南北戦争・序盤(1861〜1862)
**1. サムター砦攻撃(1861年4月)
しかし“意味”が史実と違う**
史実と同じく南部が砦を砲撃し、戦争が始まる。
だがこの世界線では、南部の認識がまったく違う。
南部の主張:
「北部は日本連邦と結託して我々の制度(奴隷制)を破壊しようとしている」
南部はすでに
“北部+日本連邦”を敵と見なしている。
北部は逆に、
「南部は日本連邦への恐怖で暴走している」
と考える。
日本連邦は即座に 中立宣言 を出すが、
逃亡奴隷保護と東海岸州の安全確保は継続するため、
南部は「偽りの中立」と非難する。
---
2. 北軍の混乱と“太平洋軍団”の台頭
史実同様、北軍は序盤で混乱するが、
この世界線では 太平洋軍団(義勇軍) が早期に登場する。
● 太平洋軍団の構成
• 東海岸州の日本系住民
• 元逃亡奴隷の黒人義勇兵
• 百済系移民
• 日本連邦の退役軍人
• 海軍・造船関係者
彼らは北軍の正式部隊ではないが、
“北軍の友軍”として行動 する。
北軍は彼らを歓迎するが、
南部は「日本連邦の代理軍」と見なす。
---
**3. 中立州の動揺(1861年春〜夏)
史実には存在しない“第三勢力”の誕生**
メリーランド、デラウェア、ニュージャージーなどの中立州は、
戦争に巻き込まれることを恐れ、
次のように揺れ動く。
● 日本連邦への接近
• 日本連邦の海軍が沿岸を守ってくれる
• 赤菊社が医療支援を提供
• 逃亡奴隷問題で日本連邦の方が道義的に正しい
• 北部も南部も信用できない
中立州の議会では、
「日本連邦との保護協定」 が議論され始める。
これはアメリカ連邦政府にとって“国家分裂の兆候”
。
---
**4. 第一次ブルラン(1861年7月)
史実より混乱が深い**
北軍は敗北するが、この世界線ではさらに複雑。
● 太平洋軍団が北軍の退却を援護
• 黒人義勇兵が殿軍を務める
• 日本連邦系の工兵が橋梁を破壊して追撃を遅らせる
• 赤菊社が負傷者を救護
北軍は壊滅を免れるが、
南部はこれを見て確信する。
「日本連邦は北軍を支援している!」
この誤解が後の大戦争の火種になる。
---
5. 南部の“対日恐怖”が急激に高まる(1861年後半)
南部の新聞・政治家は連日こう主張する。
• 日本連邦は黒人を武装させている
• 日本連邦は東海岸州を支配している
• 日本連邦は太平洋岸を奪った
• 日本連邦はアメリカを包囲している
南部の政治思想は
「反北部」から「反日本連邦」へ 変質する。
---
6. 北部の“太平洋志向”が強まる(1861〜62)
北部は日本連邦をこう見ている。
• 奴隷制反対の価値観が一致
• 医療・衛生で赤菊社が支援
• 太平洋軍団が戦力として有用
• 日本連邦との交易が経済を支える
北部の新聞はこう書く。
「太平洋文明圏との協調こそ、アメリカの未来である」
北部は日本連邦を“友好勢力”と見なす。
---
**7. 逃亡奴隷の大量流入(1861〜62)
南部の怒りが頂点に達する**
日本連邦は逃亡奴隷を保護し続ける。
• 東海岸州 → 日本連邦領へ海路で逃亡
• 日本連邦は教育・医療・自治を提供
• 黒人義勇兵として太平洋軍団に参加する者も多い
南部はこれを
「日本連邦による南部社会の破壊」
と見なす。
---
8. 1862年:中立州の“日本連邦保護要請”が現実味を帯びる
戦争が長期化し、
中立州の議会で次の案が正式に提出される。
「日本連邦と安全保障協定を結ぶべきではないか」
これはアメリカ政府にとって
“国家の死”を意味する。
南部は激怒し、
北部は困惑し、
日本連邦は慎重に対応する。




