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第十三話 凛水・距離

カツン、カツン――…


二人分の靴の音が響く住宅街。

時計の針は、すでに7時を回っている。

玲香と月樹といるのが楽しくて、つい山田さんの家に長居してしまった。

脳裏に浮かぶ玲香の笑顔。


――玲香、幸せなんだな。


兄弟じゃなかったら、絶対関わることはなかったタイプだった。

こうやってちゃんとクラスメートと会話して家に集まったりする日が来るなんて。


――私も、幸せだ。


「ねぇ」


不意に隣を歩く月樹が私を呼んだ。


「リズさんは、覚えてる?」

「何を?」

「お母さんが歌ってくれた曲」

「え?」

「お母さんが僕らのために作って、毎晩歌ってくれた曲。たしかこんなメロディで…」


曲?

たしかにお母さんは趣味で曲を作っていたけれど…


「〰〰〰〰♪」


月樹が鼻歌を歌いだす。

あぁ、優しくて温かいメロディ。

どこかで聴いたことがあるような。


「あっ…」


懐かしい記憶が蘇ってくる。

――お母さん、今何時?

――もう11時よ。眠れないの?

――うん。あのお歌を歌ってくれない?

――ふふっ。じゃあ、こっちおいで。

お母さんの膝の上で、滑らかな旋律に身を任せながら。

眠れない日は、いつだってこの曲を聴きながら目を閉じていた。


「夢を空に描いた季節~♪…あってる?」

「あってると思う」


思い出してくれたんだねと月樹は笑った。


「懐かしいね」

「またあの声を聞けたらいいね」

「うん。お母さん、どうしてるかなぁ。るきあは何か連絡取れてたりしないの?」

「それが、取れてないんだ…」

「そっか」


――いつか、夢を空に描いた季節…


私も、曲を作っている。


山脇さんの家の、大きなグランドピアノ。


鍵盤を押すと、透明な音が指を滴る。


今ある曲だけじゃ足りなくて、いつしか適当に浮かんだメロディを弾いていた。


どうしようもない気持ちを、音にして自己満足する。


でもそれは、お母さんみたいに誰かを笑顔にするための曲じゃない。


単なる、自分のための道具だった。


「僕も、あんな曲を届けてみたいな」


月樹がぽつりと言った。

月樹も曲を作っているのだろうか。


「月樹も、曲を作ってるの?」

「ううん、さすがに今の僕には無理だけど、」


月樹が上を向くのに合わせて、前髪から綺麗な目が覗いた。


「でも僕はいつか、音を咲かすことで、たくさんの人の笑顔を咲かせたい」


音で、笑顔を…

自分のためじゃなく、他の人のために…

私も顔を上げ、空に浮かぶ細い月に目を凝らした。


「それが、今の僕の夢!」


夢…か。

溌溂とした月樹の横顔が、いつもより大人びて見えた。

なぜだろう。

月樹には自分の夢を叶えてほしいし、私だって全力で応援したい…いや、応援しているのだ。


なのに、なんだか寂しい気持ちがした。


「そっか」


頑張ってねと言えない自分が情けない。

兄弟だから多分大丈夫だよねと月樹の手を取る。

掴まらないと、置いて行かれそうで怖かった。


「リズさんには、夢がある?」

「私の夢?えっと、私の夢は――」


今の私にはおそらく夢なんてない。


それでも、いつか私にも夢が生まれると信じていた。


でも、私は――

私は他のみんなみたいに鮮やかな生活を送っていない。

このままずっと自分のためだけにピアノを弾いて、このままずっと家族以外の人の干渉を拒絶し続けて、ずっとこのまま自分を出せないぼんやりした生活を送るだけなら、私の人生に夢なんて生まれるのだろうか。

それなら、いっそ。


「私の夢は、るきあの夢を叶えること」


きっと、これでいい。

こう答えるのが正解だ。

姉として、兄弟の夢は応援しなくては。

夢がないなんて言えない気がした。


「ありがとう」


冷たい風が私たちの間を吹き抜けていった。


「じゃあ、僕はあっちだから。また明日ね」


T字路まで来て月樹が言う。

――嫌だ。今は一人になりたくない。


「…待って」


無意識に呟いた。


「どうしたの?」


でも、迷惑をかけるわけにはいかない。


「ううん、何でもない。ごめんね。ばいばい」


夜の冷気が痛かった。

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