夜に葬る 4
このお話はここで完結です。
【7月17日 夜】
あれ、寝てた?
時計を見ると、たぶん2時間くらい寝ていただろうっていう時間。
深く寝ていたのか、大事な予定を忘れてしまったかのような、おかしな感覚が頭にのこる。
ベッドから身体を起こす。
やっと目覚めはじめた意識に「藍沢葵」という単語が浮かぶ。
そうだ、犯人は――少なくとも記憶泥棒は、葵なんだった。
カレンはどうしているだろう彼女頼みであるのは申し訳ないが、葵の能力を解除するために、葵が能力を授かるきっかけ、「葵の七夕以前」についてしらべてもらわなくては。
携帯を手に取るとカレンから新着メールがある。
『どなたか存じあげませんが、意味のわからない迷惑なメールを送るのはやめてください。
やめて下さらないのであれば、こちらも警察に届けるなどの対処をさせていただきます』
なにを言ってるんだ?
おいおい、僕の存在――
僕の存在忘れたのか?
と、冗談でそう思って、それが冗談でない可能性に気が付く。
藍沢葵は僕と同様、他人の記憶を消す力を持っている。
もし、彼が僕が葵の能力を嗅ぎつけていて、僕の協力者がカレンだと気が付いたら?
ああ、もしかしてこの頭痛は――
と、インターホンが鳴り、僕の家にだれかが訪ねてきたのである。
ドアを開けて、立っていたのは良く知ったクラスメート、飯田と静井さんだった。
「こんな時間にすまないな」
と飯田は言い、なにやら一冊のノートのようなものを差し出す。革張りの立派な作りだが、かなり使い込まれているようだ。
「?」
「安在の取材ノートよ」
と静井さん。
「どうして……安在は無くしたって話じゃ……」
「ああ、実は今日、静井さんとB組の家をまわってたんだ。そしたら、【三上碧】の家で、三上にこれを渡されてさ」
飯田が言う。
【三上碧】――かれもまた、バスケ部の一員だが――藍沢ほど有能な選手ではない。
「三上自身も覚えていないんだそうだが、三上の家にこれがあったそうだ。どうして俺の家にあるのかわからないが、持っているのも嫌なんでどうにかしてほしいって頼まれたよ」
なんといえばいいか、僕が思いつく前に、静井さんが、
「心配しないで。私と飯田くんはこのこのノートの中身を見てはいないわ」
と、静井さんが言う。
つまり、僕の七夕以前の悪行は、わざと知らないでいてくれてると。
「ありがとう」
「これを使って、この嫌な騒ぎをどうにかできるんなら、相田くんだけだと思って。私たちにできるのはきっとここまでじゃないかって思って」
僕は家を出て、走った。
安在の取材手帳を見て、「真相」は分かった。
急がねばならない。
藍沢葵の耳に、飯田と静井さんの名前が届くのは時間の問題だ。そしたらカレンと同様、いやそれ以上に、2人の身が危険だ。
そして藍沢葵の家の前。
息を切らす僕に、ダレカが後ろから声をかける。
「そんなに緊急事態か?」
街頭で照らされた、爽やかな顔も、今は少し、皮肉に歪んで見える。
「葵」
僕は、ちょうど帰宅したらしい、藍沢葵を向いて言う。
「おまえ、記憶が消せるんだな」
「お互いさまじゃないか」
「おまえは、地方大会で結果をだしたバスケ部のエースでだった。でも安在の取材を受けていたのは、そんな輝かしい存在だったから、だけじゃない。
中学の時に教師に暴行して、警察沙汰になってる。その過去を安在に掘り起こされてたわけだ」
『バスケ部のエース、過去の非行』ってわけか。
「僕は葵と中学から一緒だったはずなのに、そんな事件、記憶にない」
警察沙汰にもなった事件なら、噂話に疎い僕でも知っているはず。けれど、知らないのは、
「安在に嗅ぎまわられて、うっとうしくなったお前は『過去の事件をみんなが忘れればいい』と思って七夕を迎えた。それで、記憶を消す能力を手に入れ、願いどおり、過去の事件が僕らや安在の頭からすっかり消えた」
そう、まるで、僕とそっくりに。
「じゃあ、僕は安在とは関係ないな、もう」
葵が言う。
「そのはずだった。能力のおかげで平穏な日々を手に入れたはずだった。
だけど、安在は記者だ。記憶はけせど、取材内容のバックアップを取っていないはずがない。取材手帳を見た安在は、自分の記憶に残っていない事件に興味を持った。
そして、15日、安在は取材のために高校にやってきた。手帳によると、15日に会う約束をしていたのは【三上碧】だ」
三上碧――かれも、バスケ部。ただ、エースではない。準エースだ。
「きっと、15日以前にも、安在は君に直接アプローチしていたんだろうが、お前がしらをきりとおしているんで、ライバル関係にある、三上碧に会って話を聞こうとしたんだろう。そこを、お前が刺した」
そして、安在の記憶を消し、彼女の鞄からこの取材手帳を抜き取った。
「……そこまでは成功だったな」
ぽつりと、葵が言う。
「安在はすっかり俺のことを忘れてくれた」
「まさか、疑いが僕、【相田アキ】に向いて、こんな騒ぎになるなんて想定外だっただろ」
「そりゃあ、同じ高校に超能力者がいるなんて、誰が思う?」
葵が渇いた笑いで応える。
「だけど、またも葵。おまえはツメがあまかったわけだ。
安在は記者だ。バックアップを取っていないはずがない」
安在は自分の鞄に入れておく取材手帳(つまり、葵に盗まれた手帳)の他に、三上碧、という部外者であり、葵の部活のライバルに別の取材手帳を渡していた。おそらく、15日に、でもだろう。
「お前はそれをしらなかった。安在の手帳を奪って、彼女の記憶を消せば十分だと思ってた。
ところが、16日、三上が『安在が取材していたのは藍沢だ。俺はその証拠を持ってる』とか言い出したんだろう?――一時間目の後の休み時間に」
そして、三上と葵は口論になった。
静井さんが聞いた、「となりのクラスの怒鳴り声」とはおそらくそれで、それこそが、葵がB組全員の記憶を消した理由だ。
しかし、藍沢とは関係なく、一之谷一黄が同じ時間に盗難をした。その盗難が無ければ、
B組の連中も10分ほどの記憶がないことをそんなに騒ぎ立てることもなかったかもしれないのに。
「運が悪かったんだ、俺は」
葵が言う。
「それで? どうして俺に会いに来た?」
と葵が言う。
「聞きたかったんだ。個人的に。
過去を消して手に入れた嘘の信頼や平穏は、価値のあるものだったのか」
葵は少し考えて、
「最初はすばらしいものだったよ。
でも逃げられないんだ、いくら消したって。安在や三上や、お前みたいなやつが、痕跡を辿って追ってくる。消しても消しても、所詮は嘘だからな」
【7月18日 休日の朝】
朝から焼肉。僕には理解できない。
と、目の前で朝から焼肉を頬張る霞野原カレンを見ながら思う。
藍沢葵が「能力を持ったきっかけの出来事の記憶を消せば能力が消える」と言う事実を知らないだろうと踏んだのが正解だった(僕だって、大原さんに雇われていなければしらなかったのだから)。
そうでもなかったら、わざわざ、葵に会いに行った僕はただのかっこつけ阿呆だ。
葵の「七夕以前に安在に嗅ぎつけられている」という記憶を消すことで、どうやら葵の能力は消えたようだった。というのも、カレンから「あんたのこと、思い出したわよ」と電話が来たから。
僕は、カレンに、カレンが僕のことを忘れていた時間のことも含めて、事の顛末を話す。彼女は肉を頬張りながら、
「なんだか、長い間、眠ってたみたいな気分だわ」
と言う。
「あとで、飯田と静井さんにもお礼を言わなくちゃな」
「学校の人や、安在から、今回の騒ぎの記憶は消さなくていいの?」
「いいよ。どうせ、都市伝説みたいな噂だ、賞味期限がきれるのも早いさ」
ふうん、と彼女は、肉を追加注文する。
「ところで、この焼肉代は、僕のおごりなんだろうけど、例の4万に含まれるのか」
「含まれるわけないでしょう。慰謝料みたいなものよ」
「なんの」
「私の記憶が消えた」
「高いな」
「お昼はしゃぶしゃぶにしましょ」
「お昼はしゃぶしゃぶにしましょ」
ああ、大原さんの機嫌をとって、馬のように働かなくては。
「ところで、安在の取材手帳はどうしたの?」
「昨日の夜、帰りに捨てたよ。持ってたってどうしようもないだろ」
「へえ。過去は夜に葬ったのね」




