夏服になった私は豊胸したい 4
「私だってあれくらい…」
「ん?」
心の声が思い切り口から出てた…「いやなんでもない」
「なになに言ってみ?私もあれくらい何?」
「あれくらいな体型だったらな、って思っただけ」
「あ~~~」タダの視線が私の顔から少し下に降りた。「おっぱいな!」
「ちょっと!声大きい!何考えてんの道端で」
「大島が先に言ったんじゃん」
「私は口に出してない」
「いいじゃん、人それぞれだろ、大島もこれから大きくなんじゃね?」
タダが思い切り笑いながらそう言うので確実にバカにされているのだ私は。
「あんたにそういう事言われたくない。そういうのセクハラなんだからね。し、それにそういうの絶対言わない方がいいよ、他の子の前で」
「他のやつに言うわけねえじゃん。バカじゃん大島」
「はあ?私ならなんで許されると思ってんの!?あんたこそバカじゃん」
「なんか揉むと大きくなるって言うじゃん」
「ちょっと」とタダを睨む。「私の注意を聞いてないのか」
それにやってるっつの。風呂で毎晩揉んでんの!
「もういいから。…なんかヒロちゃんがそういう話をするのは可愛く思えるけど、タダはそうじゃないから他の女子の前では絶対止めなよ?」
「は?なにそれ?なんでヒロトだとおっぱいの話をしても可愛いんだよ?」
「キャラだよ。タダは止めた方がいいよ」
「そう?」
「そう」
「わかった」
なんか…結局タダと並んで歩いて帰ってるけど…
暮れかかりの淡いオレンジが混ざった空が少しだけ寂しい。
「なあ」打って代わって静かな声でタダが言う。「まだヒロトの事好きなん?」
何を静かに聞いてくるんだコイツ。
答えない私に「なあって」ともう一度聞いて来るタダ。
「…いけないの?」
「いや、すげえいいと思う」
思いがけない褒め言葉にビックリして頬が熱くなってしまったが、すぐに思いなおす。
コイツまたバカにしてんのか?
が、タダは言った。「ヒロトはすげえ良いヤツだもんな」
「…うん」
どうしたんだろタダ。なんか…今すごく優しい顔してる。前、私がふられた時にはバカにして笑って来たのに。
優しい顔のままタダが言った。「オレもヒロト好き」
なんだソレ。
でも『何言ってんの?』なんて言うのもどうかと思ったので、「そっか」と相槌を打つ。それに、優しい顔でそんな事を私に言って来たタダにちょっとほっこり来たし。
タダが続ける。「オレはヒロトに幸せになって欲しい」
そこまで言う?
私だってヒロちゃんには幸せになって欲しいけど、…他の女の子とじゃなくて、今日のミカちゃんとかとじゃ絶対なく、私と一緒に幸せになって欲しいなぁ~~。
って言っても振られてるけどね。2回も振られてるけどね。
1回目は『おっぱいが小さい』を理由にして笑いながら振られたけど、2回目、中学卒業の時に告った時には、無理だよな、って言われた。
「だってユズとは小1から一緒じゃん。チュウする時にも、他のなんかもっとする時にも、小さい頃のお前の事いちいち思い出して、何も出来なさそうじゃん」
って。
「お前想像した事ねえんじゃね?」とヒロちゃんは続けたのだ。「オレとチュウしたりするとこ」
「…」
した事あるに決まってんじゃん!ともちろん言いたかったが、そんなの恥ずかしくて言えなかった。チュウ以上の事だって想像した事あるよ…
「ちょっとしてみ?」とヒロちゃんが言ったので私はドキドキした。
だって自分の大好きな相手にチュウするとこ想像してみ、って言われたのだ。が、「な?」とヒロちゃんは続けた。
「どうやっても笑けてくるよな?」
ひどっっ!!
「オレはヒロトの事すげえ好き」タダがもう一度言った。
私も好きだよ。…ていうか私の方がすごい好きだよヒロちゃんの事は。タダとは年季が違う。
「それさっき聞いたし」と冷たく言う私。
「一緒じゃん。オレら」
「何言ってんの!?なんか気持ち悪いけど」
ハハハとタダが笑って言う。「なんかこうやって帰ってると小学の時みてえ」
「タダと二人で帰った事なかったじゃん」
「なかったけど」
「ねえ、さっきのミカちゃんからライン来たらどうすんの?」
「ヒロトが教えないんじゃね?」
「そうかな」
「だってヒロト、そこまでミカちゃん気に入ってる風でもなかったけど」
そうかな…ミカちゃんの事嬉しそうに見てたと思ったけど。
「自分を好きだって言って来たから嬉しいは嬉しいんだろうけど。それでどこか遊びに行きたいって言ってきたらしいから、なんかどうかなって思ってオレに言って来た」
「…」
「ヒロトはまあグラビアアイドルみたな感じの子がいいって言ってるけど、あんなミカちゃんみたいなんじゃなくて、普通に明るくて楽しくて、それでまあちょっとエロめの子がいいって」
「そうなの!?」
あっさりしたエロい感じって事?化粧とかしないのにおっぱいは大きい、みたいな?
あ~~…と心の中でうなだれる。私にはエロい要素が全くないもんな。高1だからそれもまあ当たり前ちゃあ当たり前だけど、たぶん私はこのまま大人になるんだろうな。Aカップのまま。
「タダはどうなの?ああいう感じの子は好き?おとなしそうな子が好き?」
急に聞いたからかタダが驚いている。
「え、オレ?」ビックリして、でも面白そうにちょっと笑いながら答える。「オレか…。オレはねえ…ヒロトみたいなヤツをずっと好きだって言ってるようなヤツが好きかも」
は!?
今度は私が驚いている。
どういうこと?えっ、なに、どういう事?
ハハハ、とタダが笑う。
どういう事?私をまたバカにしてんの?
うざっ!!
やっぱ一緒に帰らなきゃ良かった。
「あの6年の時の担任の高森先生」とタダが言い出す。
高森美々先生。美しい美しいと書いてミミ先生。当時27、8歳の恐ろしく綺麗な先生だったけど、今でもやっぱり綺麗なのかな。ヒロちゃんが当時大好きだった人だ。もう~~、と私は思っていた。なんで小学生のくせに大人の女の人好きになるかなって。
タダが続ける。「今でもあんな感じも良いってヒロト言ってる。年上が良いって」
マジか…。じゃあやっぱり私なんか全然ダメじゃん…
高森先生の弟が、どこかで捕まえたって言って教室に持って来た牛ガエル、ヒロちゃんは飼育係に任命されて、真面目に世話してたよね…背中にアルファベットのBの字型に黄色いイボがあったから『ビイ』って名前付けて。恐ろしく気持ち悪い大きなカエルだった。…あのカエル、最後はどうなったんだっけ?先生が持って帰ったんだっけ?
「引っ越して来た時、」とタダが言う。「オレはヒロトのいるクラスに入れて本当に良かったってずっと思ってる」
私も。私もずっとヒロちゃんと一緒の学校で本当に良かった。
「大島」とタダが言う。「次も誘うから。ヒロトから連絡来たら」
「嫌だよ。私、やっぱヒロちゃんが女の子といるの見たらちょっと…」
「いや、誘う。ちゃんと見といた方が良いって。ヒロトの付き合おうとするヤツ。ちゃんとしたヤツと付き合うかどうか見てやればいいじゃん」
「いや、マジでいいから。ちゃんとしてない子と付き合われても嫌だけど、ちゃんとした子はちゃんとした子なりに私が落ち込むからイヤ」
ハハハ、とタダが笑う。「わかった。じゃあ誘うから」
もう…っとに!、と睨み付けるとまた笑う。こんなヤツの話はもう聞かない。
やっとタダの家の方への分かれ道だ。
が、タダも一緒にこちらへ来て「送る」と言う。
「え、なんで?いいよ」
「なんでって」苦笑するタダ。「ちょっと遅いじゃん」
「部活の帰りよりちょっと遅いくらいじゃん」
「…」
タダが微笑んでから言った。「わかった。じゃあ気を付けて帰れよ」
ちょっと手を上げ、また微笑んでタダが言う。「また明日な」
「うん、また明日」
タダの笑顔がとても優しく見えたから、私もそう言って軽く手を振ってしまった。
私…次も一緒にヒロちゃんのところへ行こうっていう誘い、ちゃんと断れてるよね?




