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第十二話・月樹・ほんとうの名前

「音咲」


れいれいの入部届に押されたそのハンコを、僕はじっと見つめた。

音咲…?


「ねぇ、山田さーん!」


れいれいの声に、ドアががちゃりと開いた。


「どうしたの?クッキーのおかわり?」

「違うよ!見て、このハンコ」


れいれいがハンコを指さす。

山田さんはうふふと笑った。


「あぁ、それ。あなたたちには覚えがないの?」


音咲に覚えがあるか?――どういうことだろう。

机の上のクッキーを取りながら僕は尋ねた。


「覚えって?どういうことですか?」


窓辺のウィンドウチャイムが涼やかな音をたてる。


「山脇さんがね」


山田さんは窓の外に視線を移した。


「山脇さんが、このハンコを作ってずっと持ってくれていたの。いつか必要になるかもしれないって」

「え?」


リズさんが驚いたような声を上げる。

山脇さん…リズさんの里親の方のことだ。

山田さんは棚からハンコを出した。


「もう三人揃ったんだから、三人とも本当の名前に戻ってもいいと思う」

「本当の名前?」

「本当の名前に戻るなら、山田のハンコを押すのはおかしいでしょ?だからこれを押したんだよ」


話についていけない。

僕は入部届の文字を眺めた。

「山田玲香」

そう、れいれいは山田玲香なのだ。

山田のハンコを押して何が悪いのか。

尋ねようとすると、それを見透かしたように山田さんはゆっくりと口を開いた。


「凛水ちゃんと、月樹君と、玲香ちゃんの、ほんとうの苗字。それが音咲」


音咲。そうだったんだ。僕は音咲月樹なのか。

小さい頃はあまり苗字なんて意識していなかったからか、全く記憶にない。

また一つ、見えなかった世界が見つかった。

淡く光るような空気の流れが、僕たちに絡みついていく。


――いつか、夢を空に描いた季節


不意に柔らかい旋律が聞こえた気がした。

これは――趣味で曲を作っていたお母さんが、僕たちのためだけに作ってくれた曲。

そう…お母さんが作った音、だ。

木漏れ日が淡く地面を這うようなそのメロディは、あの頃の僕をいつも撫でてくれた。

言葉を交わさなくても、この曲がお母さんと僕の心を繋いでくれた。

ただの音じゃない。

音が…咲いている。

その表現が一番しっくりくるような気がする。


…いつかあんなメロディを作って、僕も心と心を繋ぎたい。


密かな、僕の夢だ。


「で、用件はそれだけ?」

「あ、うん。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。また用があったらいつでも呼んでね!」


山田さんは笑顔を残して部屋を出て行った。

曲の余韻が頭に揺れている。

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