懲罰!(Exclamation)
わかばの運転するアルファロメオは三十分どころか、二十分で佐久平駅蓼科口ロータリーに到着し、助手席から降りたはじめはお礼もそこそこに、身体をふらつかせながら十五時二十五分発のあさま五二七号に乗る。新幹線が発車した瞬間、スマートフォンがSMSの受信を通知する。
一五:二七
From:菅野美緒
To:関谷はじめ
Body:今どこにいるの! 始まっちゃうよ!
文章をかなり端折っているが、言わんとしていることは分かる。予定の上では、あと三分後に生徒総会が始まる。さすがにこのSMSを無視するわけにはいかないだろう。はじめはSMSではなく、メールで返事を書く。はじめの到着を待っているのは、美緒だけでは無いのだ。
一五:二九
From:関谷はじめ
To:菅野美緒,中村つかさ
Subject:(no subject)
Body:ごめんなさい。一五:四〇に着きます。
十五時三十五分。新幹線が上田に到着し、ドアが開くと同時にはじめは階段を駆け下り、ダッシュで学校までの道のりを駆け抜ける。正門から学校の敷地に入ると、昇降口を経由せず、直接講堂に向かう。講堂の方角から、スピーカーを通じた美緒の自己紹介が聞こえ、一歩一歩近づくたびにその声は次第に大きくなっていく。
「……引き続きまして、新書記である関谷はじめからの挨拶ではございますが……」という声が行動の内部から聞こえたその刹那、はじめは講堂の入口で革靴を脱ぎ捨て、両開きのドアを勢いよく押し開ける。
バンッ! という大きな音に全校生徒が一斉に後ろを向き、はじめの姿に注目する。はじめは痛いほど強く感じる全校生徒の視線とざわつきに一瞬怯むが、気を取り直し、敢えて胸を張って堂々と中央の通路を通り抜けると、下手から舞台に上がり、つかさ会長以下生徒会役員が待つ中央に歩み寄る。しかし彼女たちは一同、はじめの姿を見てポカンとした表情をしている。
「すみません。お待たせいたしました」
はじめは役員たちに深々と頭を下げる。
「いや……そうじゃなくて……」
つかさ会長は明らかに困惑の表情を浮かべている。
「ん?」
「どうしてそんな格好してるの?」
美緒の指摘に、はじめは自分がスーツ姿のまま学校に戻ってしまったことに気付く。
「はじめ君、謝るのはあとで。今はみなさんにご挨拶して」
つかさ会長がはじめにワイヤレスマイクを手渡すと、それを受け取ったはじめはそのまま一歩前へ出る。大勢の人の前、しかも、あちこちから失笑が漏れている。
「遅れ馳せながら、只今ご紹介に預かりました第六十代生徒会書記・関谷はじめです。学校史上初の男子生徒の役員ということで、中には戸惑いを覚えている方もいらっしゃるかと存じます。しかし任期が終わるころには、『関谷を選んで良かった』と思っていただけるよう学校を盛り上げ、皆さんがより良い学校生活を送るお手伝いができればと思います……」
「すみませんでしたっ!」
生徒総会は滞りなくすべての議案が承認され、無事成功をおさめたが、生徒会執務室ではじめは自分以外の五人の生徒会役員たちに深々と頭を下げる。
「うーん、そう謝られてもねぇ……」
小室のぞみ副会長は戸惑いながら、はじめとつかさ会長の顔を交互に見ている。
「で、何があったの? 先日訊いたよね。『最近、お家のことで何か問題は無い?』って。君は無いって言ってたけど、それって本当なの?」
「はい。家のことでは問題はありません。しかし、学校と家以外でちょっとトラブルを抱えてました。でも、それも学校に戻ってくる直前にほとんど解決しましたので、もう今日みたいに大事な行事に遅れたり、学校を休んだりするようなことは無いと思います」
美緒は声に出さないものの、少し驚いたような表情を見せる。
「しかし、そのために生徒会の皆さんにご迷惑をおかけしたのは事実です。今日は本当に申し訳ありませんでした」
はじめは再び深々と頭を下げる。するとつかさ会長ははじめの前に歩み寄り、両手ではじめの頭部を軽くつかむ。はじめは会長から膝蹴りの一つでも食らうものと覚悟した。が、会長ははじめの頭頂部を自分の胸の谷間に埋める。その一連の動きに、美緒は「あ……う……」と、言葉にならない声を発している。
「そっか。それは大変だったね。でも良かった。何とか解決したんでしょ?」
「はい」
はじめは頭の頂点で感じる、数枚のコットンを隔ててもなお強く感じる柔らい物体に胸の鼓動が高まるのを押さえながら、辛うじて短く答える。
「どんなトラブルがあったかは敢えて聞かない。でも、せめて私たちにも相談くらいはして欲しかった。そうすれば、もっと効率的に解決する方法があったかもしれないし……。ううん、はじめ君は私たちの大切な仲間だから、私たちのことをもっと信じてほしかった」
「ごめんなさい。別に会長を信じてないとか、そういうことじゃないんです。大切な人たちだから、おれの個人的なトラブルに巻き込みたくは無かったんです」
「そっか。でもなぁ、私たちは生徒総会の時、必ずはじめ君は戻って来るって信じてたんだけどなぁ……」
「すみません……」
「わかってる。はじめ君は私たちを傷付けたくなかったんだね。ありがとう。でもその代わり、ちゃんと藤高生徒会流のペナルティは払ってもらうわよ」
「ペナルティ……ですか?」
「チーズケーキ」
「へっ?」
「『へっ?』じゃなくて、今度の月曜日の放課後、駅前のお店でチーズケーキを買ってきてね。もちろんホールで」
「いやぁ、藤高初の男子生徒会役員に相応しい、派手な演出だったねぇ。こういうの、僕は嫌いじゃないよ」
「うるさい」
帰りの電車の中、駈ははじめを軽くからかう。
「で、結局何があったのか、ワタシたちには話してくれるんでしょ?」
「……」
はじめは黙ったまま、車窓の田園風景をみつめている。つい少し前まで黒い部分が目立っていた盆地の田圃が、いつの間にか青々とした色に変わっている。
「『ワタシたち』ってことは、僕も含まれているのかい、菅野さん」
「そりゃそうでしょ。って言うか、カケル君気にならないの?」
「気にならないと言えば嘘になるけど、別に今知る必要は無いと思ってる。時間が経てば、自ずと僕たちの耳に入ってくるだろうからね。それに、はじめには何か、考えがあるようだからさ。それまでは、はじめのことを信じてやろうよ」
駈はそう言うと、はじめに向かって軽くウインクする。
「えーっ、何だか納得いかなーい!」
美緒は唇を尖らせ、不満そうな表情を隠そうとしない。
電車が小田井に着くと、三人は誰もいない改札を抜け、駅舎の外に出る。
「悪い。ドラッグストアでトイレットペーパーを買ってくるよう頼まれてるから、先に帰ってくれ」
はじめは美緒と駈にそう告げると、独り県道に向かって歩き出す。だが、本当の目的地は県道沿いのドラッグストアではなく、ドラッグストアから歩いて数分の場所にあるオクタゴンおたいだ。はじめは周囲に人がいないことを確認すると、スマートフォンを取り出し、あるところに電話を掛ける。呼び出し音が二回続いた後で、電話がつながる。受話器の向こうでは、人工的な声の女性が何か喋っているような声を拾っているが、何を言っているかはよく分からない。
「もしもし。関谷です」
「Здравствуй.(ズドラーストヴイ)! わかばおねーちゃんから聞きました。おめでとーなのです。とりあえずこれで安心なのです。あとはさっさと新会社設立の準備に入るのです!」
「あの、しーちゃんさん……」
「どーしたのです?」
「今、どちらにいらっしゃいますか?」
「今ですか? 今しーちゃんは天然ガスがらみの件でユジノサハリンスクにいるのです! ニシンがとってもおいしーのです! おお、хорошо(ハラショー)なのです……」
ユジノサハリンスク。確か中学の時に使った地図帳に、サハリン最大の都市として記されていたはずだ。
「実は、あの後町長から電話がありまして、三十分後にオクタゴンおたいの『くまがいホール』に独りで来いと言われたんですが……」
「うんうん。でもちょっとそれは妙なのです」
「ええ。ですからおれは、何を訊かれても適当にはぐらかしておきます」
「分かったのです。ただ、おにーちゃんのことだから分かってると思うのですけど、何かあった時のために、スマートフォンのGPSはオンにしておくのです」
「はい。それは勿論」
「それから、二時間以内に必ずしーちゃんに電話して欲しいのです。もし電話が無かったら、おにーちゃんに何か問題があったと判断して、警察に捜査を依頼するのです」
「分かりました。でもその確率としては万に一つも無いと思いますけど」
「待ってるのです!」




