邂逅
その日もアパートの廊下は、いつもと変わらず静かだった。
霧島連は鍵を回して、最低限の家具だけを揃えた狭い部屋に入った。
誰かを招くこともない部屋。
制服を脱ぎ、鞄を床に置く。
スマホを見ても通知がくることはない。
いつも通りの日常だった。
学校でも、問題はなく、特別なにかあるわけでもない。
話しかけられれば答えるし、頼まれれば断れない。
例え自分がいなくなっても、世界は明日も同じように進むのだろうという感覚があった。
連はベッドに腰を下ろし、天井を見上げ、進路のことを考えようとし、やめた。どうせ考えたところで、なにか出てくるわけでもない。
「……風呂、行くか」
その時チャイムが鳴った。
人が来るのには遅く、来る人に心当たりもない。
「何も頼んでないよな?」
ドアスコープを覗くと金髪の女性が立っていた。
年は自分とよりも少し上くらいに見える。
連はチェーンをかけたまま、ドアを少しだけ開けた。
知っている顔ではなかった。
「……何かようですか?」
「こんばんは」
「ここ、霧島連の部屋で合ってる?」
「……そうですけど」
なぜか彼女は自分の名前を知っていた。
「なんで僕の名前を知っているんですか?」
「どうしてだと思う?」
彼女は答えず笑みで返した。
答える気がないのが見てとれた。
「……なにか用があるんですか?」
連がそう聞くと、彼女は首をかしげた。
「んーとね。」
「君に会いに来ただけかな。」
「人違いじゃないんですか?」
「いいや?合ってるよ。」
今度は即答だった。
「一方的に知ってるっていうのは良くないよね?」
「公平に行こう。」
「私はノクサ。」
そう彼女は自己紹介をした。
「ノクサ……?」
聞き返すと、彼女――ノクサはうなずいた。
「そう。いい名前でしょ。」
「あと知りたいのは会いに来た理由?」
ノクサはそう言って、面白いものを見るような眼差しで連を見た。
「うんうん。やっぱりそこが一番気になるよね。」
「まあ暇だったからだね。」
あまりにも軽かった。
「……は?」
連の反応を見て、ノクサは笑った。
「嘘じゃないよ?」
嘘ではないと言われても、納得はできなかった。
「知らない人の家に来た理由が、暇だったからって……」
「私はさぁ、退屈が大嫌いなんだよね?」
「面白いものを見たり面白いことをしたりして生きていたいの。」
「さっき人違いじゃないかって言ったでしょ?」
「君、一人暮らしだよね?」
「それになんの関係があるんだ?って思ってるでしょ?」
「確かにそれは思ったけど……」
「簡単に言えば都合がいいんだよね。」
「身寄りがいないから君がいなくなってもあんまりめんどくさくならない。」
「別に取って食うようなことはしないし、傷つくからそんなに警戒しないでよ」
露骨に警戒し始めた連に対して両手を軽く上げた。
冗談めいた仕草だったが、連の緊張が解けることはなかった。
「私だけが話すのは公平じゃないからね。なにか質問はあるかい?」
ノクサはそう言って、首を傾げた。
さっきまでの話を感じさせないほど軽かった。
「急に訪ねてきて一体何がしたいんだよ?」
連は、できるだけ平静を装って聞いた。
ノクサはその問いを聞いて、少しだけ考える素振りをとった。
本気で考えているのか、間を楽しんでいるのかは分からなかった。
「うーん……」
「私はさっきも言ったけど面白いことがしたいの。」
「あなたに会いに来たのは確認。」
「私がしたいことの駒になれるかどうかのね。」
ノクサははっきりとそう言い切った。




