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笑わないキミの笑顔を探そう  作者: 無色花火
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11話 躊躇い

 俺は、非常にモヤモヤした気持ちでここ3日を過ごしている。というのも、桜木先輩から沖田さんに関する話を聞いて「彼女の笑った顔を見る!」なんて目標を掲げたものの、彼女に踏み込む一歩を踏み出せないでいるのだ。

 先日の先輩の話から、沖田さんには何らかの悲劇的な、それも性格や生き方を変えてしまうほどの過去があることが分かった。彼女と「友達」になるためには、その過去を知り、彼女と向き合わなければならないだろう。ただ、それを「知る」ために「訊く」ことが一番の難点だ。

 どういう風に訊くべきか。

 訊いてもいいのだろうか。

 不快に思われないだろうか。

 そもそも話してくれるだろうか。

 6年の付き合いの桜木先輩にすら話さなかったことを知り合って1ヶ月そこらのやつに話すだろうか。手作り弁当や、屋上で交わす会話が少し長くなったことを考えれば、他の人より近づいてはいるのだろうが、まだまだ距離を感じる。

 この「難しい」ということと、これまで他人と深く交わってこなかった俺の経験の不足が沖田さんに深く関わることを躊躇わせていた。

 



 ◆◇◆◇




 そろそろ夜が遅くなってきた。

 今日も、昼休みも放課後も沖田さんに話せず、自分でもわかるほど気落ちした様子で夕暮れ時を迎えた。

 学校の帰り道から少し逸れ、誰もいない小さな公園のベンチに腰掛け、スマホの画面と睨めっこをしている。意を決し、電話をかけた。


『もしもし?』


 いつもと同じ調子で聴こえた声は瀬良のものだ。


「瀬良、俺だけど……」


 発した声の勢いは弱い。


『おう。お前からかけてくるなんて珍しいな。……声からするに、何かったか?』


 相変わらず、察しのいいやつである。たった一言の声色で俺の状況の予想がつくらしい。地味に怖いな。


「ああ。少し、悩んでることがある」


 実際は少しなんてものじゃないけど、さすがにありのまま大きく見せるのは気が引ける。それが唯一の友達であっても、だ。


『というと、この間言ってた、友達になりたい子の事か? 無口無表情の』


 ……全く、どこまでも察しのいいやつである。実は思考共有していて俺の思考が逐一瀬良に伝達されてる、とかないよな……?


「話す前に内容を当てるなよ……ご察しの通り、その無口無表情の女の子の事だよ」


 実際には「他人に無関心」も入るが。


『ははっ、悪い悪い。それで、本題のお悩みの詳細は?』

「実は──」


 俺は桜木先輩から聞いた話を切り取りながら話した。

 沖田さんの過去に何かがあったこと。

 それが原因で今の無口・無表情・無関心の彼女になったこと。

 付き合いの長い先輩にすら話さず、両親も教えてくれないこと。

 名前など、一部は伏せて必要なことは全て話した。


「俺の勝手な想像だけど、多分それを知って、受け止めないと、彼女の友達とは言えないと思う」


 瀬良は、なるほどと呟き、黙り込む。


『ユウ、お前はなんでその子と友達になりたいんだ? あれだけ友達って概念を避けてきたのに』

「それは……」


 ──彼女の目が、虚空を見ているような澄んだ瞳が綺麗だったから。


 ──あの日の別れ際、彼女から発せられた「ありがとう」に僅かに明るい感情を抱いたから。


 ──彼女の笑顔を、もう一度見たいと思ったから。


 だけど、そう感じた、そう思った理由は……分からない。


『まぁいいさ』


 ふぅ、とひと息つく。


『すまないがユウ、この件に関してオレはお前の力になれそうにない。オレはその子のことも、その先輩のことも何も知らない。お前以上にな。

 それに、オレはユウほど大きい人生経験をしたことがないし、そんな友達もいない。そんなオレに、お前が悩むほどの問題をどうこうする力は、残念ながらない』

「そっか……」


 瀬良を責めることはできない。本来なら俺が自分でなんとかしなければいけない問題だ。

 俺の迷いが、瀬良に相談するという選択を取らせた。

 そのことを、まるで見透かしているかのように瀬良は最後にこう言う。


『だから、無力なオレがお前に言えることはこれだけだ────自分の心には正直にいろ。お前自身の本心は、信じてやれ』


 ドッと、鼓動が大きく一拍する。

 機械越しで雑音混じりのその言葉は、反して鮮明に、明確に耳に響いた。

 それは、唯一の友人からのせめてもの手向け。


『まぁ、せいぜい悩め。その時間も、きっとユウにとって無駄じゃないさ』


 いつもの軽めの口調で、それじゃあなと、瀬良は通話を切った。

 ツー、ツーと、等間隔に電子音が鳴る。

 スマホを耳から外し、握った手を落とすように体の横に置く。

 視界に映るのは、滑り台とその先に広がる小さな砂場、ブランコ、グローブジャングルに葉の茂る広葉樹群。子供たちのはしゃぎ声が消えた黄昏時の公園だけだ。

 そんな静かな景色を目にしていると、無条件に気持ちも鎮まっていく。


「甲斐があったんだかなかったんだか……」


 全く、我ながら良い友人を持ったものだ。


 ありがとう、瀬良。


 時間はまだある。瀬良の言うとおり、せいぜい悩むとしよう。軽い気持ちで彼女の真に迫ることはできない。


 鞄を手に取り、ベンチから腰を上げる。

 紅く染まる夕焼けを背に、改めて俺は帰路についた。

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