだけど……俺、どうしても知りたいんだ」


 喉で詰まりそうになる言葉を、意を決して吐き出す。


「──沖田さんの過去に何があったのか。沖田さんが今みたいになった理由が!」


 沖田さんの瞳が揺らいだ。ほんの僅かだけど俺は見逃さなかった。目を逸らさず、泳がせず、瞑らず、しばたたかせず、眼前にある揺らぐ瞳を見据える。多分今、ここ数年で一番真剣な表情をしているだろう。


「……」


 沖田さんの応答はない。


(やっぱり駄目か……)


 そう、俺が諦めて次の言葉を発そうとした時。


「6年前……」


 沖田さんが言葉を紡いだ。

 俺が顔を向けると、既に俺の方に顔は向いておらず俯き、箸を置いて正座した膝の上に握り拳をふたつ作っていた。

 俺は体ごと沖田さんに向き直る。


「6年前…………私は、こことは別の場所にいた」


 沖田さんは視線を下に向けたままぽつりと語りはじめた。


 沖田さんの話はこうだ。



 小学生の頃、彼女はまだ笑っていた。親や友達に囲まれて笑顔で過ごしていた。


 そんな彼女には当時親友と呼べる存在がいた。入学当初からの付き合いで、クラスもずっと同じで、登下校をいつも共にし、頻繁にお互いの家に通ったり、外で走り回ったり、その親友とはとても仲が良かった。


 そんな順風満帆と言える幸せな毎日を送る中、別れの日は突然、なんの前触れもなく訪れた。小学5年の秋、沖田さんはこの町へ引っ越すことになった。理由は俺と同じ父親の転勤。なんでも新しい支店の重役を任されたらしい。


 小学生の少女に選択肢などあるはずもなく、親友を残してその町を去ることになった。


 別れの日、ふたりの少女はお互いに抱きしめ合って泣いた。


 そしてふたりは小指を交わし、約束をした。ずっと連絡を取り合おう、手紙のやりとりをしよう、また遊ぼう、と。


 しかし、引っ越ししてから1週間が経ち、1ヶ月が経っても、一度として親友から連絡が来ることはなかった。電話も繋がらず、手紙を出しても返ってこなかった。遊ぶどころか、声を聴くことすらなかったそうだ。



 ゆっくりと、途切れ途切れになりながら語る沖田さんは震えていた。……辛い過去を吐かせてしまった。悲しい記憶を思い出させてしまった。

 一番信じていた親友に裏切られた。その衝撃と哀情は鋭利な刃物となって強く沖田さんに突き刺さり、その心に深い傷を作った。それがきっかけで「どうせ裏切られるなら、関わらなければいい」と、やがてそう思うようになったと言う。

 気がつけば俺も俯いていた。


「……ごめん。つらいことを思──」

「大丈夫。悪気がないのは、分かってる」


 俺の言葉を遮るまだ僅かに震える声が、俺の胸を容赦なく抉る。沖田さんを悲しませたという罪悪感の矛として。

 思えば、これが初めて聞く、彼女の感情らしい感情が籠った言葉だ。


(それが、こんな形とはな……)


 これまで、その声にすら感情の色を見せなかった少女が初めて明確に声に乗せた喜怒哀楽は、奇しくも「哀」だった。

 じわじわと、後悔と喪失感が滲む。同時に、ふつふつと覚悟が芽生える。


(……俺もいつまでも逃げてちゃいけないな)


 俺は一度、深く深呼吸をした。そして十分に間を置いて自分のことも打ち明けようと決めた。


「俺も……少し似てるところがあって、人と深く関わるのは避けてきたんだ」


 俺が言うと沖田さんはピクリと反応して顔だけこちらに向ける。

 彼女は辛い過去を打ち明けてくれたのだ。なら、俺のことも話そうと、そう思った。


「ちょっと信じられないかもしれないけど、俺、小学から今までに20回転校してるんだ」


 俺を覗く瞳孔が僅かに開く。


「うち、転勤族でさ、父親の異動で西に行ったり東に行ったり………一番遠い時は関東から九州まで行ったよ」


 俺は努めて明るい口調で話す。沖田さんを不安にさせたくないのと、さっきの罪悪感を上書きするためもあるかもしれない。


「そんなんだからさ、どこの学校に行っても軽く話す程度のクラスメイト(・・・・・・)くらいしか作れなかったんだ。作っても作っても俺はすぐにそこからいなくなる。転校すれば連絡をとることもなかった。それはもう友達(・・)とは言えない。なら友達と思わなければいい、そう思うようになった。

 そこからは、連絡先も教えなかったし放課後や休日に一緒に遊ぶなんてこともしなくなった。昼もクラスメイトから距離を置いてこうやって屋上にいた。逃げてるように思う時もあったけどね」


 自嘲気味に笑う。実際、逃げていたのかもしれない。


「そうやって転校を繰り返して、友達と言える人はひとりだけ」


 すぐに転校すると、離れていくと知った上で俺に大事な時間を与えてくれた、自身の時間をくれた瀬良だけ。


「でも……」


 沖田さんの過去を聞いた。

 トラウマとも言える過去を。彼女が笑顔を失った理由(わけ)を。

 それでも、伝えるだけ伝えようと……いや、どうしても伝えたいと思った。


「沖田さんと喋って……」


 会話が弾んだことなんて一度もなかったけど。


「沖田さんと買い物して……」


 過程は偶然だし、気を使わせて付き合ってもらっただけだけど。


「沖田さんと一緒に夕食を食べて」


 家に来てくれたことだって、彼女の真意はわからない。


「こうやって、屋上で一緒に過ごして思うようになった。普通の──ただのクラスメイトでいたくないって……だから」


 この少女とは、「それなりの関係」で終わりたくないと……そう思えた。

 声を振り絞るように、俺の気持ちを訴えるように、その言葉を吐き出した。


「俺と、『友達』になってくれませんかっ!」


 言った。伝えた。恥ずかしいけどちゃんと言葉にした。めっちゃ恥ずかしいけど、なんか告白みたいだったけど、あの夜からの思いを、願いを伝えた。


 …………


 …………


 どれくらい時間が経っただろう──そう思えるほどにその数秒の沈黙は長く感じられた。

 開いていた沖田さんの澄んだ瞳は既にもとの大きさまで戻り、俺を捉えていた視線は顔ごと下を向いていた。


 ──やっぱり……駄目だよな。


 転勤族って言った時点で転校する可能性が高いって言ってるのと同じだし、彼女の親友だった子と同じことを言っても易々と信用できないだろうし。

 「ごめんね」と、俺が口を開こうとした時──


「……ん」


 それが言葉になるよりも数瞬先に、沖田さんの声が小さく響いた。


「……え?」

「…………友達」

「……いい、の?」


 思わず聞き返してしまう。

 望みが叶ったという歓喜と、信じられないという疑念が、頭の中を交錯する。

 あんな過去を聞いてなお、俺は沖田さんに思いの丈をぶつけた。多分ここ数年で一番勇気を出したと思う。


 沖田さんはいつも通り、小さく、無言で、視線は下に、コクリと頷く。


 涙が込み上げるのを感じた。必死でこらえた。

 無性に喜びを叫びたかった。必死で我慢した。


 信じてくれるってことで、いいのかな?


 俺は彼女をこれ以上悲しませまいと心に誓い、右手を差し出して笑ってみせる。


「これからもよろしく、沖田さん」


 返事こそなかったものの、俺の手を握ってくれた。

 この瞬間、俺達の関係は「クラスメイト」から「友達」にグレードアップした。


「そうだ。沖田さん、スマホとか持ってる?」

「持ってない。必要ないから」

「……そっか」


 友達になった記念に連絡先の交換とか、って思ったんだけど。ないなら仕方ないか。


「……ごめんなさい」

「いやっ、そんな謝ることじゃないよ。スマホの必要性の有無なんて人それぞれなんだし」


 早々に躓いた感が半端ないな……この話は終わりにせねば。


「それじゃあ、弁当食べちゃおう。作ってきてくれたんだし」


 なんだか気まずい空気を強引に切り替え、俺はたち静かな食事に戻った。

 初めて食べる「友達の女の子」の手作り弁当の味は、大袈裟と思うかもしれないが、この先の生涯忘れることはないだろう。

報告です。10話の最後の方の一部を改稿しました。

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