7話
依頼完遂の証拠として、『記録球』という小さな丸い水晶の魔法具と、『撮影鏡』という筒型の、『記録球』を嵌める窪みがある魔法具で、廃墟とオークの死体の映像を取り終わると、町に戻ることになった。
シンはまだ前任のチームが全滅したことに、引っ掛かりを感じていたが、考えてもわかりそうにないので、今は忘れることにした。
「さっさと帰ろう。疲れた。」
「お前はなにもしてねえだろうが!」
「あなたは見ていただけでしょう!」
ジルとライラが睨みつける。ミュリンとプリムは、それを見て笑い、サリナはやれやれと肩をすくめた。
帰り道を歩いていると、険しい岩場が見えてきた。
プリムが岩場を見て嘆く。
「また、あの岩場を歩くのですね」
「まあ、あれだ、がんばれ。」
元お姫様のプリムには、岩場の移動は体力的にきついようだ。それでも、以前と比べるとずいぶん体力がついたのだ。同居生活が始まったばかりの頃のプリムは、家事をするだけで疲れていたからな。今ではクルセウスに歩いていくことができるようになった。
その岩場でシンの懸念は的中することになる。
プリムにとって、いやな岩場が見えてきた。シン達が岩場に近づいていくと、岩場に異変が起きた。
岩が突然独りでに動きだし、ブロックを積み立てるように形をなしていく。
数秒で、シン達の目の前に、岩の巨人が立ちふさがった。5メートルほどの二本の足に、10メートルはありそうな四角い胴体、その胴体に三角形の頭が乗っかっている。頭と思われる三角形の岩には目のような窪みが二つあって鈍い光を放っていた。最大の特徴は、地につくほど長い4本の腕だろう。
岩の巨人の名前は、ギガント・ゴーレム。ランクは〔AA〕ランク。AAが3人以上いるギルドなんか、そうは無い。実際には〔AA〕より低いランクの者で数を揃えて戦いに望み、討伐する際に数十人規模の犠牲者を覚悟しなければならない魔物だ。
これではっきりした。前任のチームは全滅したのだろう。おそらく彼らでは黒オークを倒せず、逃げてきたところをギガント・ゴーレムに逃げ道をふさがれて、逃げることもできず、絶望的な戦いを強いられてたのだろう。死体が無かったから、おそらくオークにやられたのだろう。オークは、人を食らうからな。
「明らかに、イレギュラーだな。ここからは俺の仕事だ。お前らは下がってろ。絶対に手を出すな。」
まだ距離があるから、近づかなければ彼らは大丈夫だろう。
「お、おい、一人でやるつもりか。ギルドからの援軍を待ったほうが」
ジルが少し震えた声でシンを止める。シン達が居る場所は、絶壁に囲まれた窪地になっていて、帰るにはここを通るしかない。巨大なギガント・ゴーレムを無視して帰ることはできない。ジルの言う援軍がいつ来るかわからない。それに援軍が来たら来たで、その援軍に死者が出る可能性が高い。
「俺はこいつを倒したことがあるから問題ない。もう一度言うぞ。絶対に手を出すな。あと、もっと後ろに下がっていろ。」
シンは彼らに邪魔だと言っているのだ。5人に手を出さないように念を押すと、シンは右手を左腕の『武器庫』に翳す。六芒星の中心が光りだし、そこから柄が出てきた。それは以前、プリムを助けた時の大太刀の柄ではなかった。その柄を掴み抜き出すと、大太刀と比べるとはるかに短い投擲用のナイフが出てきた。さらに同じ二本ナイフを取り出し、さらに太めの鎖が出てきた。鎖は『武器庫』に繋がったまま、どんどん出てくる。
「『刺電』」
三本のナイフの刃先に『刺電』を纏わせて、三本ともギガント・ゴーレムの足に向けて投げる。『刺電』で貫通力を上げたナイフは、ギガント・ゴーレムの岩の身体に深く突き刺さったが、それだけだった。
「『操鉄』」
それを見たシンは、技術『繰鉄』を発動。『繰鉄』の発動と同時に、鉄鎖が生きているかのように空中を自在に動きだす。『繰鉄』は金属を自在に操ることができる。
ちなみにシンが使う『技術』は魔法陣をあまり必要としない。特に武器や身体を媒介にする場合は、基本的に魔法陣は使わない。『技術』の強みの一つだ。
『武器庫』からはまだ次々と鎖が出てきている。手を翳して、投げた分のナイフを『武器庫』取り出して補充した。
そこにギガント・ゴーレムが左下の腕を降り下ろしてくる。巨体に似合わずその動きは速い。何より拳そのものが大きいし、一発の破壊力がすごい。『術師』では一発でも受けたら危ない。
シンは振り下ろされた拳を、紙一重で左に飛んで避ける。ギガント・ゴーレムの拳はそのまま地面に深くめり込んだ。
・・・・・『技士』でも当たり方が悪ければ危なそうだな。
シンはその腕にナイフを突き刺すが、やはりダメージを受けているようには見えない。また、『武器庫』からナイフを取り出す。
ギガント・ゴーレムが降り下ろした腕をシンに向けて薙いだ。前後左右に逃げ場は無かった。シンは、唯一の逃げ場である上に跳躍する。そこにギガント・ゴーレムが左上の腕を降り下ろす。
「シンさん!」
後ろからミュリンの悲鳴が聞こえた。シンに直撃するかに見えた拳を、シンは宙の鎖を足場にして、もう一度空中で跳躍して右に避けた。さらに跳躍先の鎖を足場に、左向きに跳躍して左上の肩に着地する。
そしてまたシンは、ギガント・ゴーレムの頭の付け根にナイフを突き刺した。そのまま背中の方に、飛び降りて、ナイフを突き立てた。地に落ちる前に鎖を足場にして、また跳躍した。
その後もシンは鎖を足場にして三次元を自由に動き回り、ギガント・ゴーレムの攻撃を避け続け、ナイフを突き立てていった。
その戦いを見ながら後方で焦りを感じている者がいた。
シンを嫌っているライラだ。
ライラは、サリナやプリムのようにシンが大戦経験者だとは知らない。『技士』であるジルとミュリンは、自分達では役に立たないことを肌で感じていた。しかし『術師』であるライラは、遠距離攻撃ができて、術も威力重視だったため、ギガント・ゴーレムにダメージを当てえることができるかも、と思っていた。ライラは、傍観を良しとできなかったのだ。
そのため、ライラは手を出すなと言われたにも関わらず、自分にもなにかできないかと考えてしまった。さらに、シンの攻撃がギガント・ゴーレムに効いていないように見えたことも、ライラを焦らせ判断力を低下させた。
その結果、ライラは間違いを犯してしまう。
シンは、一見無意味に見えるナイフの突き刺しという、『仕込み』を続けていた。
シンが頭、胴、足、四本の腕などギガント・ゴーレムの体全体に合計20本のナイフを突き立てた頃、想定外のことが起きた。後方からゴーレムの半分ぐらいの大きさの巨大な氷塊が、シンの頭上を飛んでいった。氷塊がゴーレムの右上の腕に直撃して、その腕を砕いた。ゴーレムは、衝撃で仰向けに倒れる。
『飛氷山』、ライラの使える魔術の中で最も威力のある術だ。ライラ自身は〔CC〕ランクだが、ライラが使った『飛氷山』の威力は、〔BBB〕ランク相当の威力があった。まあ、一発限定で展開にもかなりの時間が掛かってしまうし、大量の『魔力』を使うので、実戦向きではない技なのだが、威力だけは折り紙つきだった。
相手がギガント・ゴーレムでさえなければ、それなりの効果を発揮しただろう。それでもギガント・ゴーレムのランクは〔AA〕で、〔BBB〕ランクの魔術が決め手にはなりえるはずも無かった。
ギガント・ゴーレムが残った三本の内、二本の腕で起き上がる。起き上がった時、ギガント・ゴーレムの頭部の窪みが赤く光っていた。まるで今まで寝ていて、やっと眠りから覚めたかのように。
ギガント・ゴーレムは、起き上がるのに使わなかった左上の腕をライラに向けた。その腕の拳部分が茶色から黒色に変色していく。
「ライラーーー!逃げろーーー!」
シンが叫ぶ。ライラは自分の術の有効距離のために、サリナ達よりゴーレムの近くに移動していた。サリナ達はシンの戦いに夢中で、ライラが一人離れたことに気づかなかったようだ。
拳が完全に黒に変色してしまった。ライラは大技後の疲労のため、地面に座り込んでいた。
「『雷歩』」
本来『雷歩』は、移動距離の調整が難しいが、一つだけ例外がある。上から下に落ちる時のみ、正確な位置に移動することができるのだ。シンが『雷歩』を使って、ライラの少し前の地面に着地する。
シンがライラの側にいくのと同時に、ギガント・ゴーレムの黒くなった拳の手首が爆発して、黒い拳岩が発射された。
シンが鉄鎖を操って鉄鎖の網を作りだして、数メートル手前で拳岩を受け止める。以前戦ったことがあるシンは、これで終わりではないことを知っている。
シンは呆気に取られているライラを抱き寄せる。
「きゃっ」
ライラが可愛らしい悲鳴を上げて頬を染めるが、シンは無視して逃げないようにさらに強く抱きしめる。シンは空いている、左腕を掲げる。
「渦鎖」
『武器庫』の六芒星から新たな鎖が出てくる。鉄鎖を渦状に操作して、傘のような盾を作りだした。それを左腕で構える。
『渦鎖』を構えて直ぐに、
バァーーーンッ!
拳岩が爆発した。
爆発は、拳岩を受け止めていた鎖を吹き飛ばし、爆炎と小岩がシンとライラに降り注いだ。爆発の衝撃と光に、ライラは目を瞑った。
・・・
・・・
・・・
爆発の猛威が去ると、ライラは恐る恐る目を開ける。最初に目に入ったのは、汗を滲ませるシンの顔だった。そのシンが教えてくれた。
「覚えておけ、ライラ。ギガント・ゴーレムはダメージを受けると強力な自爆攻撃をしてくる。」
「は、はい。あ、ありがとうございます。・・・・・あっ」
そこでライラはシンの左腕の状態に気付いた。シンの左腕は、焼け爛れ、大火傷を負っていた。小岩はすべて弾くことができたが、爆炎を完全に防ぐことができなかった。鎖の隙間から漏れてきた炎に、左腕を焼かれたのだ。火傷が筋肉にまで達達していて、その腕は力無く垂れ下がっていた。『武器庫』の刺青も焼かれ、新たに武器を取り出すことができなくなっていた。
「シン、さん、腕が」
ライラが声が震える。自分の所為で、唯一ゴーレムと戦えるシンに、怪我を負わせてしまった。勝てる望みが無くなり、自分の所為で仲間が窮地に立たされた。ライラは、心が押しつぶされそうなほどの責任を感じていた。
ゴォン
というゴーレムの腕が地をつく音に、ライラがシンに抱きつく。虚勢を張る余裕なんか無かった。シンに抱きついたライラの目から涙が溢れ出す。
(私の所為で皆死んじゃう)
ライラは泣きながらシンに謝った。
「ごめんなさい。私の所為で、ごめんなさい」
「大丈夫だ。『仕込み』は終わってる」
「えっ?」
シンは、ライラを安心させるために、力強い声で大丈夫だと言いきった。
そして無事な右腕をゴーレムに向けると、腕の前に魔法陣が構築される。ライラには魔法陣の構築を最初から見ても、何の術かわからなかった。雷系の魔術だとは思うのだが、詳細はわからなかった。
ライラが疑問に感じている間に、魔法陣が完成した。
「『爆雷演舞』」
シンが、そう言葉を発してすぐに、ゴーレムに突き刺したナイフすべてから魔法陣が浮かび上がった。次の瞬間、ライラが砕いた右上の腕に刺さっていたナイフから18の魔法陣が浮かびあがり。全ての魔法陣から高威力の青い雷がギガント・ゴーレムに向かって放たれた。青い雷が、ギガント・ゴーレムを粉々に破壊していく。
「すごい」
ライラはその光景に魅せられていた。自分の全力で腕一本しか破壊できなかったのに、彼の18本の青い雷は、ゴーレム全体を粉砕していく。雷が止んだ時には、ギガント・ゴーレムの巨体は無く、岩だらけだった道は、小さな石ぐらいしかない普通の道になっていた。
「帰りは楽ができそうだ。プリムが喜ぶ」
そう言ってシンが膝をついた。さすがのシンも、疲れたようだ。当のプリムは喜ぶどころではなく、不安そうな表情でこちらに走って来ている。一度シンとライラが爆炎に包まれたのは、彼女らの位置からでも見えただろうから、心配なんだろう。
「あ、あの専門医を紹介しますから、その、えと、なんて言えばいいか。」
火傷は『治癒術』を使っても、完治は難しい。治癒術はあくまで人の治癒能力を助けるだけで、火傷などで細胞が死んでしまうと、治りづらい。
それにシンの火傷はかなり酷く、火傷が筋肉までいたっているようだ。細胞を再生させる薬もあるにはあるが、高価だし使っても絶対に治るとは限らない。もう、シンの左腕は動かないかもしれないのだ。
私の所為でシンの腕をこんなにしてしまった。
「ごめんなさい。私の所為で、あの、治らない時は私が・・・・・」
「大丈夫ですか!」
ライラがお世話をする、と言おうとしたところに、プリムの叫び声が重なる。もう近くまで来たらしい、サリナ達も一緒だ。
ライラは言葉を遮られて、少し残念そうな顔をしたが、不謹慎だと思い直ぐに切り替えて、仲間達に腕のことを伝える。
「シンさんがひどい火傷を」
プリム達がシンの火傷を見て、言葉を失う。この時、他の者達もシンの腕が動かなくなる可能性に気付いた。
「ライラ」
サリナが、非難と心配が混在した視線をライラに向ける。ジルもミュリンに似たような眼差しをライラに向けた。
「ごめんなさい」
ライラが顔を俯かせて謝罪する。お通夜のような雰囲気になり、場をいやな沈黙が支配する。雰囲気を壊したのは意外なことにシンの言葉だった。
「どうしたんだお前ら?」」
「えっ?」
シンの問いに、皆がきょとんとする。
「だから、なんでライラを見て黙ってるんだ?」
「え?だって、シンさん、ライラを庇って怪我をしたんですよね?」
皆を代表して、サリナが質問してきた。
「まあな、でも、ライラだって、悪気があったわけじゃないんだろう?」
シンに問いかけられ、ライラが慌て答える。
「は、はい。シンさんが何をしているかわからなくて、不安で」
悪意がなかったのは、本当だろう。氷塊が飛んできたタイミングは絶妙で、シンの行動を阻害するようなことはまったくなかった。今回は相手が悪かったのだ。
「なら不安にさせた俺が悪いな。」
「そ、そういう意味じゃ」
シンの思わぬ言葉に、ライラがさらに慌てふためく。それだとまるでライラが、シンが悪い、と言ったみたいだ。ライラのチームメイトも驚く。
「実際、説明も不足していたし、不安になっても仕方ないと思うぞ。だから、怪我したのは俺の責任だ。」
これを聞いて、シンが本当に怪我を自分の責任だと思っているのだと理解した。サリナ達はシンが怒っていないことに安堵したが、何故か許されたライラが納得できないようだ。
「でも!」
「気にするなって、護衛が俺の仕事だ。そして力が足りなかったから負傷した。それだけだ」
シンのとぼけた物言いに、ライラが食って掛かっていった。
「・・・・・おかしいでしょう!私の所為で怪我したのに、どうして怒らないんですか!責めないんですか!腕が動かなくなるかもしれないんですよ!」
「腕一本で人の命を救えるなら安いものだ。」
激したライラの言葉に対して、シンの返答は平然としたものだった。ライラは気勢を削がれる形になった。
「そう、かもしれないです。・・・・・けど」
そう聞くとそんなにおかしくないような気がしてくるが、普通はそう簡単に割りきれるものではないはずだ。腕が動かなくなるかもしれないのだから、普通は未来に不安を感じるはずだ。
ライラは、シンに怪我を負わせた自分が許せなかった。そのため、シンに怒られることを心のどこかで望んでいた。
しかし、シンとしては本当に自分の責任だと思っているので、ライラを糾弾するつもりはなかった。
ライラの納得しない理由がわからないシンは対応に困っていた。すると、サリナが助け船を出してくれた。
「シンさん、ライラは罰が欲しいのだと思います。」
罪には罰が必要ということか。シンとしては、ライラは罪悪感を感じる必要は無いと思っているのだが、一応ライラに確認をしてみる。
「そうなのか?」
ライラに聞いてみると、コクンと頷いた。
「マゾか」
「ち、違います!」
顔を真っ赤にしたライラが否定する。尻尾がピンッと立っていた。ライラの慌てる姿が、可愛らしかった。
「・・・・・わかったよ。何か考えとく」
ライラの慌てる姿をもっと見たい、という不純な動機でシンは、罰を考えることにした。
この場は、シンが後でライラにお仕置きをする、ということで一応決着がついた。