**明清戦争・前半(1900〜1901) ──華南大陸戦争の勃発と拡大**
第1章:義和団の南下と華南暴動(1900年春〜夏)
■ 義和団の思想変質
この世界線では義和団は
「扶清滅和(清を助け、日本=和を滅ぼす)」
を掲げる。
理由は明確:
• 日本連邦=太平洋の覇権国家
• 後明=日本連邦の同盟国
• 清朝=沿岸を奪われた屈辱の帝国
• 華南の繁栄=後明と日本連邦の影響
義和団は「華南の繁栄=売国」と見なし、
後明を“第一の敵”と定める。
■ 義和団の南下
義和団は華北から南下し、
江西・湖南を経て後明領へ侵入。
• 後明官吏を襲撃
• 日本連邦系の商館を破壊
• 日本語学校を焼き討ち
• 華南の民衆を扇動
• 港湾都市で暴動が発生
後明軍は海洋国家であり、
内陸からの大規模民衆武装には弱い。
福建・広東の内陸部は混乱に陥る。
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第2章:清朝軍の南下と“華南侵攻作戦”開始(1900年夏〜秋)
義和団の暴動を見た清朝は、
「後明を潰す絶好の機会」 と判断する。
■ 清朝の戦略
清朝の狙いは明確:
• 華南沿岸の奪還
• 後明の滅亡
• 日本連邦の影響排除
• 内陸軍閥の求心力回復
■ 清軍の主力
清朝の主力は海軍ではなく陸軍。
• 湖南軍閥(歩兵・騎兵)
• 江西軍閥(砲兵・民兵)
• 湖北からの増援
• 義和団の民衆武装を“補助戦力”として利用
■ 清軍の侵攻ルート
清軍は二方向から後明領へ侵攻する。
● 西ルート(江西 → 福建)
• 山岳地帯を突破
• 後明の内陸防衛線を突破
• 福州への道を開く
● 北ルート(湖南 → 広東)
• 義和団と合流
• 広東北部の農村地帯を制圧
• 広州を脅かす
後明は 北と西から挟撃される形 となり、
防衛線は急速に崩壊する。
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第3章:後明の崩壊危機と日本連邦への救援要請(1900年秋)
■ 後明の軍事的弱点
後明は海洋国家であり、
• 海軍:強い
• 沿岸防衛:強い
• 内陸戦:弱い
• 大規模陸戦:不得手
特に福建・広東の内陸は山岳・河川が多く、
後明軍は地形を活かせず敗退が続く。
■ 後明の政治危機
• 福州の陥落危機
• 広東北部の農村地帯が清軍に制圧
• 義和団の扇動で民衆暴動が拡大
• 日本連邦人の被害が増加
後明政府はついに
日本連邦に正式な軍事支援を要請 する。
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第4章:日本連邦の参戦決定(1900年冬)
日本連邦は後明を見捨てられない。
■ 日本連邦の参戦理由
• 後明は同盟国
• 南海航路の安全保障
• 清朝の南下阻止
• 義和団の反日暴動の鎮圧
• 華南沿岸の安定化
• 太平洋文明圏の安全保障
連邦議会は迅速に可決し、
日本連邦は後明救援を決定。
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第5章:日本連邦派遣軍の上陸(1901年初頭)
■ 派遣軍の構成
日本連邦の派遣軍は三本柱。
● 薩摩系(南方陸軍)
• 山岳戦・密林戦に強い
• 主力歩兵
• 近代火砲を装備
● 長州系(参謀・指揮)
• 作戦立案
• 兵站管理
• 後明軍との統合作戦
● 東国系(工兵・補給)
• 道路建設
• 橋梁架設
• 港湾整備
• 補給線の確保
■ 上陸地点
• 広州湾
• 厦門
• 海南島北岸
日本連邦は 沿岸を確保しつつ内陸へ進撃する戦略 を採用。
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第6章:前半戦の主戦場(1901年)
■ 福建戦役
• 日本連邦軍+後明軍
vs
• 江西軍閥+義和団
山岳戦が中心。
薩摩系の山岳戦術が威力を発揮し、
清軍を押し返す。
■ 広東北部戦役
• 日本連邦軍
vs
• 湖南軍閥+義和団
農村地帯での広域戦。
東国系工兵が補給線を確保し、
長州系参謀が包囲戦を展開。
■ 海南島沖の小規模海戦
清朝海軍は弱体化しており、
海戦は小規模で決着がつく。




