「死者からの通知」
――その日、日本中のスマホが、一斉に鳴った。
授業中だった。
五月の湿った空気。窓際の席。眠気と戦いながら、黒板の数式をぼんやり見ていた俺――天城ユウは、突然鳴り響いた通知音に顔を上げた。
ピコン。
ピコン、ピコン、ピコン。
教室中のスマホが震えている。
「な、なんだこれ……?」
教師が眉をひそめた瞬間、教室の空気が変わった。
全員のスマホ画面に、同じ文字が表示されていた。
【選定開始】
【適合者を確認】
【“門”を開きます】
「は?」
誰かが笑った。
「ドッキリ?」
「新作ゲームの広告じゃね?」
だが、その直後。
教室の中央に、“黒い亀裂”が走った。
空間そのものが割れたような音。
女子の悲鳴。
机が倒れる。
黒い裂け目の奥には、底の見えない闇が広がっていた。
「な、何だよあれ……!」
教師が後ずさる。
だが次の瞬間、裂け目から“腕”が伸びた。
人間の腕ではない。
皮膚が黒く、骨のように細長い指。
それが、一番近くにいた男子生徒の首を掴んだ。
「え――」
引きずり込まれる。
悲鳴すら最後まで出なかった。
血だけが飛んだ。
教室が凍りつく。
「逃げろおおおおお!!」
誰かが叫び、全員が出口へ殺到した。
椅子が倒れる。
窓ガラスが割れる。
泣き声。
怒号。
スマホの通知音だけが、不気味に鳴り続けていた。
俺も走った。
意味なんて分からない。
ただ、本能が叫んでいた。
――ここにいたら死ぬ。
だが、廊下へ飛び出した瞬間。
学校中が地獄になっていた。
至る所に黒い裂け目。
逃げ惑う生徒。
化け物。
血。
叫び声。
現実感が、なかった。
「う、うわあああ!!」
前方で教師が何かに食いちぎられる。
俺は吐きそうになるのを必死に堪え、階段へ走った。
逃げろ。
とにかく逃げろ。
だが。
途中で、足が止まった。
「……っ」
聞こえたのだ。
女子の声が。
「た、助けて……!」
階段下。
一人の女子生徒が、化け物に追い詰められていた。
長い黒髪。
制服の袖が裂け、足を怪我している。
同じクラスの――白峰レナ。
学校でも有名な、美人で、近寄りがたい雰囲気の女子。
その彼女が、涙を浮かべていた。
「いや……来ないで……!」
化け物が迫る。
黒い犬のような姿。
目が赤く光っている。
俺は震えていた。
怖かった。
逃げたかった。
今なら、まだ助かるかもしれない。
でも。
レナと目が合った。
「……!」
助けを求める目だった。
気づけば、俺は近くに落ちていた消火器を掴んでいた。
「うおおおおお!!」
全力で振り下ろす。
鈍い音。
化け物の頭が揺れる。
「グルルルル……!」
だが、効いていない。
赤い目が、俺を見た。
「やば――」
一瞬だった。
化け物の爪が、俺の腹を貫いた。
「がっ……!?」
熱い。
いや、冷たい。
視界が揺れる。
口から血がこぼれた。
「天城くん!!」
倒れる。
力が入らない。
死ぬ。
本能で理解した。
怖い。
嫌だ。
まだ何もしてない。
こんなの、あまりにも――
その瞬間。
スマホが震えた。
【死亡を確認】
【ユニークスキルを付与します】
【《死者帰還》を獲得しました】
直後。
世界が、反転した。
――気づくと。
俺は、教室の席に座っていた。
授業中だった。
五月の湿った空気。
黒板の数式。
そして。
ピコン。
スマホが鳴った。
【選定開始】
【適合者を確認】
【“門”を開きます】
「……は?」
全身から汗が噴き出した。
腹を押さえる。
傷はない。
だが、痛みだけは残っていた。
夢じゃない。
今、確かに俺は――
「死んだ」
その瞬間。
教室の中央に、黒い亀裂が走った。




