第十七話 玲香・夜風
扉の向こうには、大きなグランドピアノがあった。
「わぁ…すごく大きなピアノ!リズ姉もそこに突っ立ってないで見に来なよー!」
壁にもたれて呆然としているリズ姉を呼ぶ。
なんでこんなところにピアノが…と、もそもそ言いながら私たちへと歩み寄るリズ姉に山脇さんは微笑んで言った。
「昔住んでいたここの住人が、このグランドピアノを大家さんにプレゼントしたんだよ。そうしたら大家さんがここにそのピアノを置いて、誰でも弾けるストリートピアノにしたの」
「大家さんにピアノをプレゼント?!…素敵だけど、そんな高価なものをプレゼントする人がいるなんてすごいですね」
「ふふふ、玲香ちゃんもそう思う?でも大家さんの彼はすごく優しくて、本当にピアノを愛している人なの」
山脇さんは、ピアノを目を細くして見つめた。
「実は、ピアノを寄贈したのは私なのよ」
山崎さんがピアノを…
「「えぇぇっ?!」」
るき兄と声が重なる。
つまり、山脇さんがここで昔住んでいたということか。
「そんなにびっくりしないでよ。このアパートには大学生の時にお世話になっていたわ。ちょっと狭いんだけど、とっても暖かい雰囲気で……あっ、ほら。あそこにいるのが大家さん」
山崎さんが指さした方向には、誰かと話している年配の男性がいた。
優しげな微笑みを浮かべて話している大家さんを見ていると、こちらも自然と笑顔になってくる。
「優しそうな人だね」
「そうだね」
大家さんが弾くピアノは、どんな音を紡ぐのだろう。
優しくて深い音を勝手に想像する。
――大家さんのピアノ、聴きたいな。
「よし、じゃあみんな、そろそろ部屋を見に行こう」
「「はーい!」」
山脇さんの提案に頷き、部屋へと続く階段を上がる。
踊り場にある蛍光灯が切れかけて点滅していた。
「リズ姉、さっきから何も喋ってない気がするけど大丈夫?」
「大丈夫、ピアノにびっくりしてただけだよ」
「そう?リズさん今日一日ずっとおかしいよ」
いつの間にかるき兄も会話に参戦していた。
「そ、そう?!別になんでもない」
ぷいっとるき兄から顔をそらすリズ姉。
――絶対るき兄と何かあったな。
もしかして沙月と同じように……いや、リズ姉の性格上そんなことはないかな?
よし、とりあえずちょっと探ってみよう。
「わぁ、るき兄の手冷たっ!」
「そうかな?」
「めっちゃ冷たいよ。リズ姉も触ってみなよ」
「えっ?!」
明らかにリズ姉が動揺しているのがわかる。
「ほら、冷たいよ」
「わ、私は別にいいから」
「なんで?」
「なんでも」
頑なに首を横に振るリズ姉に私はため息をついた。
仕方ない。
「まぁいいや、私が温めてあげる」
るき兄の手をぎゅっと握ると、春の夜の空気に冷やされた手の冷たさが私の手に伝わってきた。
リズ姉の方をちらっと見ると、リズ姉は物欲しそうな視線でるき兄の手を見ている。
――あーあ、やっぱり。わかりやすっ!
これで決まったわけではないけれど、おそらくリズ姉はもっとるき兄と仲良くなりたいんだろう。
そりゃそうだよ。
私は前から友達としてるき兄ともリズ姉とも仲が良かった……のかな?
少なくとも私はるき兄とは仲が良かった。
だから、リズ姉ともるき兄ともこうして普通に仲良くできている。
だけど、リズ姉とるき兄は特別仲が良いわけでもなかったんだから、急にただのクラスメートが兄弟だとわかっても、お互いすぐには仲良くなれない。
だから、仲良くなるためにリズ姉は今頑張っているんだろう。
よし、私も三人全員で仲良くできるように協力しよう!
そんなことを考えながら、るき兄と手を繋いだまま部屋のドアを開ける。
「おぉ~」
二軒目のアパートの部屋は、畳の部屋だった。
ちょっと古びたところがあるけれど、懐かしいような雰囲気がある。
「落ち着く部屋だね。一軒目の方が景色も綺麗だったし過ごしやすそうな気はするけど。リズさんとれいれいはどう思う?」
「私はるき兄と同意見!」
やっぱり、こっちもいいけど一軒目の方がいいな。
「私は、」
リズ姉が口籠る。
「……私も、るきあと同意見かな」
みんなるき兄に同意見なら、住むアパートは一軒目に決まりだろう。
三人で住める日が来るのが楽しみだ。
両親にも、いつか会えたらいいな。




