悪役令嬢の過去②
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■四条桐華視点
気づけば、私は訥々と話し始めていた。
お母さんとお父さんが離婚したこと。
お母さんは毎日仕事で遅くまで働いていて、親子なのにほとんど会話もないこと。
転校した先の小学校で、イジメに遭っていること。
そして……とうとう耐え切れずに学校を飛び出して、今、数馬くんの家にいること。
「……そっか」
数馬くんは私の話を静かに聞いてくれた。
それだけで……私の心が軽くなった。
「同じ学校だったら、俺が何とかするんだけど……」
「あ、き、気にしないで。話を聞いてくれてありがとう」
落ち込む数馬くんに申し訳なくて、私はわたわたしてしまった。
「な、なあ“木戸”、イジメてる奴等に言い返したりはしないのか?」
「む、無理だよ……」
「だよなあ……」
数馬くんは溜息を吐く。
「いけー! ダイヤモンドエンジェルー!」
その後ろでは、佳代ちゃんがアニメを見ながら、思いっ切り拳を振り回していた。
すると。
「そ、そうだ! だったら強い奴になりきるってのはどうだ?」
「ど、どういうこと……?」
数馬くんの言葉の意味が分からず、私は思わず聞き返した。
「アレだよアレ!」
数馬くんが指差したのは、テレビの画面に映っている『魔法少女スイートエンジェル』だった。
「あ、あれがどうしたの?」
「あの悪役、毎回スイートエンジェルにやられるんだけど、それでも毎回諦めないで立ち向かっていくんだ! 敵ながらスゲエと思わねえか?」
「う、うん……」
数馬くんの言っている意味が分からないけど、私はとりあえず頷く。
「だからさ! 木戸も“リージュ”になり切っちまえば、その……す、少しは心が軽くなるかなって……」
話しているうちに自分でも訳が分からなくなったんだろう。
数馬くんは、声がどんどん小さくなっていった。
でも。
「くすくす……それ、いいかも」
「ほ、本当か!」
突拍子もないことだけど、真剣に考えてくれた数馬くんの気持ちが嬉しくて、私は悪乗りしてしまった。
数馬くんも、自分の提案が受け入れられて嬉しいのか、ぱあ、と笑顔を浮かべた。
「じゃ、じゃあ『甘エン』のDVDあげるからさ! これ観て勉強してみなよ!」
「あ、あはは……うん」
ちょっとやり過ぎのような気がするけど、数馬くんの好意を素直に受け取っておこう。
だけど……。
「そういえば、どうして『魔法少女スイートエンジェル』が好きなの?」
つい疑問に思ってしまい、数馬くんに尋ねると。
「あー……佳代にチャンネル譲って一緒に観てたら、俺もハマっちゃったんだよ」
数馬くんが苦笑しながら頭を掻く。
私はそんな数馬くんが可愛くなって、思わず微笑んだ。
◇
「本当に、申し訳ありませんでした!」
数馬くんのお母さんが家に帰って来るなり、私のお母さんに連絡してくれた。
そのお陰で、お母さんはすぐに私を迎えに来てくれた。
「いえ、うちは大丈夫ですから……それよりも、桐華ちゃんのお話、聞いてあげてください」
「はい……」
数馬くんのお母さんの言葉に、お母さんが悲しそうな表情で俯いてしまった。
悲しませるつもりは、なかったのに……。
「なあ、木戸」
「なあに? 数馬くん」
「またつらいことがあったら、いつでも連絡くれよ! つか、これ!」
そう言って、数馬くんが紙切れを渡してくれた。
そこには、電話番号が書いてあった。
「それ、うちの電話番号だから!」
「あ……」
私はその紙切れをギュ、と握り締める。
まるで、宝物であるかのように。
「じゃあな! 木戸!」
「うん! 数馬くん、佳代ちゃん、またね!」
「お姉ちゃん、バイバーイ!」
数馬くん達と別れ、私はお母さんと一緒に家に帰る。
その途中、お母さんは泣きながら何度も「ごめんね」って謝った。
だから、私も「いいよ」って答えた。
だって、私はもう大丈夫だもん。
私は、あの悪役の“リージュ”になるんだから。
◇
それからの私は、まずは形からってことで、“リージュ”の口調を真似てみることにした。
そのために、『魔法少女スイートエンジェル』を何度も見直したんだけど……。
「あはは、まさか“リージュ”が“サファイアエンジェル”になるだなんて……」
そう、悪役の“リージュ”は、その諦めない心で強さと優しさを手に入れ、晴れて“サファイアエンジェル”になったんだ。
今なら数馬くんが“リージュ”みたいに、って思った理由も分かる。
私も強い心を持てば、いつかこんなヒロインになれる……そう応援してくれたんだって。
だから、私は数馬くんが示してくれたように、“リージュ”……ううん、“サファイアエンジェル”を目指そう。
そして、強くなった私を、数馬くんに見てもらうんだ。
それからお母さんは今のお父さんと再婚し、私は遠くの街に引っ越してしまった。
だから、それっきり数馬くんと再会することはできなかったけど、私はずっと“リージュ”のように強くあろうと頑張った。
数馬くんに、いつか逢えるその日のために。
新しい小学校やその次の中学校でも、引っ込み思案な性格はそんなに変わらなかったため、あまり友達はできなかったけど、それでも、私は“リージュ”のように心を強く持って過ごしたお陰で、大切な友達も何人かできた。
そして、中学三年の春、私はお母さんとお父さんに思い切ってお願いした。
私を、数馬くんが住むあの街の高校に行かせて欲しい、と。
もちろん二人は反対した。
それに、仮にあの街の高校に進学したからといって、数馬くんが同じ高校に通う保証はないし、そもそも出逢う可能性だって……。
でも、それでも……私は、彼に逢いたかった。
逢って、今の私を見て欲しかった。
ううん、それだけじゃない。
あの日からずっと私の胸の中に秘めていた想い……。
それら全てを、数馬くんに伝えたかった。
お母さんもお父さんも、結局は根負けしてあの街の高校に通うことを認めてくれた。
そして……高校一年の入学式。
学校の玄関に掲げられていた入学者一覧。
その中に……“倉本数馬”の名前を見つけた。
◇
「……ふふ、懐かしいですね」
私は引き出しを開け、宝物のように大切にしまってある紙切れを眺めながら口元を緩める。
一年の時は別のクラスになってしまったけど、二年になって同じクラスの、それも隣の席同士になるだなんて思いもしなかった。
しかも。
「あうう……まさか、数馬くんに抱き締められてしまうだなんて……」
あの時を思い出すと、今でも恥ずかしくなってしまう。
あの数馬くんが、私を見るなり涙を流しながら抱き締めてくれて……。
最初は、私との再会を喜んでそうしてくれたのかな、って思ったりもしたけど、数馬くんは私に全然気づいてなかった。
まあ、あの日以来逢ってないし、名字も“木戸”から“四条”に変わってしまったから仕方ないけど……。
でも……優しいところは何一つ変わってなかった。
今もあの頃と同じ……ううん、それ以上に素敵な男の子になっていた。
一年の時は“リージュ”の口調のせいで、“悪役令嬢”なんて渾名をつけられ、周囲から浮いた存在になってしまったから、迷惑がかかると思って距離を置こうとしたんだけど……。
「ふふ……でも、数馬くんにとってはそんなのお構いなし、なんですね……」
数馬くんの優しさを想い、私は頬を緩める。
「さて……明日はいよいよ数馬くん達と遊園地へお出かけです。気合いを入れませんと」
私はフンス、と小さく拳を握る。
明日、数馬くんは私を見てどう想ってくれるかな。
ひょっとしたら、『綺麗だ』って言ってくれるかな。
私のこと……思い出してくれるかな……。
私は淡い期待を込め、明日の準備に勤しんだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
次回は明日の夜更新!
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