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猫耳と鍛冶屋

 ステラがアンリを見つけた瞬間、まるで猫を思わせる動きでアンリに飛びかかる。わけがわからないままキョトンとしていたアンリはさして抵抗もできずにステラの腕に捕らわれる。


「ふえぇ!?」


 若干の恐怖を含んだおどろきの声を上げるも、ステラは気にせずアンリに抱き付き猫耳に怪しい動きで手を這わしている。


「うへへへ、うへ、うへへ」


 完全にヘブン状態である。こうなってしまったステラは、肉体言語以外は通じないのでいつもは俺が沈めるのだがアンリにとっては不幸なことに今日の俺にそんな事をする体力はない。


 何とかしろとばかりに入って来た仲間たちに視線を向けるとルイーゼは、あちゃーっとばかりに手で顔を覆って首を振っているいるだけだし、メリルはよくわからない笑みを浮かべて眺めているだけだ。


 一方、キースはもうすでにステラの背後に立っており、ポンっとステラの肩に手を置いたかと思うと、彼の手から出た鋭い光がランプ独特の蜜柑色の光に包まれた店内を一瞬だけ照らし、続いてステラが床に崩れ落ちた。そんなにアンリの耳が良かったのかキースにやられたからなのか恍惚の表情を浮かべたまま気絶している。


「やったか?」


 こらショウタ、それはやめなさい。キースがおそるおそるステラに近づいて本当にノックアウトできているか確認している。彼がそれをしているとたとえ気絶しててもステラは起き上ってきそうな気がしてくるな。


 気絶を確認したキースは気を失ったままのステラをいわゆるお姫様抱っこで抱え、この店の奥にある階段を昇って行った。おそらく部屋に寝かせに行ったのだろう。それを起きているときにやってやれば喜ぶんじゃないかな。絶対やらないだろうけど。


 ルイーゼとメリルは二人ともこちらの席にやって来た。


「どうグレイ、少しはマシになったの?」

「少しはな、さっきのステラの暴走を止められないくらいには疲れてるが」

「何かあったの?」

「ワイバーンの変異種が出た。あれは明らかに格上の相手だったよ、なんとか狩ってきたけどな」

「ギルドランク的にはどれくらいの敵なの?」

「だいたいAの中でも上位の奴だろうな。あ、もうギルドランクについては説明を受けたか?」

「ああ、ちゃんと昨日聞いたよ。下から順番にGFEDCBAS SS SSSであってるよな?」

「大丈夫だ、ちなみにDやCくらいになれれば十分一人前だ」

「そうなのか、グレイはランク的にはどれくらいなんだ?」

「Bだ、平均よりは優秀な方だな」

「私とメリルもBよ」

「Dランクから上は各ランクごとの差が激しい。Dランク以上のランクは、一つ下のランク5人分以上の力があるといわれている。大体の目安だがな」

「それも言われたよ」

 

 そんな話をしているとキースがもうステラはベッドに置いて来たのか、酒場の方に降りてきた。部屋まで運んだ後ステラに襲われるかもしれないと思っていたがそんなことはなかったようだ。


 キースが戻って来て席に座り、置いてあったコップを手に取りなかに入っていた水を一気に飲み干した。なんだか顔が少し疲れている気がする。さっきは何もなかったようだと思ったが実は寝ぼけたステラに何かされたのかもしれない。


 一度厨房に戻っていたアンリが酒の入ったジョッキを持って戻ってきた。さっきひっくり返したのを見たせいかさっきより危なっかしく見える。テーブルにトンっとお盆をおいて「あ、あの。さっきはありがとうございましたっ」そうキースに向けてまるで一気に吐き出すようにまくしたてると、パッとテーブルから離れて行った。


 今、キースは酒場内を動きまわる看板娘二人から二つの視線を送られている。片方はちらちらとこちらを伺うような視線。もう一方は目から何か出ているのではないかと思わせるほどの鋭い視線を送っている。


 アンリにはキースは自分を魔の手から救ってくれたヒーローにでも見えているのだろう。ハンナにはまだ幼い妹に付いた悪い虫だと判断されたようではあるが。


「王都に戻って来ていきなりで悪いんだけど、ちょっとの間依頼はお休みで構わないかしら?」

「ある程度の蓄えはあるから慌てて依頼をこなす必要はないが……、今日キースの魔法でも治りきらない怪我でもしたか?」

「あー、いやそういうわけじゃなくて。今日私吹っ飛ばされたじゃない?その時にとっさにガードに使った剣にヒビが入っててね。ちょうど良く今日とれたワイバーンの爪もあるし、それ使って新調しようかなって」

「いいんじゃねーの?いくらいい鉄を使ってても鉄は鉄だしな。むしろこのレベルまで来て鉄製の剣使ってるのがおかしかったんだろーよ」

「じゃあしばらくはお休みですねー」



 ーーーーーーー



 外の通りの喧騒が聞こえてくる。もうとっくに町は起きているようだ、少し寝過ごしてしまったか。

 隣のベッドはすでに空いている。


「おーい、グレイ、起きた?」


 がちゃりという音とともに部屋にルイーゼが入ってくる。その表情はちょっと心配げだ。


「んで?もう体の方は大丈夫なの?」

「ああ、限界まで眼を使った訳じゃないからな、一晩寝たらほとんど元に戻ったよ」

「そ、ならよかったわ」


 八の字にゆがめられていた綺麗に整えられた眉がいつものやや吊り上がった逆八の字にもどる。昨日俺が眼を使うことになってしまった原因になったことを気にしていたのだろうか。今までも何度もこんなことはあったが、その度にパーティーメンバーに迷惑をかけている。この眼はいつになったら使いこなせるようになることやら。


「グレイ、あなた今日暇よね。ワイバーンの爪を扱えそうな工房探してあちこち回るからちょっと付き合いなさい」

「暇だしかまわない、ちょっと何か食べてから行くから待っててくれ」


 それを聞いてルイーゼは部屋から出ていく。


 階段を下りてマスターのいる酒場部分に行き彼に何か適当に軽いのをくれと注文する。空いていたそのへんの席にすわり、マスターを待つ。そういえばショウタがいないな。依頼でも受けて出ていったのか? まだまだランクも低くたいした所には行っていないではあろうが、先輩としてルイーゼの剣ができるまでの間に、いろいろと教えてやるのもいいかもしれない。


 マスターが皿を持ってきた。上に載っているのはたっぷりの葉野菜と塩漬け肉の挟まったサンドイッチだ。きつい肉の塩味を野菜で中和している。見事な塩梅の光るそれをささっと食べて一声かけてから店の外に出る。


「お、出てきた出てきた。さあ、行くわよ」

「はいはい、そんなに急がなくても大丈夫だって」

「とりあえずは職人街からか?」

「そうね、ほとんどの工房がそこにあるし」


 職人街とは通称である。実際には長ったらしい番地が振られているのだが、そんなのは、少なくとも現地住民はほとんど覚えちゃいない。なぜこう呼ばれるようになったか。それはそこに一番職人たちの工房が集まっているからだ。この町はこういった場所が昔からいくつかあり、その起こりはよく知らないのだが、昔の王様の政策だったって話を聞いたことがある。確かにああいった環境では自然と競争が起こるため品物の質は高かったり、他にはない独自性の高いものがあったりするから、昔の王様がそれを狙ってこうしたというのも十分にあり得るんじゃないかとも思えてくる。


 ルイーゼと並んで職人街へ向かう。彼女と歩いていると、はっきり俺の方が背が低いことがわかってしまい毎度のことながら少し悔しさを感じる。そんな思いを抱えながら、顔を少し見上げるように会話しながら歩いていく。



 ーーーーーーー



「ほう、こりゃなかなかのもんだのう」


 目の前にいるカウンターに座ったところどころにやけど跡の残るまだまだ体の衰えを感じさせない筋肉を持った初老の男性が俺たちの出したまるで翡翠のような変異種のワイバーンの爪を見て感嘆の声を上げる。


「昨日採って来たばかりの新鮮なやつよ、どう? それ、ここなら扱えるかしらね?」

「ふう、いいものを見させてもらったわい、確かここならこいつは十分加工できるぞ、何を作るんだ?」

「剣を頼みたいの」


 そういって、ひびが入ったといっていた両手剣を鞘ごと背中から外し、カウンターの上に置く。

 男性は剣を半分ほど鞘から引き出しひびが見えたところで止め顔をしかめる。


「これは……なにか重たいものでも受け止めたのかね?」

「え、ええ」

「ふん、まあ余計な詮索はせんよ、そいで? 新しく作るのもこいつに形は合わせればいいのかい?」

「それでお願いするわ」

「ならしばらくこいつを預かることになるがいいか?」

「かまわないわ」

「この爪だけででつくるか?金属を混ぜるか?」

「金属を混ぜるほうでお願い、使うのはミスリルか魔鉄で。どちらを使うかはおじいさんにお任せするわ」

「わかった、だいたい一週間もあればできるだろう。もし代わりのがないならうちの弟子が作ったのでも持っていくかね。鈍器替わりくらいにはなるだろうよ」


 そういって男性は抜き身のバスタードソードを差し出した。パッと見は普通に切れそうな感じがするのだが、なまくらだと言っているのはまだまだ弟子の作品はこの工房の基準に達していないからであろうか。


「いや、別にいいわ。新しいのができるまでは依頼はお休みよ」

「そうかい、じゃあ一週間後くらいにまた来てくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 二人して店を出る、ぐーっと伸びをする。もう太陽は真上を通り過ぎており、それを認識した途端お腹が空いていることに気が付いた。


「ねえ、お腹空いてない?」

「どこか店に入ろうか。 もうお昼も過ぎてピークも過ぎたころだろう、ちょうどいいな。今ならどこでもほとんど並ばずに入れるんじゃないか?」

「ならお肉が食べたいわ。どこかよさそうなお店を探すわよ」

「はいはい、マスターに昨日のワイバーンの肉渡してあるんじゃないのかよ……」

「なにか言った?」

「いいや、なんにも。とりあえずここから離れよう、この区画には工房しかないからな」


金属を打つ音、何かを削る音。はたまた爆発音の響き渡る職人街の道を行く俺とルイーゼはどうでもいいことをだべりながら、まだ見ぬ昼食に思いを馳せていた。







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