表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『昼は温厚な小料理屋マスター、夜は最凶の処刑人。〜現代兵器と暗殺術で、村を脅かす異世界の悪党を完全殲滅します〜』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/14

第一章 鬼の龍儀

角砂糖とパンの耳

ポポロ村の夕暮れ時。

三カ国の緩衝地帯という物騒な立地にあるこの村の片隅に、赤提灯をぶら下げた場違いな店がある。

小料理屋『鬼龍』。

「……ふぅ」

黒を基調としたシャツに、深紅のジャケット。

カウンターの奥で、マスターの龍魔呂たつまろは、角砂糖を無造作に口へ放り込んだ。

ガリッ、と甘い塊を噛み砕く。

脳に糖分が染み渡る感覚を味わいながら、彼はグラスを布巾で磨いていた。

カランコロン、とドアベルが鳴る。

「マスター! 今日も来ましたぁ!」

元気いっぱいの声とともに飛び込んできたのは、人魚族の少女・リーザだ。

16歳。透き通るような美貌と純真な瞳を持つ彼女は、かつて親善大使としてルナミス帝国に渡り、地下アイドルとして大失敗した末にこの村へ流れ着いていた。

「いらっしゃい。……今日は、なんだい?」

龍魔呂が苦笑しながら視線を落とすと、リーザは満面の笑みでスーパーのポリ袋をカウンターにドンッ、と置いた。

「これです! ルナミスマートのパン工場裏で、鳩と熾烈な争奪戦を繰り広げて勝ち取ってきた、特製の『パンの耳』です!」

誇らしげに胸を張るアイドル。

どう見てもただの廃棄物である。

「……それで?」

「美味しく調理してください! 私、昨日の夜から公園の雑草しか食べてなくて……!」

悲惨すぎる事情を、キラキラした笑顔で語るな。

龍魔呂がため息をつきかけたその時、再びドアベルが勢いよく鳴った。

「龍魔呂さんっ!」

甘ったるい、それでいてどこか凄みのある声。

月兎族の村長、キャルルだ。

動きやすいラフな格好だが、その華奢な体には、満月の夜にマッハ1で物理法則を無視した蹴りを放つ規格外の力が眠っている。

彼女は店に入るなり、一直線にカウンターへ向かい、龍魔呂の手をきゅっと握った。

「今日も会いに来ちゃいました。あ、このおしぼり、私が洗いますからね。龍魔呂さんの匂いがするものは、全部私が綺麗にしますから」

瞳孔が少し開いている。

村を守る立派な村長だが、龍魔呂に対する好意(という名の執着)だけは、どうにも隠しきれていない。

「……村長の仕事はいいのか、キャルル」

「リバロンに全部押し付け……任せてきました! それより、お腹ペコペコです。今日は何を作ってくれますか?」

キャルルはそこで、隣に座っているリーザと、彼女が持ち込んだポリ袋に気づいた。

「あれ、リーザちゃん。またそれ? 栄養偏るよ? 私のお肉、分けてあげようか?」

「だっ、大丈夫です! アイドルは施しを受けないんです! パンの耳は……その、オーガニックな大地の恵みですから!」

強がるリーザの腹が、ぐぅぅぅぅと店内に響き渡る悲鳴を上げた。

限界らしい。

「……少し待ってな」

龍魔呂は短く告げると、厨房のまな板に向かった。

愛用の包丁を手に取る。

トントントントントンッ!

ただのパンの耳を切るだけだというのに、その手捌きは異常だった。

無駄が一切ない。

急所を最短距離で切り裂く暗殺術の軌道が、そのまま調理の動作に変換されている。

ほんの数分で、フライパンにはバターと砂糖が熱され、甘く香ばしい匂いが店内に充満し始めた。

「わぁ……いい匂い……!」

「龍魔呂さんの料理姿、ずっと見てられます……」

リーザが目を輝かせ、キャルルがうっとりと頬杖をつく。

「ほらよ」

カウンターに出されたのは、ただのパンの耳ではない。

バターと焦がしキャラメルでコーティングされた、黄金色の『特製キャラメル・ラスク』。

そして、野菜の端材と鶏ガラをじっくり煮込んだ、濃厚なコンソメスープだった。

「ひゃああっ! パンの耳が、高級スイーツにっ!?」

「こっちはキャルルの分だ。月見大根と肉椎茸のステーキ定食」

「龍魔呂さん……! 私、これ食べたら、明日からもっと村の税収上げちゃいます!」

「いや、適度にしろ」

サクッ。

リーザがラスクを齧った瞬間、その目から滝のような涙が溢れ出した。

「お、おいひい……! 鳩に勝ってよかった……!」

「……喉詰まらせるなよ」

美味そうに、そして幸せそうに飯を食う二人。

龍魔呂は、グラスを拭きながらその光景を静かに見守っていた。

平和な時間だ。

銀座でマスターをしていた頃と、何も変わらない。

――だが。

「……少し、風に当たってくる」

龍魔呂は二人に背を向け、厨房の勝手口から店の裏手へと出た。

夜の冷たい空気が、彼の頬を撫でる。

懐から、マルボロの赤箱を取り出し、一本咥える。

真鍮製のオイルライターを取り出した。

カチッ。

金属が擦れ合う、硬く冷たい音が路地裏に響く。

タバコに火をつけた瞬間、龍魔呂の右手に嵌められた『鬼王の指輪』が、脈打つように赤黒い光を放った。

温厚な小料理屋のマスターの瞳から、一切の感情が消え失せる。

「……ネズミが三匹」

龍魔呂の視線の先。

ポポロ村を取り囲む暗い森の奥で、微かな殺意と鉄の匂いが漂っていた。

この村の平和を、あの店で笑う女たちの日常を、土足で踏みにじろうとする愚か者たちの匂い。

紫煙をゆっくりと吐き出す。

その横顔はすでに、死を呼ぶ処刑人【DEATH4】のそれへと変貌していた。

「――営業時間は、終わりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ