第九話 凛水・伝えたい事実
「ばいばい」
山田さんが教室のドアを開けて友達のもとへと走っていく。
教室には、山中君と二人きり。
伝えないと――伝えないといけないのに、言葉が出て来ない。
気まずい沈黙。
鞄に教科書を詰める音だけが教室に響く。
「僕もそろそろ帰るね」
山中君が笑う。
ダメだ。
早く言わなきゃ。
「…ダメ。まだ帰っちゃ嫌」
「え?」
「私、山中君に伝えないと」
「どうしたの?」
鞄を下ろしてこちらを見る山中君の目が不思議そうに輝く。
なんて言えばいいんだろう。
私が山田さんみたいにもっとコミュニケーションができる人だったら、きっとこんなときだって上手く伝えられるはずなのに。
月樹。
竜巻の前はるきあと呼んでいた。
それなら。
「山中君…いや、るきあ」
「?!」
「キーホルダー。つけていてくれたんだね」
「ど、どうしたの、リンス」
「パズルのキーホルダーだよ。三人で作ったね。最初にアイデアを出した私のために、密かにお小遣いを貯めてくれたるきあ。あの頃はまだ不器用だった妹を、手伝ってくれたるきあ。ずっと目をキラキラさせて、一生懸命プラ板を切っていたるきあ。全部覚えてるよ」
「…え?」
「思い出したんだよ…私だけなの?」
「私だけって?」
思い出してくれない。
もどかしい感情が溢れる。
―気づいて。
「るきあは覚えてない?私を」
「どういうこと?」
「私は、ずっとあなたを探していた」
こんなにも…ずっと会いたくてたまらなかった気持ちが。
「ねぇ。会いたかったよ、るきあ」
「…」
それでも月樹は困ったように笑うだけだった。
わからない。わからない…どうやって伝えればいいのかわからない。
――ガラガラ…
教室のドアが開く。
反射的に振り向く。
こんな時間に誰だろう。
「るき!」
山田さんが息を切らして立っている。
忘れ物だろうか?
「るき!私、伝えなきゃいけないことがあって…」
一直線にるきあの元へと向かう山田さん。
はっとした。
あの頃。泣き虫の妹を思い出す。
―どうしたの、泣いちゃって。
―リズ姉…別に泣いてないから!
―泣いてるでしょ?強がらなくてもいいんだよ。
―強がってるわけじゃないし…
―何かあったなら話してみてよ。聞いてあげるから。
そうしたら私のもとへと歩いてきてくれた、妹…
そうだ。れいっか。いつもそう呼んでいた。
伸ばした髪も大きな瞳も、あの頃のままのれいっか――山田玲香。
あぁ、見つけた。
私の妹。
「待って」
こんな奇跡があるだろうか。
「ちょうど私も今その話をしようと思ってここにいるから」
「リンス…?」
…やっと三人揃ったんだ。
教室に吹き抜ける風。
潤んだように感傷的な光が、私たちの影をそっと覆う。
「私たち、三人揃ったんだよ」
ふわりと空気の溶ける音。
「三人…?」
「そう、三人」
不可解そうな表情を浮かべる弟と妹に、私はそっと微笑んだ。
「ね、れいっか。るきあ。そうでしょ?私たちはずっとお互いを探していたんだ」
「探していた?」
「そう。あのキーホルダーに覚えがない?」
「あっ」
玲香は私の顔を見つめた。
――気づいてくれたのかな。
「もしかして、リズ姉…リズ姉だったの?!」
「そうだよ」
私は玲香を優しく抱き締めた。
「リズ姉…」
リズ。
あなたたちにしか呼ばせない、私のあだ名。
「答えはすぐそこにあったんだね」
温かい涙が頬を滑り落ちた。




