12話 お姉さんの思い
桜木先輩から話を聞いてから既に1週間が過ぎているが、俺はまだ沖田さんに話を切り出せないでいた。沖田さんの過去について。
自分なりに考えてもみた。ただひとりの友人からの有り難いお言葉も貰った。
瀬良に電話した翌日から、沖田さんといる時はほぼずっと考え続け、もはや会話なんてものは存在しなかった。話しかけることすら放棄して考えていたのだ。
……それだけ考え悩んでいながらまだ答えを出せないなんて、我ながら腰抜けもいい所である。
◆◇◆◇
放課後、いつものように俺が屋上に出ると沖田さんはやはり寝ていた。相変わらずだな、と溜め息を洩らす。放課後ここに来て彼女が起きていた回数は両手で足りるほどだ。
こちらの苦悩など知らずスヤスヤと上品に寝息を立てている。俺は少し離れた隣に腰かけた。
10分くらい経ったか、それでも沖田さんは一向に起きる気配がない。いつもならほんの数分で起きるのだが結構寝入っているようだ。ジメジメとしてこんなにも暑いというのに、全く気にしていないというような寝顔だ。羨ましい限りだ、と鬱陶しい汗を拭う。
(……今日は帰るか)
いつもより寝入っているようだし、邪魔してもいけない。俺は鞄を持ち上げて腰を上げた。
昇降口を出ると小広場のベンチに見知った人が座っていた。スラリとした脚に、それに見合った長身。艶のある黒髪を後ろでひとつ括り、背筋のまっすぐ伸びたその姿と整った顔立ちは見ただけで凛としていることが分かる。
この学校の生徒の中で俺の知る長身の女子生徒はひとりだけ。桜木知春先輩だ。
「やっ」
「どうも」
短く挨拶を交わす。
桜木先輩は立ち上がり俺の元へ歩いてくる。
「ちょっと、お茶に付き合ってくれる?」
「お茶、ですか?」
「そ。近くの喫茶店」
別段急いでいるわけでもないし、断る理由もないだろう。
「いいですよ」
俺は桜木先輩の誘いを受諾した。
目的地の喫茶店は緑色を基調とした内装で、落ち着いた雰囲気があり、午後のティータイムを過ごすには持ってこいの空間だ。
窓際のふたり席に案内を受け、桜木先輩はウーロン茶、俺はアイスコーヒーを注文した。
「それで、最近はどう?」
飲み物を待つ間の時間潰しか、桜木先輩が俺に問う。
「それは、学校生活はどうか、ということですか?」
「まぁ、それもあるんだけど……本当に訊きたいのは耀弥ちゃんのことかな」
沖田さんのこと、か。なんと言えばいいのやら。
「キミ、私がこの間言ったこと覚えてる?」
先輩の声音が変わった。
これは時間潰しじゃない。本題だ。俺を誘った理由はこの話をするためだ。
「俺が望み続けられるなら、沖田さんと仲良くしていてほしい、ですか?」
慎重に答える。
「覚えててくれたんだね」
先輩は安堵したように言った。
丁度と言うべきか、注文した飲み物が届いた。先輩はストローでウーロン茶をひと口飲み、俺もアイスコーヒーを飲む。
ひと息ついて、話を戻す。
「あの言葉。覚えてはいたんですけど、意味はよく分かりませんでした。……言葉のままってだけじゃない気がして。ただ仲良くしていてほしいってだけじゃないんですよね?」
桜木先輩に言われたあの日から俺はその言葉の真意を考え続け、結局解答は出ずそう結論づけた。
根拠なんて大層なものはなく、単に先輩の声音と雰囲気、そして「沖田耀弥」という孤立した少女について自分の知る情報と感じた要素から出した結論だ。
恐らくあの日、この人は俺に何かを伝えようとしていた。我ながら滅茶苦茶な推論だと思う。
先輩はウーロン茶をひと口飲み、小さく息を吐く。
「キミは鋭いんだね」
……初めて言われた。
「キミには話してもいいかもね」
先輩は目線を下げてそう呟くと、次に俺を真っ直ぐ見据えた。
なんの話だろうか。俺は次の言葉を待った。
「4年前。私が中学2年の頃……」
やがて先輩は言葉を紡ぎ、語り始めた。
「あの子、耀弥ちゃんが入学してきて間もない頃。彼女の周りには男女問わず沢山の同級生がいたわ」
どこか懐かしむような目と声色。それでいて嘆くように、悲しむように頬が緩んでいる。
「でもそれも一時のこと。一週間も経てば、何事も無かったかのようにひとりで歩く耀弥ちゃんを見たわ。そして別の場所では、彼女を囲ってた子たちが彼女を除いたグループを作り談笑していた。まるで、最初から沖田耀弥という少女なんていなかったかのように」
話すに連れ、先輩の頬は締まっていく。
「私があの時言いたかったことは……耀弥ちゃんと仲良くしたいと思ってくれるなら、あの子への興味を、関心を捨てないでほしい」
先輩は今まで聞いた中で一番力強い声で俺に言った。先輩の沖田さんを大切にする思いが嫌でも伝わってくる。
もうひとつ、と、先輩は付け加える。
「今の話を聞いて、同情だけは抱かないで。それだけは……やめて」
先輩の真剣な眼差しが俺を射貫かんとばかりに突き刺さる。俺はそれを正面から受け止める。
そして、一呼吸おき、
「俺には、友達がひとりしかいません」
「……?」
突然の俺の話題変更に先輩は困惑気味の様子だ。当然だろう。
だが俺は話を続ける。
「今まで何度も転校を繰り返してきて、どうせまた転校するからと、友達は作らないようにしてきました。多分、今のクラスメイトにも俺を友達と思ってくれてる人はいると思うけど、俺の中ではクラスメイト止まりです」
特に、成田や芽野、五十谷はノリが良くていいやつらだけど、似たやつは何回目かの学校で何人かいた。
でも瀬良は、あいつだけは違った。
「俺の唯一の友達は、中3から高1の短い時間しか一緒に過ごせなかったけど、俺に『友達』という存在をくれました」
いつでも俺の味方でいてくれた。
時に道を正してくれた。
いずれ別れるとわかっていながら、俺と同じ道を歩いてくれた。
今の俺が他人と交流していられるのは、恐らくあいつのおかげだ。
先輩を見るとひたすら黙って俺の突飛な話を聞いてくれている。ちょっと顔が固く感じられたので少し焦った。
「……つまりですね、俺は沖田さんに同情を抱けるような人間じゃないってことです」
「……そっか。なら、ちょっと安心かな」
先輩がクスと微笑む。
「それに、同情なんかで沖田さんの傍にいても気づかれると思いますよ、多分」
俺は敢えて軽い調子で言ってみせた。
それを察したのか、それもそうねと、桜木先輩は笑った。
◆◇◆◇
寄り道はしたものの、途中から下校経路と同じで先輩と別れる地点も以前と同じ十字路だった。
「そういえば、キミって何回転校したの? 何度も繰り返してきて、って言ってたけど」
「小学から合わせると、転校は今回で20回目ですね。高校はここで4校目です」
「……それ、ほんと? あまりに多すぎてにわかには信じ難いのだけれど……」
見ると唖然とした表情をしていた。まぁ無理もないだろうけど。
「本当ですよ。それだけやってないと、友達作りをやめようなんて考えには至りません」
少し冗談めかして、少し自虐的に言った。
「……だから、キミは彼女と同じ目をしているんだね」
「何か言いました?」
小声で呟かれた言葉は俺には聞こえない。
なんだろう。うっすらと影が落ちたように感じた。
「ううん、なんでもない。大変だねって。それじゃ、私はこっちだから」
「はい……さようなら」
そう挨拶をするその表情に、既に影は感じられない。
僅かばかりの違和感を残して、桜木先輩と帰路を違えた。




