飛龍亜種討伐と酒場
ガアァァァァァッ
広場に降り立ったもう一体のワイバーンが二本足で直立し、吠える。先ほど仕留めたやつよりも、もう一回りほど大きい。番だったのだろうか。先ほどの灰色だったワイバーンと違ってその体表は毒々しいとさえ形容できそうな鮮やかな緑で、傾きかかって来た太陽の光を反射してテラテラと怪しい光を放っている。
「オイオイ、もう一匹いるなんて聞いてねーぞ」
「先ほどのよりも明らかに大きいですわ、しかもあの色。おそらく変異種ですわね」
「妖精さんによると風の力を宿しているそうですー」
「あら、ちょうどいいわ、さっきのではちょっと欲求不満だったの」
キースが俺たちのパーティ内で2つしかない内のもう一つの魔法の袋を手に持ち、持っていたメイスをしまって、中からキースがすっぽり隠れられそうなほどの大盾を取り出し構えた。
「どーすんだ、逃げんのか?」
そんなことを聞いてくるが、それは構える前に聞くことじゃないかね?
まあでもこのままだと依頼を達成した証拠すら持って帰れないし、倒せない相手ではなさそうだ、逃げる必要はないだろう。そう考え返事をしようとしたところ、ワイバーンがこちらに向けて突っ込んできた。
「キース!前衛を頼む」
その指示とほぼ同時に、相手の突進を大盾で受け止め金属製の盾に雷を流した。
バチィ
そんな音とともに相手にも雷が流れたのか、サッと飛びのいた。その空いたスペースを埋めるようにルイーゼが飛び出し、手に持った長剣を袈裟懸けに振り下ろした。が、表面の鱗にだいぶ威力を殺されたのだろう斬れはしたが傷は浅く、致命傷には程遠いはずだ。思ったほどに斬れなかったことに少し意表を突かれた様子であったが、そのまま後ろに引いて距離を取ろうとしたルイーゼはワイバーンの振り上げた発達した前足とカギ爪に吹っ飛ばされ、広場の隅の茂みに消えた。とっさに剣でガードしていたようなので死んではいないと思う。思っていたよりも手ごわいみたいだ。見誤ったか。
「キース、ルイーゼの治療に回ってくれ。温存している場合ではないみたいだ」
そう声をかけて俺はキースと入れ替わるようにしてワイバーンの前に入り込む。と同時に瞬きをし、その瞬間、目に意識を向け魔力を込める。
目を開ける。
今の俺の眼は普段の深緑ではなく、まるで空を煮詰めたかのような透き通った深い深い青にうっすらと銀色の幾何学模様が浮かんでいるはずだ。
先見の魔眼。今、目の前にいるワイバーンは突然変異種だが、別にこれは魔物だけにあることではない。稀にだが人間にもこれは起こる。単なる先祖返りと違っていまだにその原因はハッキリしない
俺の眼は今まで確認されてきた突然変異の中でも比較的多い部類の物で使い勝手も良いものなのだが、何故か過去に確認されているものより消費魔力が多いらしく、せいぜい見えても5秒先、連続使用時間は10分が限界で、使った後は魔力の消費によりしばらく動けなくなってしまう。
一回の戦闘で力を使い果たし、自然の中で無防備な姿をさらすのは新人のころに徹底的に叩き込まれるタブーの一つで、冒険者としては失格だ。
鍛えたミスリルで出来た刀身をもつ片手剣を構えワイバーンの方に歩いていく。
今俺にはワイバーンがぶれているように二体見えている。実体が今で半透明が未来だ。
俺のゆっくりした動きを見て舐められていると思ったのか、先ほどルイーゼを吹っ飛ばした茂みとこちらとを交互に見ていた奴は俺にターゲットを絞ったのだろう。こっちを向いて左腕を振り下ろしてくるが、振り上げた時にはもう左側によけており、俺は振り下ろされる腕に剣を突き出しすれ違いざまに切り落とす。
真上にジャンプし尻尾での薙ぎ払いを躱し地面に着地する。回転の勢いのまま右腕が横薙ぎに迫ってくるが前に出つつしゃがんでよける。前に出たことによりワイバーンの足元へときたためワイバーンは脚で俺を踏みつぶそうとしてくる。
が、その脚は俺のすぐ右横に落ち、既に突き出されていた剣によって脚が切り裂かれる。深く傷つけられた脚はストンピングの勢いに耐えられず、悲鳴か怒りかわからない鳴き声をあげて横向きに倒れこんだ。
「地の妖精さーん」
メリルの気の抜けるような声とともに地面から地面と同じ素材で出来ているように見える帯のような枷が生えて、あっという間に動けなくしてしまった。
「ワイバーンさん捕まえちゃいましたけど、どうしますー?」
「私、最近革製のバッグが欲しいのですわ」
「魔力がたっぷり乗っていそうで、食べても美味しいと思いますー」
「それもありですわ」
俺は万が一がないこともないため、ワイバーンを見ているのだが、会話の内容は通じていないはずなのに彼女らの会話を聞いてなんだかおびえているように見える。
応急処置は終わったのか茂みからキースと一緒にでてきたルイーゼは無力化されたワイバーンをみて残念そうな顔をして剣を鞘に納めた。
「捕まえてもこんなの生きたまま持って帰れるわけ無いだろ、メリル、トドメを刺してやれ」
「さすがグレイさん、血も涙もないですー」
さっき皮剥いてバッグにするとか美味しそうだとか言ってたの誰だよ。殺して持って帰ってもバッグは作るだろうし、肉も食うだろうが。
首にかかっている、枷の一つが地面に沈んでいくようにしてワイバーンの首を絞めていく。首が徐々に絞められていく感覚に恐怖したのかワイバーンは戒めを解こうと叫び声をあげて暴れるが、枷はびくともせず、声が小さくなっていき、動きも小さくなっていき、ゴキッと堅いものが折れるような音がして、ついには動かなくなった。
それを確認した途端、体を満たしていた緊張感が体から抜けたのか、抑えていた倦怠感が襲ってきて仰向けに倒れこむ。
肌が露出している所に下草が当たって首がチクチクする。雑草の独特な青臭い匂いが鼻を突く。
「あなた、相変わらずそれ使うと倒れちゃうのね」
そういってルイーゼが俺を引っ張り上げた後、肩を貸してくれる。
「あのなあ、今回のはお前の勇み足だぞ」
「悪かったわ、久々に手ごたえのありそうなのが出てきたから、つい……ね」
「まったく、お前の暴走の尻拭いするのも大変なんだぞ」
「グレイさんが、ルイーゼさんの尻拭いですかー、なんだか卑猥ですねー」
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ガタゴト ガタゴト
馬車の天井が見える、怠さに満ちた体に染み込んでくる馬車の振動が心地よい。思わず寝そうになるが、さすがにそれはマズイと、必死に眠気と戦っていると馬車が止まった。
門番だろうか? 兵士の鎧をつけた者がサッと中を見渡して、外で御者をしているキースに通行の許可を出したようだ。
先ほどより小さい揺れが来る。舗装された道に入ったみたいだ。
「お……グレ……ろ、おい、グレイ起きろ」
どうやら寝てしまっていたようだ。
「グレイは先に酒場で休んでていいわ」
「わたし達で依頼の完了報告と獲物の換金はしてきますー」
「悪い、そうさせてもらう」
俺はノロノロと馬車から降りて目の前にある酒場の扉を開けた。今朝出てきた酒場だ。ショータが机に座ってウエイトレスの恰好をした金髪を流した少女と話している。もうさっそく誑し込んだのか?
少女の年齢はだいたい15,6だろう、昨日はいなかったはずなのだが。
「よう、二日酔いとかにはなってないか?」
2人のいるテーブルの椅子に倒れこむように座りながら聞く。
「ああ、グレイ。別に何ともなかったよ」
「そうか、ならよかった。ところでそちらは? ウエイトレスのようだが昨日はいなかったよな?」
「彼女は住み込みで働いているここの見習い兼看板娘だ、昨日はルイーゼの嬢ちゃんが来たあたりで早めに上がらせたんだ」
マスターが10歳前後の猫耳が頭に着いる肩口で栗色の髪を切りそろえた女の子と一緒にお盆にいくつかのコップを載せてやってきた。
「マスター、子供いたのか?」
「違う、ハンナもアンリも俺が見習いのころからの付き合いの冒険者の置き土産だ」
「ハンナです、ここで働かせてもらっています」
「アンリです、よろしくお願いしますっ」
二人とも自己紹介をしてきたので俺も返す。
「グレイだ、王都にいたころはここで世話になっていた。また、しばらくここで世話になることになると思う」
二人とも妹に猫耳がある以外はよく似ているが、やはり細かいところをみると違いがあるようだ。ハンナのほうは目が少しきつめだがアンリの方はまだ幼いからか、それほどきつさは感じない、くりくりとした目が活発さを示しているようだ。
しばらく5人で話をしていると
カランカラン
どうやら客が入ってきたようだ。そろそろ日も暮れてきてここも忙しい時間を迎えるのだろう。
「さ、ハンナ。そろそろ忙しくなるぞ、休憩はおしまいだ」
「わかりました、ショータ君、私行くね」
そういって、入ってきた客の席に注文を取りに行った。アンリも、手伝いなのか、お盆を手に厨房と座席とを行き来している。
「おー、えらいねー。アンリちゃん、今日もお手伝いかい?」
「はいっ」
褒められたアンリは嬉しそうだ。こんな男ばかりのところでは彼女たちは一種の清涼剤なのだろう、あちこちで声をかけられている。ハンナの方も慣れた動きで尻に伸びてくる手をぴしゃりとお盆で撃退している。お盆で叩かれて嬉しそうにしているやつまでいる、大丈夫か? この店。
「いやー、ここでハンナちゃんが働き出してから依頼のモチベーション変わったなぁ、あの笑顔は反則だぜ」
「バーカ、別にお前にだけ向けてるわけじゃねぇよ、営業用にきまってんだろ」
「アンリたんマジ天使」
こんな会話が聞こえてくる。
ガチャァン
アンリが料理をのせたお盆をひっくり返してぶちまけた。冒険者たちの生暖かい視線が降り注ぐ。すると、その料理を注文した奴だろう、なんとなくヘタレくさいチンピラみたいなのが
「オイコラ、チビ。なにやってんだ」
「あ、あのごめんなさい、代わりの物をすぐ持ってきます」
そういって厨房に戻ろうとするアンリを引き止め
「そういう問題じゃねぇだろう? どう落とし前つけるんだ、あぁ?」
チンピラがいちゃもんをつけていると、奥の方にある机に座っていたいくつかの集団が椅子を蹴倒して立ち上がり、チンピラに視線を向ける。あるものは斧を、あるものはハンマーを手にかけながら無言の圧力を放っている。それは明らかに修羅場を潜り抜けてきた者たちのそれであったが、チンピラにはそれがわからなかったらしい。
「あぁ?なんだよ、テメェらにゃかんけいねーだろ、引っ込んでろよ」
そして再びアンリの方に目を向けたところ、アンリは、「ひぅ」と声をあげ、耳をペタンと倒してチンピラに向けて恐怖の視線を送っている。
それが引き金となったのか、奥の集団が声もあげずに一斉に動き出し、チンピラを外へ連れ出した。突然目の前のチンピラが男たちに連れていかれたことに少し驚いた様子で、集団の最後尾の男に不思議そうな顔をして「あの人たちは何しに行ったんですかぁ?」と聞くと、その問いに男は厳しい顔から一転、優しい笑みを浮かべ「大丈夫、心配ないよ。ちょっとお話してくるだけだから」そう答えて男は、さらに不思議そうな顔をしてキョトンとしているアンリを置いて酒場から出て行ってしまった。
カランカラン
男たちと入れ違いに仲間たちが戻って来た。
「どうしたの? なんか今、男が一人連れていかれてたけど」
そんなセリフとともに皆が入ってくると俺が、しまった、と思うのとステラの目が獲物を見つけた時の妖しい輝きを灯したのはほぼ同時だった。




