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決戦!(Excite)

いよいよクライマックス突入です。

おそらくあと2回で完結します。

 タクシーがオクタゴンおたいの駐車場に入った時、車寄せに黒塗りの国産高級車が停まっているのに気付く。すると助手席からひょろ長の男が飛び出し、外から後部座席のドアを開けると、中から見覚えのある男が現れる。FMあさまの代表取締役を兼任する小田井町の田代町長だ。町長の横にいるひょろ長の男は、実質的にFMあさまを取り仕切り、取締役を兼任している地域課の課長だ。

 はじめは付かず離れずの距離で二人の後を追い、彼等が中会議室に入ったのを確認すると、ふたつ隣の和室に入る。表向きこの和室は駈の名義で『早獲れ黒ブドウ試食会』の名目で貸し出されているが、はじめが隣の中会議室から送られてくる映像をモニタリングしながら適宜わかばとみのりに指示を出すためだけに用意したものだ。

 はじめはMacBook Proを開き、映像と音声に神経を集中させる。画面にはFMあさまの役員を務める町長以下、商工会会長、青年会議所理事長そして地域課課長が席についている姿が映し出されており、彼等と二言三言、挨拶を交わすわかばとみのりの声もハッキリと聴こえる。

 IMの参加者一覧を見ると、オクタゴンおたいの中にいるはじめやわかば、みのり以外に、ゆい、そしてあいとまいのIDが表示されている。おそらくゆいは『景品交換所』の中から、あいとまいの二人は北小学校のPCルームからアクセスしているものと思われるが、午後の授業はどうしたのだろう。


「今日は皆様に大事なお話をしなくてはなりません」

 地域課課長が口火を切る。

「今回は最後ですので、町長以下全員にご足労頂きました」

 町役場はオクタゴンおたいから徒歩五分に位置し、商工会は斜め向かい。この距離でご足労とは結構な話だ。

「もう皆様もご存知かと思いますので、単刀直入に申し上げましょう。折からの不況による広告収入の激減と、設立目的の一つであった、災害発生時のインフラ整備につきましても、インターネット等の普及により、一定の役割を果たしたものと判断し、来年三月末をめどに放送終了および小田井超短波放送株式会社を解散することが、次回の町議会で正式に可決される見込みとなっております。開局から六年と短い間でしたが、皆様のご協力には感謝すると同時に、解散後の皆様の再就職先につきましては、最大限協力させていただきますので、なにか困ったことがあれば、遠慮なさらずにご相談ください。ここまででなにか質問はございますか?」

「あのう、ちょっとよろしいでしょうか」

 攻守交替。わかばが質問する。

「どうされましたか。三里塚さん」

「私たちからのご提案なのですが」

「なんでしょう」

「結論から言います。FMあさまの土地・建物・免許といった、負債以外のすべてを、私たちが設立する会社に無償でお譲りしていただけませんでしょうか」

 数秒間の沈黙の後、役員一同が大爆笑する。

「ハハハハハハハハ……。いわゆるおいしいとこだけいただきますってやつですか。いやはや、なかなか面白いことをおっしゃる。それ、本気ですか?」

「ええ」

「本気だ」

 みのりがわかばの返事に補足を入れる。

「ここには全株主の四分の三が揃っておられわけですから、今すぐこの場で臨時株主総会を開いていただき、定款を変更して決議を取り、事業継承の手筈を整えていただきたい」

 よし。みのりの先制攻撃はちゃんと決まったぞ。はじめは思わず右手の拳を握る。

「お……お前らふざけてるのか!」

 地域課課長がいきなり激昂する。だが、これは想定内。カメラをわかばのPCに内蔵されたものに切り替えると、わかばは顔をこわばらせている。

 恫喝モードに入って心理的に圧迫しようと言う意図が見え見えである。


sekiya1:わかばさんがんばって。大丈夫。顔は堂々と!

young_leaf:hai. wakarimashita.


 打った文字がアルファベットのままになってしまったのは、緊張して半角英数から全角への切替をし損ねたからだろう。

「私たちは本気で言ってるんですよ。ふざけるならもう少しマシなふざけ方をしますし、これが私たちにとっても、皆様にとっても、小田井町にとってもベストな選択だと思いますけどね」

 みのりは更に追い打ちをかける。そろそろ第二波を出す頃だ。

「一体どういうことだ……」

 地域課課長は怪訝そうな表情を隠そうとしない。


sekiya1:わかばさん、みのりさん。例の資料を出してください。

minori_sakura:了解。


「先ほど、課長さんは、広告収入の激減が解散の理由だとおっしゃってましたが、こちらを見ていただけますでしょうか」

 部屋の照明の明るさが数段落ち、わかばが自分のPCから出力したパワーポイントのファイルをプロジェクタに映し出す。

「こちらは、六年前に設立されたときからの売上の推移となります。設立初年度こそ、設立が四月で本放送が十月だった関係で、翌年以降の半分以下となっておりますが、それ以降に関して言えば、若干の前後はあったにせよ、毎年一定の売上があり、広告収入が激減したといった事実が無いようですが、課長さんはなぜ今のようなご説明をされたのでしょう?」

「うっ……」

 カメラを切り替えると、町長以下役員たちの顔が一瞬にして引きつる様子が見える。

「あの、それは言葉のアヤと言うか……ええっと……」

 地域課課長が必死に弁明しようとする。

「わかばっち。あんまり揚げ足取るのも可哀相だから、話を続けよう」

 みのりはケルベロスを刺激するような発言をする。先走るなよ。

「売上の話の他、それ以上に気になったのは、ええっと、財務諸表によれば、一昨年、昨年の売上がほぼ例年どおりであったにもかかわらず、営業利益が激減……いや、大幅な赤字となって、資本金を大幅に上回る負債を抱えるようになったところです」

「それは、一昨年、昨年に大きな出費があったからだろう」

 地域課課長が呟く。

「たしかに課長さんがおっしゃるとおり、一昨年、昨年に大きな出費があったからこのような数字になったんでしょうけど、残念ながらどこにいくら支払ったのかがよくわからなかったので、色々調べてみることにしたんです。みのりちゃん。お願いします」

「まずは商工会会長。八十インチの4Kテレビにブルーレイレコーダーそしてメーカー純正のオーディオラックの調子はどう?」

「何を訳の分からないことを言っているんだ?」

 商工会会長が怪訝そうな顔をして尋ねる。

「一昨年の領収書の中に、八十インチの4Kテレビの領収書があって、備品台帳にも型番と製造番号の記録までちゃんと残っていたんだけど、肝心の現物が社内に無いんですよねぇ。んで、私がちょうど買おうと思っていた炊飯器を買うついでに電器屋のオヤジに聞いてみたら、ご丁寧に保証書の販売店控えを見せてくれましたよ」

 みのりはプロジェクタに保証書の販売店控えのデジカメ写真を映し出す。保証書控えには、商工会会長の名前が書かれている。

「私たちの誰も、このテレビを買ったという話は一切聞いていないんですけど、会社の宛名の領収書があって、備品台帳にも型番と製造番号が記録されているのに、現物が見つからなければ、盗難された可能性があるので、警察に届けを出さなければならなくなっちゃうんですけど……。これは会社にとって損失ですしね」

 今度はわかばがみのりの言葉を補足する。

「うっ……」

 商工会会長は既に言葉を失っている。どうやら図星のようだ。

「それだけじゃ無いんですよ。田代町長」

 みのりの追及の矛先は町長へも向けられる。

「なにかな?」

 町長が口を開く。

「ちょっと待ちなさい。町長は関係無いだろう」

 地域課課長が話を遮ろうとする。

「では、なにもおっしゃらなくてもいいので、話を聞いていただけますか」

「FMあさまには営業用の車が無くてですね。なにかあるときは持ち込んだ個人の車を使っているんですが、どう言うわけか、昨年からFMあさま名義の車の自動車税の納税通知書が届いているんですよね。なにかの間違いだと思ってそのままにしておいたんですが、督促状が来ないと言うことは、銀行自動振替だったんですね」

 プロジェクタには自動車税の納税通知書をスキャンした画像が映し出されている。

「それがどうしたんだ。君の言うとおり、何かの間違いなんじゃ無いのか?」

「ところで、町長には町役場にお勤めのご長男がいらっしゃいますよね。あっ、なにもおっしゃらなくて結構です。もしそうならうなずくだけでOKです」

 田代町長が軽くうなずく。

「そこで我々は、自動車税納税通知書に記載されている自動車登録番号、すなわちナンバープレートを付けた車を探しました。そして見つかりました。それではご覧ください。ドン!」

 プロジェクタの画像が、町役場の駐車場からアウディA4の運転席に乗り込もうとしている町長の長男が写った写真に切り替わる。自動車税納税通知書の自動車登録番号と、写真のアウディのナンバープレートが一致している。

 見る見るうちに町長の顔が青くなっていく。

「それだけじゃ無いんですよ。町長には、音大に通っていらっしゃる娘さんがいらっしゃいますよね。入学祝で贈られたスタインウェイのグランドピアノの件なんですけど……」

「もういい。わかった。わかったから、お前たちの要求はなんだ!」

「最初に言いましたよね。FMあさまの負債以外のすべてを無償で頂きたいと」

 王手チェックメイト。はじめは右手で小さくガッツポーズをした。


yui_wada:どうやら私の出る幕は無かったな。

sekiya1:いや、ゆいさんから色々アイディアを頂かなかったら、ここまでたどり着くことができませんでした。ありがとうございます。

yui_wada:ただ、一筆取っておいたほうがいいな。一応念のためだ。

young_leaf:そうですね。さっそく書いてもらうことにします。


 画面には、口元に笑みを浮かべつつも目が笑っていないわかばが、町長の傍らに立ち、町長が何かを書いているようすを見守っている映像が流れている。


「ちょっと待って下さいよ」

 青年会議所理事長が待ったをかける。変なことを言って水を差してくれるなよ。

「役場も商工会も、FMあさまを使って私腹を肥やしてたんじゃないですか!」

「お前だって何ももして無いくせに役員報酬だけは一人前に貰っていたじゃないか!」

「それはアンタが名前だけでもいいから貸してくれって言ったから……」

「名前を貸しただけだからって言う理由が通じるほど世の中甘くないんだよ!」

「名前を貸してくれって言ったアンタがそんなこと言うなよ! いい加減すぎるだろ!」

 敗北が決まった瞬間、ケルベロスは己の身体が一つであることを忘れ、仲間割れを始めたところでわかばとみのりがログアウトし、映像が途切れる。

 はじめが和室から出るのとほぼ同時に、わかばとみのりが中会議室から廊下に出ようとしていた。

「わかばさん、みのりさん、とりあえずここから出ましょう。早くしないと、もう一度町長たちとバッティングしてバツの悪い思いをしちゃいますから」

「そうね」

 三人はオクタゴンおたいの建物から出ると、足早に駐車場まで移動する。車止めで町長たちが黒塗りの高級車の後部座席に乗らんとしている。

「はじめ君!」

「はじめぇ!」

 二人はほぼ同時に声を上げると同時に、前後からはじめに抱きついてくる。

「よかったぁ……本当によかったぁ……」

「はじめ。君のおかげだ。本当にありがとう!」

 二人は泣いているのか笑っているのかよく分からない、くしゃくしゃな表情をしている。

「いえ。おれは大したことなんかしていません。お二人だけじゃなく、ゆいさんやあい、まい、それにしーちゃんさんやしおりさんたちがいたからですよ」

「それじゃちょっと早いけど、今日はみんなで飲みに行くか! はじめもいいだろ。酒はダメでもコーラでも飲んでりゃいいんだから」

「いや、ちょっと待ってください」

 はじめはスマートフォンの画面の時計を確認する。表示されている時刻は十四時五十二分。

「どうしたの?」

 わかばが左斜めに首を傾げながらはじめの顔を覗き込む。

「あのう、今から三十分で佐久平駅まで行けますか?」

「ん?」

 唐突なはじめの依頼にわかばは右斜めに首を傾げた。

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